傷ついた顔を見たくない

そんな卑怯な理由で音信不通にしていた親友の家。

しかし
しばらくぶりに顔を出したそこには


妙な存在が居た
















√2 悟浄

















「こんにちわ、お久しぶりですね」
 予想外に、にこやかに迎えられ、覚悟していただけに言葉が続かなかった。
「お、おう・・・」
 から元気かとも思い目を覗くが、そこに浮かぶのは明るい光。
 もしや精神に・・・・?
 嫌なほうにばかり考えが向く。


「はっかーいっ」


 そこへ、能天気に明るい子供の声が響いた。
 ・・・・・・・・何事?


「はいはい、今行きますよ〜」
 答える八戒の顔と声はとろけるように甘い。
「お、おい・・・」
「すみません、ちょっと待っててくれますか」
 言う間に八戒は身を翻している。
 残されたのは呆気にとられている自分ばかり。

「・・・・いったい何なんだ・・・・・・?」
 八戒の恋人が死んだというのは嘘で実は子供を産んでいたとか?
 それにしちゃあ早く育ちすぎだろ?
 まさか。
 どこかから誘拐してきたのかっ!?
 それは、お前・・・・ヤバイだろっっ!?

 どこからかツッコミが入りそうな思考パターンに陥った悟浄は友人を諌めようと
 待っていろという八戒の言葉も忘れて家の中へと飛び込んだ。





 そして、部屋の中で見た光景は。
 小さな茶色い物体をかいがいしく世話をしている八戒の姿。

「どうしたんですか、悟空?ミルクですか?」
 悟空というのか・・・何てことを頭の片隅で悟浄は思いつつ、その物体の後姿を
 ぼんやりと見つめていた。
「ちょっと待って下さいね、今温めますから」
 滅多に他人には見せない最上級の笑顔を惜しげもなくさらして、八戒は
 茶色い物体の茶色い毛を撫でていた。

「え・・・どうしたんですか?」
 その茶色い物体が八戒の耳元へ口を寄せる。
「はい?・・・・あぁ」
 八戒の視線が部屋の入り口に立っている自分のほうへ向いた。
 ・・・・・緑眼がきらりと光る。
 
 ・・・・・何か・・・・怒ってねぇか・・・・・・?
 
 親友の恐ろしさを知っているだけにちょっと冷や汗が流れる。

「大丈夫ですよ、ちょっと目障りですけど害はありませんから」
 ・・・おい、それは俺のことか?
 しかし、八戒のフォローだか何だかわからないものをよそにその茶色い物体は
 八戒の後ろへと隠れてしまった。


 その一瞬。
 悟浄を射抜いた金色の光。


(・・・何だぁ・・・?)
 その光が気になって身を乗り出した悟浄の目の前に八戒の手のひらが広がった。

「はい、それ以上近づかないで下さいね。僕の悟空が怖がりますからv」
「・・・・・僕、の?」
「ええ、悟空は僕のプランツドールです」
「・・・・・・っぷ!?」
 八戒の言葉に悟浄が眼を見開いた。
 まさか巷で有名なプランツドールにこんな所でお目にかかるとは思っても
 いなかったのだ。
 そして、八戒がそんなものを所有しているということにも。

「どうかしましたか?」
「ど、どうかしましたって・・・あのなぁ・・・・何でそんなもの持ってんだよ・・・」
「薄情な友人がどこかへトンズラしていた最中、僕をなぐさめてくれたのは
 この悟空だけだったんですよ♪」
 サクッサクッ、と悟浄に言葉の刺がささる。


「僕を闇の底から救い出してくれた・・・・・・・・大事な悟空」
 そっと八戒が背後の悟空の手を引き、その姿を悟浄の前に露にした。


「悟浄、紹介します。僕の命よりも大事な・・・悟空です」
 小さな顔が上向く。
 黄金の瞳が悟浄を見つめ、刺し貫いた。
 

 その衝撃ときたら・・・・・・・・腰が抜けるかと思った。

(ヤッベェ・・・)
 

「悟空、コレは悟浄。人畜有害な生物ですからあまり近づかないようにして下さいね」
 悟空は八戒の言葉に素直に頷いた。

 ・・・・おい。

「八戒・・・」
「どうしました、悟浄。僕、何か間違ったことを言いましたか?」
「・・・・・いいえ」
 最強モードに入っている八戒に悟浄が勝てるわけもなかった。













「・・・で、なしてあんなもん持ってるわけ?」
 今は昼寝に入ったらしい悟空に、ようやく八戒と向かい合って話す時間がとれた
 悟浄は珈琲を口に流しつつ気になっていることを尋ねた。

「・・・・・会ったんですよ。大切な人を亡くした日。雨の中で・・・」
「・・・・・・・・・・」
「血と埃・・・ぬぐいきれない穢れに満ちた僕に、悟空は「きれいだ」と言ってくれました。
 触れた手がとても暖かかったんです」
 つらい記憶を淡々と、暖かい思い出に変えながら八戒は答えた。


「つまり・・・一目ぼれ、したと?」
「あはは、そうですね」
 ぬけぬけと悟浄の言葉を肯定した八戒は至極幸福そうだった。











 それから三日。

「ねぇ、何か最近ぼんやりしてない?悟浄」
「そうかぁ?」
「うん」
 女の柔らかい肌に触れつつ、甘い言葉を溢しながら・・・・何故か思い出すのは
 金色の瞳。
「気になる人でもできたんでしょう?」
 くすくすと女が笑う。
「・・・今は一番、お前が気になる」
「もう、口がうまいんだから」
 ただ、表面的な事象。
 上滑りする感情。

 八戒の幸福そうな顔を見て俺は何を思った?

 また元気な姿を見ることが出来てよかったと心から思った。
 だが、それだけでは・・・・・無かった。

 羨マシイ。

 そう。
 八戒の幸せそうな顔に・・・・俺は嫉妬した。


 欲シイ。
 アノ存在が欲シイ。
 アノ光ニ包マレタイ。


「・・・・・は」
 嘲笑が口から漏れる。
 
 どうやら自分も・・・・・・・・・・・・一目ぼれらしい、と。








 






 はじける鼓動。
 しびれる脳髄。
 
 八戒の家へ至る道を辿りながら、悟浄の感情は最高潮に達していた。
 先日は、八戒の防御にあい、しかとは見ることが出来なかったプランツドール。
 
「・・・ガキなんて・・・・嫌いなはずなのにな」
 そう言ってみても心は変わらなかった。

 会ったら何を言おう。 
 何を話そう。
 逃げずに自分を見てくれるだろうか?

 それはまるで・・・・初めて恋をした時のように悟浄は心を躍らせた。






『あんたなんか知らないっ!生まれてなんかこなければ良かったのに!!』





 悟浄の足が止まった。
「何で・・・・こんなときに思い出すかね・・・・」
 顔を覆い、悟浄はかがみこんだ。
 先ほどまでの昂揚感がなりをひそめ、痛みにとってかわる。
 
 母親に疎まれた子供の頃の記憶。
 それは未だ、悟浄のトラウマとして心の奥深くにひそみ、苛みつづけていた。

 決して消えない痛み。
 それでも自分は存在して生きていく。





「おや、悟浄。そんなところにしゃがんで何してるんですか?」

 最悪な落ち込みに陥っていた悟浄の頭に、明るい八戒の声がした。
「な・・・・・」
 まさにバッドタイミング。
 慌てて顔をあげたそこには・・・・・悟空を腕に抱いた八戒が居た。
「・・・何してんだよ・・・」
「それは僕が聞いているんですけどね。僕たちはちょっと散歩していただけですよ」
「俺は・・・・・ちょい野暮用」
「そんな用でこんな人気の無いところまで来るんですか、悟浄は」
「・・・・・・」
 八戒の家は町から少々はずれた場所にある。
 
「はっかい」
「どうしました、悟空?」
 悟浄が言い訳に困っていたとき、八戒の腕の中で大人しくしていた悟空が
 おろして、と訴えた。
 そして、下ろしてもらった悟空はしゃがみこむ悟浄の元へ走り寄り・・・・


「っ痛っ!!」
 悟浄の深紅の髪をひっぱった。
「な・・・何しやがるっ!」
 その悟浄の声に驚いたのか悟空はさっと八戒の背後に隠れてしまう。
 ・・・・顔だけ出したまま。

「・・・悟空、悪戯は駄目ですよ」
 だが、たしなめる八戒の口調は全く怒っていない。
「だって・・・」
 悟空が八戒を見、悟浄に視線を向けた。





「まっかだからもえてるのかとおもったんだもん!」
 幼い口調で主張した。




「・・・・・・」
 悟浄は目を見開き、八戒も・・・・悟空が自分以外に向かって話したことに
 驚きを隠せなかった。

「燃えてる・・・・か」
 悟空に引っ張られた深紅の髪の一房に触れた。
 ずっとこの色は・・・禁忌の・・・血の色だと思っていた。
 許されることのない罪の色。

 それが。
 こんなに簡単に・・・覆されるとは。

「ぜんぜんあつくない」
 つまんないの、と悟空は言葉を続ける。
 噂で聞いていたプランツとは違い、随分饒舌で元気がいい。



「でも・・きれいだからいっか!」


 その言葉に衝撃を受ける人間二人。
 一人は喜びに。
 一人は嫉妬に。


「これ、綺麗か?」
「うん、きれい♪まっかがもえてきらきらしてる!」
 いつのまにか八戒の影から出てきた悟空は悟浄に近寄り、深紅の髪と瞳を
 覗きこんでいた。

「なら・・・・・・」







「・・・・やるよ。この瞳も髪も全部お前にやる・・・『悟空』」
 だから。
 俺を・・・・・・・・見て。

 金色の瞳を真っ直ぐに見返し、悟浄は・・・・・・一世一代の告白をした。








「いらない」
 しかし、返ってきたのは何ともつれないことばだった。
 がっくりと顎を落とした悟浄に悟空は言った。

「だってごじょうのめはごじょうのなんだからおれがもらったらなくなっちゃうだろ。
 そんなのダメだもん!ごじょうのはごじょうのだからきれいなんだから!」
 舌足らずに言い募られて悟浄の気分は一気に浮上した。
「そうか、俺のだからきれいなのか」
「うん♪」
 にっこりと太陽の笑顔。
 八戒がこれに落とされたのは間違いない。

(・・ガキなんて興味無かったはずなのに、な・・・)

「・・・触ってもいいか?」
「?うん」
 震える手に苦笑しつつ、悟空の茶色い髪に触れる。
 ・・・元気よくはねているのに、柔らかい。
 その髪の感触をしばらく楽しみ、頬へと滑らせる。

 しっとりとすべすべと・・・温もりにうっとりした。




「・・・悟浄」
 しばし我を忘れていた悟浄に絶対零度の声がかかった。

(・・・やべぇ・・・・)

 視線をあげれば・・・・・・・・・・八戒の笑顔。
 ・・・・・・・恐ろしすぎる。


「悟空、そろそろ帰りましょうね♪」
 さりげなく悟浄の手から悟空を取り返し、抱き上げる。
「うん。バイバイ、ごじょう」
 小さい手が可愛らしく悟浄に振られる。
 にや〜と顔をとろけさせた悟浄は反射的にバイバイ、と振り返す。
 
 ビシッ!

 ・・・・はっ。
 悟空の背後から放たれた殺気に我にかえる。
 いつもの悟浄ならここで、引き下がっただろう。
 自分の命は惜しい。

 けれど。

「また、な。悟空」
 いとも容易く自分の闇を取り払った悟空。
 お前だけは・・・引くわけにはいかない。

 八戒への宣戦布告。

 スタートは遅れたが・・・巻き返しのチャンスはあるだろ?
 太陽を独り占めなんてさせねぇよ。
















√1 八戒

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† あとがき †

うちのサイトにしては珍しく悟浄、頑張りました!(笑)
・・・命知らずな(笑)
勝負の行方は・・・・ご想像におまかせします★




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