「これは・・・」
 得意先へと出向く途中、何の気なしに目についた店に立ち寄った。
「おや、ご存知ですか?そのプランツのことを」
「・・・ああ、知っている」
 今は珍しくなった大地の色に染まる髪を腰まで流す、幼い顔立ちの人形。
 その目は閉じられいるが・・・奥には黄金の輝いているはず。
「何故、ここに・・・」
 だが、そのプランツはある人物のもとにあるはずのものだった。
「近頃寒暖の差が激しかったために体調を崩してしまったらしく、修理のために戻ってきて
 いるんですよ」
 やはり、手放したわけでは無いのか・・・。
「もう・・治っているのか?」
「ええ、もう後はお迎えを待つだけです」
 にこやかに笑う店主に、それは良かったと心にも無い言葉を告げるとその店を出た。

 黒塗りの外車に乗り込むと、車内の電話をとり側近の紫鴛へ連絡をとる。
 呼び出し音が鳴るか鳴らないかという素早さで彼は出た。

「俺だ。少々頼みたいことがある。場所は・・・・。そこからあるものを盗みだして欲しい。
 ・・・ああ、わかっている。だが、頼む」
 電話の向こうでわざとらしくため息をつく気配がした。
「・・・すまない、感謝する。時間が無い、すぐに動いてくれ」
 電話は切れた。
 焔は受話器を元の位置に戻す。







「・・・・悟空」
 目を閉じ、その姿を脳裏に描いた。
























√5 焔1













 そのプランツドール・・・『悟空』を初めて目にしたのは、老舗でありながら着々と成長を
 続ける大企業『天竺』の創業パーティへと招待された折のことだった。
 青年実業家として日に日に名声をあげている焔だったが、その力はまだまだ天竺には
 及ぶべくもない。
 いつかその名と肩をなら並べるほどに会社を育てることを望んでいた焔は、その足がかり
 にでもなればと気まぐれにそれに出席したのだが・・・・・。

 






 パーティはまさに豪華絢爛。
 各界の著名人も数多く招かれ、そこは一種の社交場と化していた。
 こちらで新しい商談を持ちかけている人間がいれば、焔のように己の名を売るために
 奔走している人間もいる。
 そんな中でも特に人だかりの出来ている一角があった。

 人だかりの中央には、シャンデリアにきらきらと輝く金髪を背中でひとくくりにした背の
 高い青年がいる。
 周りに人間に適当にあいづちを打つその顔は、『不機嫌だ』と如実に語っていた。
 だが、その文句なく人目をひく派手な要望には見覚えがある。
 いつだったか、ビジネス誌の一角に小さく写真が載っていた。


 このパーティの主催者、『天竺』の若社長。
 名前は確か・・・・金蝉。


「珍しいですね、金蝉社長がこんな場所に出てくるなんて」
 傍らで紫鴛がそう口にした。
「どういうことだ?」
「何でも彼は無類の人嫌いで、こんなに人が集まる場所は絶対に近づかないとか・・」
「・・・それで社長が勤まるのか?」
「勤まるんでしょうね。何しろ彼が就任してから業績は以前にも増して好調らしいですから」
 焔は改めて金蝉に目をやった。
「・・・あの容姿でそれを最大限に活用せずにどうするといった気もするが・・・」
 そのとき、金蝉が振り向いた。
 視線がかち合う。
 反射的にいつもの営業スマイルを浮かべると、相手は眉間の皺を一本増やした。
「・・・・どうやら俺は嫌われたらしいぞ」
「いえ、あれが普通の反応だそうですよ」
 いったいどんな『普通』だと焔は呆れたが、一つ間違えばたちまちに相手の心象を悪く
 するだろうそんな行為も『天竺』の社長である彼には許されているのかと少々妬みを感じ
 たこともまた確かだった。
「焔、あなたもこんなところで突っ立ってないで売り込みに行ったらどうですか?」
「あの男にそんなことをしても無駄だと思うが・・・・とっ!」
 いきなりどすんっと背中に衝撃を受けた焔は、手に持っていたグラスワインを一滴も溢す
 ことなくうまくバランスをとってもちこたえた。
 いったい何者かと振り向けば・・・



 焔にぶつかってきたのは、こんなパーティには不似合いな子供。
 だが・・・焔を見上げてきた瞳は・・・人が持ちうるはずのない金色。
 いったい何者なのか・・驚愕のままと子供に伸ばした焔の手は届くことは無かった。
 



「悟空!」
 怒ったような声に振り向けば、『天竺』の若社長金蝉が人ごみを掻き分けてこちらへ
 駆けてくる。
 その姿に泣きそうだった子供・・・『悟空』という名前らしいはにっこりと笑った。
「・・・・・」
 その笑顔に誰もが見ほれた。
 一欠けらの暗さも無い、純粋で愛らしい笑顔。
 だが、その笑顔はただ一人の人物に向けられたものだった。

「部屋にいろと言っただろうが!」
 ごつんっと金蝉は子供の頭を殴る。
 子供は頭を抑えてふるふると頭を振った。
「てめーが連れて行けっていうから来たんだろうが、大人しくしておくという約束でな」
「・・・・・・・・」
 怒られてしょぼんと頭を下げてしまった子供は・・・とてつもなく哀れに見えた。
 金蝉は一つ大きくため息をつくと・・・ぽんと子供の頭に手を乗せた。

「・・・・・帰るぞ」
 若社長は衆目の視線も気にせず子供を抱き上げた。
「美味いものが食べられるという天蓬あたりの言葉を聞いたんだろうが・・・どうせお前は
 普通の食事は食べられないんだからいい加減諦めたらどうだ?」
 そのセリフに抱き上げられた子供は否定するように首を横に降る。
「また腹を壊しても知らんぞ」
 ぷ〜っと頬を膨らませた表情は至極可愛らしい。
 あの万年不機嫌顔の金蝉さえ顔がわずかに緩んでいるように思われる。



「ああ、ここに居ましたか」
 そこへにこやかな顔にほっとした表情を滲ませた青年が駆けつけた。
「何をしていた、天蓬。ちゃんと見ていろと言っただろうが」
「ええ、すみません。ちょっと目を離した隙に出て言っちゃったみたいで・・・・悟空」
 見れば子供は申し訳なさそうにしおれている。
「金蝉の傍が良かったんですね。いいですよ、ちゃんと反省しているなら」
 よしよし、と優しく天蓬と呼ばれた男に頭を撫でられ悟空は目を細めている。
「俺はこれで帰る。ばばぁに伝えておけ」
「全く・・・はいはい、わかりましたよ」
 肩をすくめた天蓬が了承するや、金蝉はそのまま悟空を抱えて会場を後にした。
 その腕の中で悟空がばいばい、と手を振っている。
 天蓬もにこやかにそれに手を振って見送った。


「後に残ったこっちの苦労なんてお構いなしなんですからねぇ」
 誰にともなく天蓬はそう言うと、こちらを振り返った。

「おや、あなたは・・・確か『闘神』の・・・焔社長でしたか?」
「よくご存知だ」
「ええ、我が『天竺』のライバルになりそうな所はきちんとチェックしておかないといけま
せんから」
 またにこにこと笑う。
 だが、先ほど悟空に向けたものとはまるで違う気がするのは・・・・・。
「では、僕はババァ・・でなく観世音会長に用がありますので失礼させて貰います」
 おそらく天竺のかなりの重役の席にあるだろう男は焔にさえ頭を下げて背を向ける。


「・・・天蓬元帥」
「知っているのか、紫鴛」
「天竺で企画されたプロジェクトには全て関わり、その戦略は他の追随を許さないほど
すぐれているとか。ついたあだ名が天蓬『元帥』。先ほどの金蝉社長の右腕としても有名な
方です」
「すると・・・さしずめ紫鴛のライバルというわけか」
「・・・・・・」
 焔の言葉に紫鴛は無表情で天蓬が消えた扉へと視線を向けた。
















 それが悟空との最初の邂逅だった。















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† あとがき †

休止していた観葉少年再開ですv
・・ただし、夏コミ準備で忙しくてなかなか更新は
できないと思いますが・・・・


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