-エピローグ-










鳥がさえずり、空を飛ぶ。
その声だけが
死者への鎮魂歌だった。






















 村は静けさに包まれていた。
 皆、家の中に閉じこもり新たに眠りにつく者のために黙祷をささげている。



 じゃり。

 歩く音さえ、耳に痛い。


「三蔵・・・」
 八戒がためらいがちに、目の前の人物に声をかけた。
 その声を掛けられた、当の本人・・・三蔵は滅多に無いことながら「玄奘三蔵」に
 与えられた正式な法衣に身を包み、師匠の形見である金冠を頭に載せ・・・・・・

 墓標の前に佇んでいた。


 『死者のために経は唱えん』


 数年前に八戒たちにそう言った三蔵は今まさに、その『死者』へと経を唱えようと
 していた。
 三蔵が一度、己が言ったこと覆すなど信じられなかった。
 
「ま、それで気がすむんならいーんでないの?」
 悟浄が重たい空気を取り払うように、ことさら明るい口調でしゃべる。
「でも・・・・」


「勘違いするな」
 言い合いになろうとした八戒と悟浄を・・三蔵の静かな声が止めた。


「俺は昔も今も、死者に唱える経など知らん。これは生きる者のための経だ」
 それを聞く・・・・それを唱える自分たちへの・・・・。



















*****************************









 深夜未明、突然容態を急変させた悟空にすぐさま医者が呼ばれた。
 悟浄や八戒も集まり、悟空のベッドを囲む。
 
「悟空・・・」
「おい、馬鹿サルっ!」
「・・・・・」
 苦しげに眉をひそめる悟空の表情は・・・・・・青ざめるのを通り越して土色に
 なりかけている。
 それは生気に満ちた大地の色では無く・・・・死ぬゆく土の色。
 
「どうなんですか、先生?」
 聴診器を耳から離し、診察を終えた医師に八戒が声をかける。
「うむ・・・」
「はっきりしろよっ!どうなんだよっ!!」
 短気な悟浄は老年と言ってもいい医師の首根っこを捕まえてがくがくさせて
 尋ねる。
「悟浄、そんなにしたら話せるものも話せないでしょう。さぁ、とっとと診察の結果を
 教えてくださいね?」
 この状況でも笑顔を崩さない八戒をひきつった笑いで見遣りながら悟浄は
 その内面の怒りと焦慮を察した。
「そうじゃな・・・・」



「死ぬのか?」



「三蔵っ!!」
 静かな、冷静すぎる声に八戒と悟浄から批判の声があがった。
 例えそうであっても・・・「死」という言葉を使って・・・使いたくなかったのだ。

 悟空を見つめ、うつむき表情は見えない三蔵。
 けれど、纏う空気が・・・・・・・・・・尋常では無かった。

 色で言うなら闇に染まる直前の灰色。
 重く、深く、冷たく、淀む。
 
 そう、誰よりも何よりも悟空を失うことを畏れているのは・・・・・・三蔵だった。



「うむ・・・・・言葉をかけてやりなされ」
 八戒と悟浄が目を見開き、悟空の枕もとへ近づき、三蔵は無言のまま・・・・・・・・
 ・・・耳を寄せた。

「悟空っ!」
「悟空・・」
「悟空」
 ただ名前だけしか・・・・・・・・・・浮かばない。
 三人の胸の中で渦巻くのは・・・・・区別できないほどの様々な感情。
 掛けられる言葉などありはしない。

 ・・・・・・・・最後の言葉など聞きたくはない。






「み、ん・・・な・・・・・・・・・」






 悟空が身体を震わせ、重い瞼を開けた。

「「「悟空っ!!」」」

「ごめん、な・・・・心配、かけ・・・・て・・・・」
「しゃべるな」
 悟空が口を開く度に命が消え行くような気がして、三蔵は静かに言った。
「何言ってるんですかっ!しっかりして下さいっ!!貴方が死んだら僕たちは
 いったいどうなると思っているんですかっ!!」
「そうだぜっ!俺たちはともかく三蔵なんか生きた屍だぜっ!!」
 こういう状況だからこそ本音が出る。
 そして今回ばかりは三蔵の発砲も無かった。
「俺は・・・・先に死なせるためにお前を拾ったんじゃねぇ」


「ん・・・・・ごめ、ん・・・・・・・・・・な・・・・・・」
 はぁ・・・と吐息をつき、悟空は目を閉じる。

「おいっ!」
「ダメですっ悟空っ!!」
「・・・・・・っ」
 掛け声に・・・・・・うっすらと目をあける。
 そして口を動かすが・・・・もはや言葉となり三人の耳には届かなかった。
 
「何ですかっ?」
 耳を寄せる三人。

 悟空はもう一度・・・・・・・・・・・・・・口を動かした。


「・・・・・・は・・・・・・・・・・・・・」

「「「・・・は?」」」

































「・・・・・・・・・・・・腹・・・・減った・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





















「「「・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」」」
 耳を寄せたまま悟空の言葉に固まった三人は・・・・・・・・瞬間、脇に立っていた
 医師に視線を向けた。
 ・・・・・・・その視線ときたら、かなり恐ろしい。

「まぁ、3日間も寝込んでおったんじゃ。腹も空いて当然じゃろう?」
 だが、医師は飄々と返す。
 ある意味、最強なのかもしれない。
 やはり亀の甲より年の功、と言ったところか?


「・・・・・・・・つまり、悟空はただ、空腹だと。そういうわけですか?」
「うむ」
「・・・・・・病気は治ったってわけ?」
「うむ」
「・・・先ほど、もう駄目だと仰いませんでしたか?」
「うむ」
「どっちなんだよっ!?」
「うむ」

 ぷち、ぷち、ぶちぃっ!
 ・・・・・と何かがキレる音がした。



「・・・・・・・・・・・死ね」
 チャキッ!!と医師に向かい、三蔵の銃が照準をあわせた。
「・・・・・・フフフ・・・フフフ・・・」
 普段なら真っ先に止めるはずの八戒までもが手のひらに気を集めていたりする。
「おいおいっ!!」
 そして、一番貧乏くじを引いたのは、やはり悟浄だった。
 何とか二人を止めようと手を出す。
 ・・・・民間人をヤルのは・・・マズイだろ?

「悟浄・・・邪魔する気ですか?」
 心配していただけに怒りも凄まじい。
 モノクルがきらりと光を反射し、光った。

(こえぇぇぇっっ!!!!)

「いや、あの・・・邪魔とかじゃなくてなっ!!・・・その、悟空・・・・そうっ!悟空だっ!
 腹空いてんなら何か食わせてやらないと駄目だろうがっ!!」
 その言葉にはっと八戒が我を取り戻した。

「そうですねっ!!消化に良いものを急いで用意しましょうっ!!悟空、待ってて
 下さいねっ!!」
 ベッドに横たわる悟空に声をかけると八戒は階下におりていった。
 ・・・・残るは三蔵である。

「三蔵」
「ちっ!」
 懐に銃をしまうと、悟空に近づく。

「悟空」
「・・・・・ごめん」
 布団からちらりと顔をのぞかせた悟空は殊勝に謝る。
 悟空が悪いわけではない。
 ただ、自分たちが勘違いしただけなのだ。
 だが・・・・だが・・・・・・・・だが!


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿サルがっ!!」
 ・・・・ハリセンの一撃が無かったのが三蔵の精一杯の譲歩だった。












 その後、30分もしないうちに用意を整え・・・食事を持ってきた八戒に
 悟空は凄まじい食欲で・・・・・片端から腹におさめていった。
 これだけ食べれるならもう大丈夫だろう。
 少々、複雑な思いだったが・・・・安心した一同だった。












********************************

 そして、冒頭。
 三蔵が何故、経を唱えようとしているのか。

 それは悟空の願いだった。
 
 悟空の命が助かった日。
 同じように、病で寝込んでいた子供が亡くなった。

 まだ小さな・・・先ある命だった。
 それを医師から聞いた悟空は(・・・もちろん、三蔵は余計なことを、と今度こそ
 危なく医師を殺すところだった)とても他人事とは思えず、三蔵に経をあげて
 くれるように頼んだのだ。

 常ならば、三蔵は絶対に首を縦には振らなかっただろう。
 けれど。
 
 生きて傍に在ることの・・・ぬくもりを知ったから。
 今、悟空が隣に在ることを・・・大事に思っていたから。
 
 経をあげることを是とした。
 













 三蔵の抑揚の無い、けれど流れるように紡がれる言葉は大気に溶けて
 聞く者の心を解放していく。
 
 感謝といたわりと。
 悲しみと絶望。
 
 全ては昇華され、空に消えた。

 















 そして、一刻後。
 三人は車上にあった。


「うっめーっ!この肉まん最高っ!!」
「てめぇまだ喰ってんのかっ!いい加減にしろっ!」
「何、悟浄も喰う?」
「いるかっ!!」
「まぁまぁ、悟空は3日間も食べていなかったんですから仕方ありませんよ」
「・・・・昨日からひたすら喰いまくってんですけど・・・」
 八戒のフォローになっていないフォローに悟浄はげんなりと肩を落とした。
「ちっ・・・全く余計な手間をかけやがって」
 素直に心配だったと言えない三蔵。
 ひたすら前を向いて愛用のマルボロを吸っているが・・・・・・・・・・・・・・・・・
 実は3日ぶりの煙草だったりする。
 いつもならからかう悟浄だったが、今回は三蔵のことばかり言えないので・・・
 つまり自分も同じように禁煙していたわけで・・・・大人しくしている。
 
「・・・・・本当に素直じゃないんですから」
 皆、心配だったのだ。
 だから、表には出さなくてもこうして悟空の声を聞けることが・・存在を感じることが
 出来て嬉しい。
 
「何か言ったか?」
「いえいえ、何でも」
 にこやかに笑う八戒の笑顔はどこまでも澄んでいた。


「ちっ!・・・さっさと行くぞ」
「え、どこへ?」
「そんなの決まってるだろうが」
 きょとんとした悟空に悟浄はにやりと笑う。



 三蔵は指差す。
 夕日の沈む先を。








「西、だ」






















*** 終幕 ***

















<三蔵編>




† あとがき †

おおっ!やっと終りましたぁぁっ!!!(涙)
やはり長編が完結するのって感慨深いですねぇ・・・。
エピローグのネタだけは八戒編書いてるあたりからあったんですが
なかなか三蔵編がUPできず、PC不調があったりして遅くなりましたm(__)m
『アンハッピーかぁぁっっ!?』
・・・と思ったでしょう?(ニヤリ★)
見事そう思ってくださった方が居たら嬉しいですねぇvv
それを書きたくて頑張りましたから(笑)
御華門は滅多にアンハッピーな話は書かないので(嫌いだから)
ご安心くださいませ。

さて、長くなりましたが
これまでお付き合いいただきありがとうございましたっ!
皆様に心からの感謝を捧げます。

御華門 拝

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