どうしてそんなことを思ったのか

『こいつを知っている』


そんな自分に舌打ちした。






















√4 三蔵















 ふらりと迷い込んだ路地裏。
 そこで出会った野良犬は、ゴミと泥と残飯にまみれて異臭を放っていた。
 ただ、印象に残ったのは、汚れきった髪の奥できらりと光ったモノ。

 
 それは金色の瞳だった。












「・・・・てめぇ、何でついてくる?」
 一時間後、まだ路地裏に居た三蔵は出会って、目があってからずっと背後を
 ついてくる小さな影に・・・・ついに我慢できなくなった。

 ・・・・・が、影から返事はかえらない。

「・・・おい」
 もう一度、声をかけてみる。
 しかし、影は三蔵から一定の距離をとったまま・・・・無言だった。

「・・・・・・・ちっ」
 厄介なものになつかれてしまった・・・・・・・・・。
 三蔵はそんな思いで舌打ちすると再び踵をかえす。




 どこにでも居るストリートキッズ。
 親に捨てられ、残飯や盗みをしながら・・・・毎日をしのぐ子供たち。
 だいたいは似たモノ同士、徒党を組んで三蔵のように路地裏に迷い込んだ
 土地に不慣れな人間どもを襲ったりする。

 だが、この影には全くそんな気配を感じない。
 害意も敵意も・・・・・・・何もなく、ただ・・・・ひっそりしている。
 ・・・まるで感情が抜け落ちている、そんな感じ。

 
 ―――――・・・人形。


 そう、この単語が一番しっくりくる。
 そんなことを思った三蔵は僅かに唇をゆがめた。
 人形が動くわけねぇじゃねぇか。
 

 そして、三蔵は歩く足を速め、後ろの影を引き離しにかかったのだった。






























「おや、江流。お土産ですか?」
 未だに三蔵の後ろへへばりついているモノに、師匠である光明はにこやかに
 手を振った。
「違います」
「ああ、だったらお嫁さん?」
「違いますっ!」
 嬉しげにとぼけた質問を重ねる光明に三蔵の眉間がひくひくと動く。
「ずっと俺のあとをつけてくる、ただの見知らぬ金魚の糞です」
「まぁまぁ、せっかくの江流の初めてのご友人ですし、綺麗にしましょうね♪」
 全く三蔵の話を聞いていないらしい光明は、背後の影の頭にそっと手をのばすと
 なでなでして・・・・寺院の中へと連れていった。







「やっぱり」
 可愛いですねぇ・・と湯浴みをさせた影に光明は嬉しそうに手をあわせた。
 確かに、あの泥だらけで異臭を放っていた物体とは思われないほどにそれは
 見違える姿になっていた。


 黒だと思っていた髪は、茶色く艶々していて・・・垢に汚れていた肌は白く透き通る
 ほどになっている。目鼻立ちはよく整い、まるでよく出来た人形。
 ただ変わらなかったのは・・・・金色の瞳。

 どこかうつろな、感情を映さない・・・濁った金色の瞳。
 それが妙に気に食わない。


「私の名前は光明です。あなたのお名前は?」
 子供は虚ろな視線を向けただけで答えない。
「おい・・・」
「ああ。きっとしゃべれないんですね。あなたは『観葉人形』でしょう?」
 そこではじめて子供はこくりと反応をかえした。
「何ですか、その観葉人形というのは?」
「江流は知りませんでしたか。観葉人形というのは、ミルクと愛情で育つ観賞用の
 人形で『プランツドール』と呼ばれているんですよ」
「生きてるのに・・・人形なんですか?」
「そうですねぇ、人形みたいに愛らしいからでしょうか♪」
「・・・・・」
 それは違う、絶対に。
「でも、おかしいですねぇ。プランツドールは目が飛び出るほどにお高いと聞いて
 いますが・・・・どうして路地裏になど居たんでしょうねぇ・・・」
「誰かが捨てたんじゃないんですか?」
「それは無いでしょう」
 妙に確信ありげに光明は断言する。
「プランツは自分を本当に愛してくれる人のところにしか貰われないといいますから」
 だが、その愛が永遠に続くとどうして言える?
「もしかしたら江流に会いたくてそこに居たのかもしれませんね」
「・・・・・・は?」
 呆然と口を開いた三蔵をよそに、光明は子供の手を引き『ミルクをあげましょうね』
 と連れ立つ。
 この様子では、寺の食い扶持がもう一人増えるのは間違いなさそうだった。


























 光明は法事にでかけ、三蔵は溜まってる書類をこなすべく執務室で筆をとる。
 いつもと同じ行動。
 違うのは傍にプランツドールが居ること。
 光明が用意した・・・どこから引っ張ってきたのか寺院にあるまじきほどに豪華な
 アンティーク家具・・・ソファにちょこんと座り、じっと三蔵に目を注いでいる。
 じっと。
 じーーーっと。
 じぃぃぃいぃぃぃいぃぃぃっっっと。


 べきっ。


 三蔵が筆を折った。


「・・・・・おい、いい加減にしろ」
 凶悪な視線が子供に向けられる。
「いつまで見てるつもりだ、好きにすればいいだろう」
 もともと三蔵は人が傍に居ることを好まない。
 それがひたすらに三蔵を見ているとなれば、なおさら鬱陶しい。

 だが、子供はそんな三蔵に構うことなく、じっと見つめ続ける。
 
 ふぅ、と三蔵は溜息をついた。
 こうなれば「ないもの」として無視するしかない。








 

 そうして1週間が経ったころ。
 鬼の霍乱か、三蔵が風邪をひいた。

「今年の風邪はきっときついんですねぇ」
 光明がまるで心配してなさそうにのんびりと口にしたのを熱でぼんやりした頭で
 三蔵は聞いた。
 




 

 頭が痛い。喉が痛い。肺が苦しい。身体がきしむ。

 酷い喉の渇きにうっすらと目を開くと・・・・・『そいつ』がじっと三蔵を除きこんでいた。
 金色の瞳に・・・涙が浮かんでいると思ったのは熱のせいか。



『・・・さん、ぞ・・・・』
 小さな手が頬に触れる。
 その冷たさが心地よかった。

『死んじゃ・・・・やだ・・・・・っ』
 何かがぱしぱしと顔をうつ。
 痛い。重い。


「・・・うるせーんだよ・・・人を勝手に殺すな・・・・」
 かすれた声でそれだけ告げると・・・・・・・そいつは顔をくしゃりとゆがめて・・・・・
 笑顔をみせた。

 そこで記憶は途切れる。
 














 いつもの執務室。
 三蔵は溜まっている書類は無視して外を眺め、煙草をくゆらせる。
 風邪はあっという間に去っていった。

 そして、プランツドールは前と変わらず無表情の死んだ金色の瞳で三蔵を
 見つめ続けている。

(・・・・ちっ)

 あの・・・朦朧とした頭で見た・・・・・・あれは・・・・・・・・・・・・・・・夢か?
 いや、違うな。
 そんな夢など俺は見るわけがない。

 灰皿で半分以上残っている煙草をもみ消すと立ち上がり、プランツドールに
 近寄った。

「おい」
 声をかけてもプランツドールは反応を見せない。
「てめぇ、いい加減にしろよ」
 胸倉を掴み、持ち上げる。
「なぜ、そんな何も感じてないふりを続けやがる?本当はしゃべれるんだろうが」
 
 何ものにも執着を持たない三蔵。
 けれど。
 こいつが・・・このたった一度だけ見た笑顔が・・・・・

 むかつく。



「お前はいったい何を見ている?俺を通して何を見ているんだっ!?」


 むかつく。
 むかつく。
 むかつく。





















「・・・・・・さん・・・・ぞ・・・・・・」
 漸く聞き取れるようなか細い声。
「・・・泣かない・・・で・・・・」
「誰が泣くか!」
 小さな手が・・・・あの時のように頬に触れる。
 違うのはぬくもり。
 ・・・・・生きていると感じさせる暖かさ。


「さんぞう・・・さんぞう・・・・・だいすき・・・・・だから」
「何だ」
「・・・・いなくならないで」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿が」
 泣くなと言った本人が泣いていれば世話はない。
 その涙は金色の瞳から離れてきらきらと光る宝石になる。

 ・・・・・なるほど。これが当たって痛かったのか・・・。





 
「おい、お前の名は?」
 名乗りもせずにただついてきて、『居なくならないで』も何も無い。
 こいつは本当に馬鹿だ。


「・・・・ごくう」
 三蔵の腕の中で子供は、今度こそまっすぐに輝く視線で名乗った。

「仕方がねぇな。置いてやるよ、てめぇみたいな馬鹿を野放しには出来ないからな」
「・・・・・さんぞう」
 腕にすっぽりおさまる小さな身体。
 

「なぁ、悟空」

 


 呼びかけに答えたのは、太陽のような笑顔だった。











√金蝉へ

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† あとがき †

・・・・・・幼児誘拐(笑)
プランツ悟空は大人しいですが、これからが本領発揮!
三蔵を振り回してくれることでしょう!(笑)


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