俺を見上げたそいつの瞳は
恐ろしいほどに



真っ直ぐだった

















√3 金蝉
















「おい、土産だ」

 他人の家に堂々と上がりこみ、口を開いた叔母(・・叔父?)はソファで
 読むともなしに本を広げていた金蝉の足元にとさりと『土産』を放り出した。

「あぁ?」
 金蝉は『土産』には目をやらず、観世音を睨みあげる。
「俗に言う『賄賂』だな。俺は面倒みきれないからお前にやろう」
「俺だっているか!厄介ごとを押し付けるな!」
「まぁまぁ、貴重品だぜ。あり難く受け取れよ」
「なにが!」
 傍若無人な言い様に金蝉の柳眉が上がる。
「それはもうお前にやったんだから捨てるなり、焼くなり好きにしろ。じゃぁな」
「おいっ!・・・・・ちっ」
 言うだけ言って帰っていく観世音に舌打ちし、改めて金蝉は足元の『土産』に
 目をやった。



 そしてぶつかる。
 自分を見上げた。
 金色の瞳に。



「・・・・・・」
 金蝉は言葉を無くし、しばらく魅入られた。
 その硬直を破ったのは。




「・・・・・・ッ痛!な・・・何しやがるっ!」
 金蝉の髪の毛を引っ張った小さな幼子の手だった。
 幼子は金蝉の怒声に一瞬、手を引いたものの再び髪に手を伸ばす。
「やめろっ!・・てっ!」
 全く聞く耳もたず、構わず、引っ張った。
「・・・・この・・・・・」
 金蝉の頭のどこかで、ぷちり、と何かがキレた音がした。







「クソ猿がぁぁっっ!!!!!」

 空気も轟かせる怒声だった。
 けれど。
 幼子が浮かべたのは。



 にっこりと。
 太陽のように輝く笑顔だった。

「・・・・・・・・・・もう、いい」
 馬鹿らしくなり、ソファに身をうずめた金蝉だった。










「・・・で、てめぇはいったい何なんだ?」
 金蝉の問いに目の前の幼子は首を傾げるばかり。
「・・・何か言え」
 にっこりと笑顔。
「・・・しゃべれないのか?」
 にこにこにこ。
「・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・」
 笑顔しか返さない幼子に金蝉は・・・・・・・負けた。
「わかった。・・・・ここで飼えばいいんだろ」
 
 言った途端。
 抱きつかれた。






















「おや、珍しいものがありますね」
 久しぶりに顔を出した天蓬が幼子を見るなりそう言った。
「・・・・知っているのか?」
「知らずに育ててるんですか?」
 呆れたような天蓬の口調に金蝉の眉間の皺が深くなる。
「まぁ、世間のことなんて興味の無いあなたのことですから仕方がないといえば
 そうですけど・・・・どうやって手に入れたのかそれも不思議ですね」
「・・・観世音の置き土産だ」
「なるほど」
「・・・・・で、これは何なんだ」
 突然の来客に金蝉の影に隠れてしまったそれを指差す。
「『プランツドール』、世間ではそう呼ばれていますね」
「・・・『プランツドール』?人形?・・・だが、こいつは生きて動いてやがるぞ」
「それが特殊で、大層人気があるようですけどね・・・『生きて、動いて、主の愛情』
 で育つ植物人形・・・なんだそうですよ。どれも見目が良く好事家が目の色を変えて
 欲しがるんだそうですが・・・知らないでよく育ててますね、金蝉。食事とかいったい
 どうしているんですか?」
「こいつが欲しがったものをやってる・・・だいたい、飲んでるのはミルクだな」
「・・・もしかして、そのパックに入ったのをそのままですか?」
「・・・他に何かあるのか?」
 しばし、沈黙した後、『これだから・・』と頭を横に振ると、幼子に目をやった。
「すみませんねぇ、ずぼらな主で」
「おい」
「おや、違うと言えるんですか?」
「・・・・・・」
「せめてミルクは人肌に温めてあげてくださいね」
 言いながら天蓬はリビングと通じているキッチンへ足を踏み入れ、冷蔵庫を
 あけるとそこからミルクを取り出し、ミルクパンで温め出した。
「・・・このくらいですかね」
 ミルクパンからマグカップに移すと、幼子の目の前に差し出した。
「どうぞ」
 だが、幼子は金蝉の影に隠れたままそれに手をのばそうとはしない。
「やっぱり金蝉からで無いとダメなんですかね・・・では、はい」
「・・・何だ」
 代わりに天蓬は金蝉へと差し出した。
「この子にあげて下さい」
「・・・・・」
 憮然とした顔のまま金蝉は幼子の目の前にそれを差し出した。
 多少は思うところがあったらしい。
 途端、幼子はがばっと受け取り・・ごくごと飲み干す。
「・・お腹空いていたんですねぇ・・」
 どこか非難がましい天蓬のセリフである。
 その間も一心不乱でミルクを飲んでいた悟空は、あっという間にそれを飲み干し
 隠れていた金蝉の背後から出てきて天蓬にカップを差し出した。
「おやおや、もしかして・・・まだ欲しいですか?」
 こくん。と一つ頷く。
「・・・・・可愛いですねぇ・・・ちょっと待ってて下さいね♪」
 その二人(?)のやりとりを見ていた金蝉は、何故か気分が下降していくのが
 止められなかった。
 
 ・・・・・何だ・・・・・


「はい、どうぞ」
 幼子に求められ、素早く追加を持ってきた天蓬にミルクを渡される。
 だが、幼子は受け取ったものの先ほどのようにすぐには口をつけない。

 そろり、と金蝉を見上げる。
 どこまでも澄んだ黄金で。

「・・・・飲めばいいだろうが」
 にこぉっと幼子は笑顔を浮かべて嬉しそうにマグカップを傾けた。
「・・・何か妬けますねぇ。まぁ、金蝉の影に隠れなくなってくれただけ進歩したので
 よしとしましょうか」


 ・・・・・出きれば、誰の目にも触れぬように


「・・・・・・!」
 何を・・・俺は、考えているんだ・・・。
「そう言えば、この子の名前をまだ教えてもらっていなかったんですが・・・・
 何と言うんですか?」
「サル」
「・・・・・ははは、金蝉でも冗談を言うんですね。で、本当のところはどうなんです?
 ・・・教えるのも嫌ですか?」
 にこりと人を見透かすような天蓬の目は苦手だった。



















「悟空」







「・・・いい名前ですね」

 そして、幼子の名前は『悟空』になった。
































「おいっ!てめぇ何してやがるっ!!」
 金蝉の怒声を受けて、悟空の手からぽろりとケーキが零れ落ちる。
「お前らプランツは人間が食うものは食べられねぇと何度言ったらわかる!」
 あれから金蝉は色々とプランツドールについて調べ、順調に育児?に励んでいた。
 怒られた悟空は途端にしゅん、とうな垂れ金蝉を見上げる。
 その眼差しは必死に許しを乞うていた。
「・・そんな目をしてもダメだ」
 それでも悟空は見上げる。
 実のところ、金蝉はこの目に弱かった。
 いくら怒り心頭に達していても・・・この目を見るとそれ以上は怒りが続かない。
「・・・腹が減ったならそう言え」
 そして金蝉はプランツ仕様の飴玉を悟空の口に入れた。
「・・だ、俺の手まで食うんじゃねぇっ!!」
 聞き知ったプランツには有らざることながら、悟空は妙に食い意地がはっていた。
「てめぇっ!もう許さねぇぞっ!!」
 捕まえようとした金蝉の腕からするりと抜ける。
 そのまま逃げる悟空。
「待てっ!!」
 追いかける金蝉は必死だったが、悟空の顔は笑っていた。





「おいおい、やけに賑やかだな」
 突然、現れた人物に逃げていた悟空がぱふんっとぶつかった。
「・・・何しに来やがった、クソばばぁ」
 悟空を育てることになったそもそもの元凶=観世音だった。
「可愛い甥っ子がどうしてるか見に来てやったんじゃねいか、喜べよ」
「誰がっ」
「チビも元気そうだな」
 よしよしっと頭を撫でる。
「今度はどんな厄介ごとを持って来やがった」
「人聞きの悪い。俺は天蓬からお前がいい『パパ』をしていると聞いて顔を見に
 来ただけだ」
「・・・天蓬め・・・」
 自分のほうこそちょくちょくやって来ては悟空に服や食事に小物と様々なものを
 置いていく。
 御蔭でこの家の中は、今や金蝉の持ち物よりも悟空の持ち物のほうが多いとくる。
「悟空」
 金蝉は静かに名前を呼び、自分のもとへ招き寄せる。
 からかわれることがわかっていても、一瞬たりとも他人の元に悟空が身を
 寄せているのは・・・・むかむかした。
「ふーん、なるほど」
 案の定、観世音はにやりと笑う。
「『パパ』じゃなくて『恋人』なわけか・・・・何にも執着を持たなかったお前がたいした
 進歩だな。・・・『賄賂』もたまには役に立つか・・・」
「・・・・何が言いたい・・・」
「大切にしろよ、てことさ。そいつはプランツの中でも極上品らしいからな。贈った
 奴らも未練が出てきたってとこかな・・・」
「・・・なに?」
「それはこっちで片付けるつもりだから気にするな。なぁ、悟空」
 軽く言ってのけた観世音にそれがやって来た本題だと知れる。
 
「それとも、手放すか?」
 悟空がぎゅっと金蝉の服の裾を掴む。
 見上げる金の瞳が不安に揺れていた。

「・・・・・・おととい来やがれ」
 金蝉の返答に目を丸くした観世音は・・・くっくっと笑い出した。
「ま、せいぜい守ってやるんだな」
「・・・・ふん」
 金蝉の目は・・・『言われるまでもない』と言っていた。

 







 観世音が帰った後。
 金蝉は目の前で遊ぶ悟空をじっと見つめていた。


 ・・・・ガキなんざ面倒で、汚くて、うるさくて・・・・嫌いなはずだった。
 いや、ガキだけじゃない。
 俺は自分も含めて、この世にあるもの全てがうざかった。
 ・・・・はずだった。

 けれど、悟空は。
 
 誰にもやりたくないと思った。
 この腕に閉じ込め、その金の瞳が自分だけを見つめるように、自分だけを
 頼るように閉じ込めたいと思った。
 
 これが『独占欲』
 それが『執着心』

 自分には決して、存在しないと思っていたもの。


「悟空」
 呼べば、どんなに遊びに集中していても金蝉の元にとてとてと走ってくる。
 髪を撫でてやれば目を細め、金蝉に全身を預けてくる。
 
 この苦されきった世の中で。
 自分はたった一つの失えないものを得たのだと悟った。


「悟空・・・・ずっと。・・・・・・・・・・・・・・傍に居ろ」
 


 返事は太陽のような笑顔。
 それで十分だった。















































 俺は死ぬな・・・・そう確信した。
 霞む目に、己の流したおびただしい血と・・・・涙を流す悟空が見える。

 ああ・・・泣かせてしまった。
 死ぬ間際だというのにそれが悔やまれた。

 悟空は涙までもが美しかった。
 あまりに美しくて、地に落ちたそれは宝石となる。


「・・・・すまない、悟空」
 お前を置いて逝ってしまうことを。
 ずっと傍に居ろと言った自分がお前を残して逝ってしまうことを。

「・・・すまない、泣くな」
 無理な願いだとわかっている。
 だが。
 お前の悲しむ顔は見たくない。



「・・・・っこん・・ぜ・・・・こんぜんっ!!」
 
 初めて聞く、お前の声。
 そして、最後。
 縋りついてくる腕の感触も感じない。


「・・・・・笑ってろ。いつかきっと・・・・・・・お、前を・・・・迎えに・・・・」
 行くから。






























 金蝉の遺体は天蓬と観世音によって葬られた。
 そこに。
 悟空の姿は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 無かった。















√4 三蔵

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† あとがき †

ああ・・・痛いなぁ・・・自分で書いておきながら(涙)
でも次の三蔵編に続けようと思うとどうしても金蝉に亡くなって
もらわなければいけなかったのです・・・(T×T)
・・・・うう、でもこういうの嫌いなんですよね・・・
自分で書いておきながら(爆)

短編で明るいの書こう・・・。


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