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 悟空を取り戻した焔はビクトリア・ピークの屋敷ではなく九龍島の別荘の一つにやって来ていた。

「悟空の調子はどうですか?」
「まだ眠っている。・・・暗示を誰かが解きかけたらしい。精神的に疲労したのだろう」
「私のミスです。申し訳ありません」
 八戒の身元調査をし、雇い入れる判断をしたのは紫鴛だ。
 焔は何も言わず、悟空が眠る隣室に目を向けた。
 過去をとやかく言っても仕方ない。焔も紫鴛を側近としているからにはその能力も十分に把握し、二度と同じような過ちを繰り返す男ではないと了承している。
「幸い、解くまでにはいたらなかったようだ。まぁ、そう簡単に解いてもらっても困るが」
 悟空への暗示は焔自身が一月という時間をかけて行った。
「しかし血のなせる業とは、恐ろしいものだな。舞姫の血は確実に悟空の中に流れている」
 悟空が覚えているかどうかはわからないが、彼の母親はこの香港で1,2を争う舞姫だった。
 彼女の舞いに老若男女、誰もが酔いしれた。
 だが、過ぎたるものはこの世では幸いよりも災いを招く。
「焔。ここもじきに知れるでしょう」
 焔に悟空を手放す意思は無く、向こうも諦めるつもりは無い。
 ぶつかりあう力は、いずれどちらかが消え去るしか・・・道は無い。
「金蝉も三蔵も鬱陶しくはあるが、問題は無い。問題は・・観世音か」
 天竺グループ総帥の座を金蝉に譲りはしたが、その影響力は世界のすみずみにまで行き渡る。
 今は隠居と称してふらふらしているらしいが、何を企んでいるのやら。
 得体の知れない存在だ。
「傍観している・・というわけでも無いでしょう」
 焔と金蝉の悟空を間に挟んだ対立はすでに耳に届いているはずだ。
「・・・・日本に渡るか」
 香港の黒社会を支配してはいたが、いずれはそうするつもりだった。
 時期を伺っていたのだ。
「…物事というものは思い通りにならないものだ」
 隣室を見る焔の視線は、愛おしく・・・けれど苦しみが混じる。

(・・・このまま悟空と、誰にも邪魔されることなく、ただ穏やかに過ごすことができるならば・・・)

 だが、その望みは想像はしても実現はしてはならないものだ。
 ここに至るまでに払った犠牲と、部下たちのために。
 ただ利用するためだけに攫ってきた存在に、焔はかつて失った恋人に抱く以上の強い想いを
感じていた。
 腕に掻き抱き、自分以外の誰の目に触れることなく、誰をも見ることなく。
 ただ焔だけをその金色の瞳に映し出したいと願った・・・願ってしまった。
 何も持たなかった焔が、一つずつ集め築いていったものを・・・ただその一つのために失っても
構わないと・・・ああ、悟空。その存在が焔の傍らに在るためならば。

 カタリ。

「・・・焔?」
 隣室の扉が開き、寝ぼけたような顔の悟空が顔をのぞかせた。
「悟空」
 焔は自然と腕を広げ、己の元へ招きよせる。
 疑いなく駆け寄った悟空を抱きとめて、その温かさに癒される。
「焔?」
「漸くお目覚めか、悟空」
「えー・・・今何時?」
「もう午後の3時。おやつの時間だな」
「え・・・えーっ!オレ、朝も昼も食ってないよっ!!」
 意識したしたしせいか、悟空の腹がぐきゅーと素直に音をたてた。
 その音に、焔がくつくつと笑い声をたてる。
「う〜〜〜」
「そうだな。食べ損なってしまったな」
「どーして起こしてくんなかったんだよっ」
「あまりに悟空が気持ち良さそうで起こせなかったんだ。・・・許してくれ」
「う〜〜」
「かわりに今日の夕食は思いっきり豪華なものにしよう。悟空の好物も多くいれてな」
「マジ!?」
「ああ」
「やった!焔大好きっ!!」
「ああ、・・・オレも、悟空が好きだ」

           愛している。
 
 飛びつく悟空の体を受け止めて心の中で呟く。














 造り物の『オモイ』。
 重い。







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んー凄く久しぶりです(爆)