*前編*


 猪八戒(以前の名を悟能という)は、色々な事情が重なった結果、現在は沙悟浄という男の
 家に世話になっていた。・・とは言っても悟浄は世話好きというわけではなく、どちらかと言えば
 その逆で気のみ気のままの生活を好んでいた。
 去るものを追わず、来るものを拒まず、自分は自分で好きなことをする。
 そんな悟浄だからこそ、八戒は一緒に暮らし始めて半年経った今もここに居るのだろう。
 家主である悟浄が半年の間にいったい、どれほどの日数をこの家で過ごしたか・・いいところ
 一ヵ月ほどでは無かろうか。
 だいたいは町に出て、悟浄の言うところの”綺麗なおオネーサマ”に世話になっているようだ。
 八戒も別にそれに文句を言うつもりは無い。

 そんな二人の生活に変化がおきたのは、そろそろ夏になろうかという少々日差しのきつい
 ある早朝のことだった。



 朝食の準備をしていた八戒は扉を叩く音に首をかしげた。
 悟浄ならばそんな真似をすることなく入ってくるだろうし、来客には早すぎる時間だった。

「はい、どな・・」
 準備の手を止めて、扉を開けた八戒は目の前に立っている人物に一瞬言葉を失った。
 そのままその人物は許可もえず、我が物顔で室内に入っていく。
 それに”おはよ、八戒♪”という言葉と共に小柄な人影も続いた。
「・・・三蔵、悟空」
 ここからは少しばかり離れた寺院へ住んでいる顔見知りの二人だった。
 八戒は動揺を隠し、扉を閉めた。
「いったいどうしたんですか、こんなに朝早く・・」
「用事があった」
 三蔵はそれだけ口にする。事情も何も無い。だが短い付き合いながら三蔵のそっけなさは
 わかっている。
「・・・そうですか、とりあえず・・朝食食べます?」
「いらん、もう喰って・・」
「喰うッ!喰うッ!」
 三蔵の言葉を遮り、目を輝かせた悟空を”この馬鹿猿がっ!”と三蔵のハリセンが容赦なく
 打ち据えた。
「っいってーっ!何すんだよッ!」
「てめぇが馬鹿だからだ」
 言い争いをはじめる二人に”まぁまぁ”と八戒が割って入る。
 何だか知らないがこのままでは三蔵の言う”用事”とやらも聞くことが出来ない。
「・・・そういえば、三蔵。旅支度ですね?」
「ああ。・・・少しばかり離れたところへ説法に行く。その間この馬鹿を預かってくれ」
 再び悟空が怒り出しそうな気配を押しとどめ、八戒は尋ねる。
「一緒に行かないんですか?」
「仕事にならねーからな」
 三蔵の眉間の皺が一本増える。どうやら以前に相当苦労させられたようだ。
「・・・悟空は、いいんですか?」
「ん〜、あそこに居てもつまんねぇし。八戒の料理うまいから!」
 三蔵がぼそりと”餌付けされやがって”と呟いたのを無視して八戒は最高のスマイルを悟空に
 向けた。
「わかりました。悟空、よろしくお願いしますね」
「えーと、あ・・とこちらこそ、よろしくお願いしますッ!」
 予想外に礼儀正しく挨拶した悟空に少々驚きを隠せない八戒。何しろ悟空の教育は三蔵が
 行っているに違いないのだから。そう考えると悟空の真っ直ぐな気性と素直さが不思議で仕方
 ない。
「まぁ、半月はかからねぇだろ」
 それだけ言うと三蔵は立ち上がる。
「もうですか?」
「面倒くせーことはさっさと済ますに限る」
「そうですか、気をつけて行ってきて下さいね」
「行ってらっしゃい、三蔵っ!」
 明るく別れの言葉を口にした悟空に三蔵は渋面になる。問題児というわけでは無いが野生児
 である悟空に悩みはつきないだろう。親の心子知らずというやつだ。
「・・・・迷惑かけるなよ」
 それだけ言うと三蔵は背を向けて立ち去った。
「さて、悟空」
「んん?」
「朝食にしましょう」
「やったっ!」
 悟空は跳ねるように家の中へ戻って行った。









 ■□□■■□□■










「何で、お前がここに居るんだ?」
 昼過ぎに帰ってきた悟浄は八戒と向かい合って食後のお茶(・・大量の菓子つき)をしていた
 悟空の姿に目を見開いた。
「あ、悟浄だ」
「お帰りなさい、悟浄」
「お、おう???」
 首を傾げつつ、テーブルについた悟浄にコーヒーを差し出す。
「しばらく悟空を預かることになりました」
「はぁっ!?」
「三蔵が仕事で寺院を離れなければならなくなったので、悟空を頼まれたんです」
「・・このいかにもエンゲル係数高そうな奴を?」
「エンゲルけいすう?」
 何それ、と尋ねる悟空を微笑みでかわして八戒は悟浄にそうです、と頷く。
「・・・まぁ、別に構わねぇけど・・・家主は無視かい」
「不在でしたから、すみません」
「え!?家主て八戒じゃないの?」
「このっサルっ!」
 悟浄の手が素早く伸びて悟空の頬を左右に引っ張った。
 うぬにゅっ!と意味不明な抗議の声があがる。
 こういうじゃれあう二人の姿を見る度に八戒は、二人の精神年齢は限りなく近いと思うのだった。


「悟空、夕飯は何が食べたいですか?」
「ハンバーグっ!」
 以前遊びに来たときに食べたハンバーグは悟空の大好きなものランキングに輝いているらしく
 即答で返事がかえってくる。
 まぁ、精進料理ばかりの寺院では願っても食べられないものだから仕方ない。
「お子ちゃまだねぇ〜、悟空ちゃん
「俺は子供じゃないっ!この赤ゴキっ!」
「何だとっ!」
「何だよっ!」
「はいはい、じゃあ夕食は悟空の希望でハンバーグにしましょうね」
「やった〜っ!八戒大好きっ!」
「は、餌付けされやがって・・・」
 面白くなさそうにそっぽを向いた悟浄のセリフが三蔵のものと重なって笑いが漏れる。
 いつもならばそろそろ町へ出かける時刻なのに、まだ居るところを見ると今日は家に居るつもり
 なのだろう。珍しいことだ。
「悟浄も希望があれば聞いてあげますよ?」
「・・・一緒でイーです」
 悟空と同じように子供扱いされたような気がしたのだろう。
 すねたような物言いがおかしい。
「それでは、悟空。お手伝いしてくれますか?」
「うんッ!」
 勢いよく手をあげた悟空は八戒のあとをついていく。
 普段は静かな家が、悟空が一人増えただけで嘘のように騒がしかった。
 
 でも嫌ではない。
 一人で居るとき以上に穏やかな心地よさに八戒は包まれていた。






 ■□□■■□□■





「っうまいっ!!八戒最高っ!すっげー、俺幸せv」
「ありがとうございます。でも悟空が手伝ってくれたからですよ」
 八戒手製スペシャルハンバーグを頬張りながら悟空が八戒を褒め称える。
 悟空が本当にそう思ってくれていることは見事な食べっぷりからも察することができる。料理人
 冥利につきるというものだ。悟浄ではこうはいかない。
「あ、と悟空。ソースがこぼれますよ」
「う?」
「あーあー、よだれかけが必要なんじゃねぇの?」
 けけけ、と笑う悟浄にいーだっ!と悟空が抗議する。いつものように掴みかからないのは食事中
 のせいだろう。何よりも食べることが優先なところが悟空らしい。
「そういう悟浄も先日コーヒーをこぼして大変でしたよね」
「へーっ!」
「うるせっ!あれは・・・ちょっと手元がくるっただけだ!」
「もう手が震えるなんて年ですか?」
「年!年〜っ!」
「このクソガキっ!」
 のばされた悟浄の手をひょいっとかわし、悟空があっかんべーと舌つきで煽る。
 本当に。
 悟空が居ると悟浄も、八戒も調子が狂う。
 他の誰かと居るときには悟浄もここまで子供のように騒ぎたてたりはしない。ゴロツキのように
 見せかけて案外優しい悟浄は町の人間には頼りがいがあると言われるほどだ。
 ・・・とても悟空と喧嘩している悟浄を見て、そうは思えない。
 イキイキとして、悟空との喧嘩を心底楽しんでいる。・・・・・・・ような気がする。

「悟空おかわりは?」
「山盛りでっ!」
「おい・・まだ喰うのか・・・」
「育ちざかりだからなっ!」
「そのわりに会ったときからあんまり身長伸びてねーよな」
「これから伸びるんだっ!」
「そうそう。悟空はこれから大きくなるんですからね、はい」
「ありがとう!」
「へーへー、まぁ精々頑張ってくれ」
「ふーんだっ!そのうち悟浄なんて追い抜かしてやるんだからな!」
「おーおー、ガンバレ」
 八戒はすぐにはコメントしない。望むのは自由だ・・・果てしなくそれが薄くても。
 そして、悟空ににこりと笑いかけた。







 夕食をとり、後片付けは悟浄にまかせて八戒と悟空は、八戒の部屋に簡易ベッドを準備する。
 とは言ってもちょっと大きめの木の棚に布団を敷くだけなのだが。
「部屋は僕と一緒でいいですか?」
「うんっ!」
 浮かれた悟空は出来上がったばかりのベッドへダイビングしてごろごろと転がる。
 その動きが不意に止まった。
「・・・・・?悟空?」
「・・・・・・・。・・・・・・・・・三蔵・・・」
「え?」
「・・・三蔵、早く帰ってくる・・かな?」
 先ほどまでの全快の笑顔が消えて心細そうな顔が八戒を見上げてくる。その顔を見て漸く八戒
 は悟空が三蔵に置いていかれて寂しいのだと悟った。
 未だ二人の関係がどういったものなのか、はっきりしたことは知らない八戒だったが普段の二人の
 様子を見ていれば、悟空にとって三蔵が親にも等しい特別なものであることはすぐにわかる。
 八戒はベッドに顔を伏せる悟空に近づくと、そっと頭を撫でながら”大丈夫ですよ”と出来るだけ
 安心させるような穏やかな声音で囁いたのだった。





*後編へ*

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