(2)
焔が死ぬ・・・・近いうちに・・・・ その考えだけが頭の中に広がっていった。 焔は神であって神にはなれない存在。 命の糧、俺がいなければ生きられない。 でも、それだけじゃなくて・・・俺自身も求めてくれる・・・。 「焔・・・。」 ゆっくりと名前を呼びながら立ち上がる。 その声に焔はゆっくりと振り返った。 次の瞬間、焔の瞳には悟空の涙が飛び込んできた。 ゆっくりと頬を伝って床に落ちる。 「悟空、目が覚めたのか・・・。」 焔の瞳が悟空を映し出す。 金色に光る、その眼がなぜか・・・ひどく悲しんでいるようで、 青が雲って、雨が降っているように暗くて・・・ 「悟空、俺の命はもう終わる・・・・。お前が俺を拒めば、お前が俺の元から離れれば・・・。」 その声が酷く低く、暗いのに悟空はあえて気づかない振りをした。 三蔵を見ながら悟空は視線を焔に戻す。 すると、焔はゆっくりと口を開いた。 「俺を殺すのはお前だ。」 え・・・? 焔の言った意味が理解できなかった。 悟空は頭の中で焔の言った意味を考える。 焔は自分がいなければ生きていけないと言った。 自分が焔を拒む、つまり、自分が三蔵を選べば ・・・焔は死んでしまう・・・ 「同情でも引くつもりか?」 後ろから三蔵が声をかける。 そんな三蔵に焔は軽い笑みを浮かべると、 「そんなつもりはない、ただ本当のことを言っただけだ。」 そう言って再び悟空のほうへ視線を向ける。 「一つ言っておく。お前が三蔵を選んでも・・・あいつは人間だ。瞬きの間しか一緒に入られないぞ。 俺は・・・お前がいてくれれば、ずっと一緒にいてやれる。」 「余計なこと言うんじゃねぇよ。たとえ、瞬きの間でも自分がよけりゃいいんだ。 その先が修羅であってもな。・・・少なくとも、俺はそうだ。」 三蔵の瞳が悟空を見つめた。 そのとき、悟空は実感する。 ああ・・・そうだ・・・。 俺は初めてこの瞳に映された時からこの瞳に恋してた。 この瞳に映されるのが自分一人でありたかった。 ・・・・もう、ずっと前から・・・この瞳に捕われてる・・・。 知ってるんだ、ずっと前から。 この瞳、眼差し、差し出された手の温もり・・・・ ずっと、ずっとあなただけが・・・・ 「悟空、来い。」 「・・・うん。」 三蔵に差し出された手をゆっくりと歩み寄って掴んだ。 焔の横を通り過ぎて。 「・・・・・・・それがお前の選んだ道か。」 焔の声が後ろからした。 知ってる。 これがどんなに自分にとって辛い道であるか。 でも、今だけが良ければ後のことなんてどうでもいいんだ。 そんなこと、おこってから考えればいい。 ・・・今は三蔵の傍にいたい・・・・ 「お前は・・・俺を殺すか。まぁ、元々敵同士だから当然と言えば当然か。」 焔の言葉が胸に突き刺さる。 でも・・・ 目の前にいる三蔵を悟空は見つめた。 三蔵はさっきからずっと黙ったまま焔を見ている。 それにつられるように悟空も焔に視線を向けた。 「お前はいつか、俺を倒すと言っていたな・・・・だったらここで殺してみろ。」 静かに焔の声が耳に入ってくる。 その言葉の内容が悟空には一瞬理解できなかった。 ・・・何ヲ言ッテルノ? 「殺してみろ、俺を・・・。」 その声が以前に聞いた三蔵の声とダブる。 殺ス?誰ヲ? ・・・焔ヲ・・・? 「どうした、殺れ。」 「あ、ああ・・・。」 悟空は如意棒を取り出して、ゆっくりとそれを掴んだ。 心はまだ、迷ってる・・・。 こいつは・・・三蔵の経文を狙ってる・・・・敵だ。 敵は殺さなくちゃいけない・・・殺さないといけないんだっ・・・!! 悟空が勢いよく如意棒を振り下ろした。 その時、頭の中に一瞬のビジョンが走る。 (本当に・・・?) ドクン なんだ・・・? ドクン 何かが流れ込んでくる。 ドクン・・・・!!!! 気がついたら、そこは一面のコスモス畑だった。 自分の手の中には持ちきれないほどのコスモスの花。 誰かが・・・近づいてくる。 『悟空。・・・ほら、できた。』 そう言って、悟空の首に花で作った花輪が掛けられた。 悟空は目の前にいるその人物が誰であるか、なぜか思い出せなかった。 懐かしい声。聞き覚えのある声、知っているはずだ。この人を・・・ でも、逆光のせい? 顔が・・・よく見えない。 『どうした?』 (ダメだ・・・) え? (思い出したくない・・・!!) 『・・・・どうした・・・・悟空・・・?』 (やめろ、やめろっっ!!俺の名前を呼ぶな、思い出させるなっ!!) 『悟空・・・・』 カラーンッ!! 悟空の手から如意棒が床に落ちた。 焔の横をすり抜けて悟空は膝をついて倒れた。 涙が流れて止まらない。 なんだろう、この気持ちは。 この気持ちは・・・知ってる。 ずっと、昔に。 三蔵とは違う意味で・・・求めてた人・・・ 「げほっ・・・ううっ・・さんぞ・・・いや・・・三蔵・・・変だ、俺・・・いやだっ!!さんぞ、やだぁっ!!」 「悟空っ!!しっかりしろ、悟空っ!!」 「頭、痛い・・・三蔵・・・痛いぃぃ・・・!!!」 悟空がいきなり頭を抱えて苦しみ始めた。 三蔵はその悟空を後ろから抱きしめるようにして肩を掴む。 そんな様子を焔は軽く見ながら微笑んだ。 それに気がついて三蔵は焔を睨みつけた。 「お前、何かしたのか?」 「・・・何を?」 「ふざけるな。お前が何かしたんだろ?悟空に何をした。」 焔は視線を反らすと、満足そうに微笑んで上を向いた。 「・・・封印された記憶が痛むんだろ。無理に思い出そうとするからだ。」 「なんだと・・・?」 「お前は知らないだろう?なんせ五百年も前、それに何よりお前はあいつと同じ魂を持っているが、 あいつじゃないしな。」 自分の知らないこと言う焔に三蔵はものすごく腹が立った。 五百年も前から生き続けた、たった一つしかない純粋な魂。 悟空の以前のことなんか知らない。 別に知る必要もないと思っていた。 でも、それがとても苛立つ。 「誰だ・・・お前は前から俺のことを金蝉と呼ぶ。金蝉とは誰だ?悟空のなんだ・・・」 「・・・・金蝉は・・悟空が唯一求めた、愛した存在。あいつの瞳には金蝉以外は映らない。 お前が悟空に求められるのはお前が金蝉の生まれ変わりだからだ。」 「!!」 ==================================================================================== ・・・悟空が求めたのは俺ではなく、俺の中にあった魂だったのか? 信じられるか、信じるものか。 あいつは俺のものだ。 俺が拾ったんだ。 だからあいつのことは俺が決める。 俺に決定権があるんだ。 それなのにあいつは・・・俺を見なかっただと? 俺の中に違う奴を見てた、だと? ・・・ふざけるな。 「ふざけるな、俺は信じない。」 「信じるも信じないもお前次第だ。それに、妙だとは思わなかったか? 何故お前には孫 悟空の声が聞こえたのか?それはお前が金蝉だからだ。」 「黙れ・・・」 「悟空はお前を見てはいない。今も昔も金蝉の影を求め続ける愚かな孤独の魂だ・・・。」 「黙れえぇぇっっ!!!!」 ズガン、ズガン、ズガアァ-ンッッ!! 銃声が部屋に響き渡る。 けれど、焔に向けられた銃弾は相変わらず当たることはなかった。 それでも、三蔵は撃ち続けた。 弾が切れるまで。 カチ、カチッ!! 「弾切れ・・・か?」 焔が余裕の笑みを浮かべて三蔵に視線を向ける。 その焔が更に三蔵をイラつかせる。 「凄い顔だな。三蔵。そんなに悔しいか?」 凄い形相で三蔵は焔を睨んだ。 そんな三蔵を見ていた焔の表情も少しずつ険しくなる。 そして、いきなり、三蔵の胸倉を掴むと、焔はギリギリまで顔を近づけた。 「・・・お前は欲張りだな、三蔵。己が求められている、それだけでいいと思わなかったのか? 自分が見られていなくても己が求めていれば、そしてそれが傍にいてくれればいいと思わなかったのか? ・・・己が、求められていないこの気持ちなど・・・お前にわかるはずはないだろう!? ふざけるな!!俺が欲しいものを全部奪っておきながらお前はそれでは足りないという・・・甘いんだよ。 お前は・・・。」 三蔵の手に力が篭る。 焔の言葉一つ一つに三蔵のストレスは上がっていく気さえしてきた。 知るわけがない、誰も俺の気持ちだって理解なんざできはしねぇ・・・・ お前だって・・・わかるかよ・・・。 ずっと手に入れたと思っていたものが自分を通して違う奴を見ていた、だなんて信じられるか? 己の所有物が俺以外の誰かを見ている。 それが許せないんだよ。 お前は俺のものだから、俺以外をその瞳に映すな。俺以外の奴の名前を呼ぶな。 ・・・俺以外の奴の前で笑うんじゃねぇよ。 夢の中でお前は誰に笑いかけてんだよ。 ---満面の笑みを浮かべやがって。 「手に入らないとわかっていた。でも、それは遠く・・・苦しくなる。 いっそ、このまま狂ってしまえばいい、そう何度も思った。 身体が軋むように、心も痛くなる。・・・壊れたいんだ、俺は・・・・」 「・・・お前らしくねぇな。カミサマ?」 その言葉に焔は軽く笑みを漏らす。 そんな焔に三蔵は少し苛立ちを感じて焔を睨みつけた。 しかし、焔はそんなことは気にもせず、悟空のほうへ視線を向けた。 三蔵はそんな焔を見ながら、悟空のことを考えていた。 あれからずっと悟空は気絶したままで気がつく様子もない。 ---何カガ生マレ、消エタヨウナ気ガスル・・・ 何もなくなったところに突然生まれた一つの欲望 『独占欲』 それはゆっくりと糸を紡ぐようにして、歩いていく。 その先に何があるのか、三蔵は理解していない。 そして、それが何を意味しているのかも・・・。 ======================================================================================= この身体はもう限界だ、死が近づいているのが自分でもはっきりわかる。 まだ、死にたくはない。 俺が禁忌、不浄のものではなくなる世界を作り上げるまでは。 そうすれば、俺は変われる。 白に、白になれるはずなんだ・・・。 「ぐっ・・!!かはっ・・・!!・・・っぅ・・・・!!」 死が身体を蝕み始める。 死・・・これが死か? 死が、こんなものだったとは知らなかった、鈴麗・・・。 「辛そうだな。」 三蔵の声が上から降ってくる。 それに気がついて焔は苦痛に顔を歪めながら、でも余裕を持った笑みで三蔵を見つめる。 「ふ・・・確かに少しは辛い・・・な。げほっ、げほっ・・・ぐっ・・・!!」 「死ぬなら殺してやろうか?そのほうが苦しまなくてすむぞ。」 三蔵が銃を焔に向ける。 それを見ながら焔は少し笑みを浮かべた。 「生憎、死ぬなら悟空の手で死にたいと思ってるんでな。お前に殺されるわけにはいかんな。」 そう言って、焔は少しずつ歩いて部屋の出口まで移動する。 しかし、そこで焔の身体がズルッ、と壁に滑った。 「・・・!」 咄嗟に三蔵が焔の体を抱きとめる。 その時、焔は部屋の隅で倒れている悟空に再び目をやった。 自分で汚してしまったくせに、自分がそう望んだくせに今になっては後悔している。 ずっと、本当は・・・綺麗なまま・・・・ 「ん・・・?」 悟空が気がついてゆっくりと身体を起こした。 そして周りをきょろきょろと見回す。 そして焔たちのほうへ目をやった。 しかし、その視線は焔を通り過ぎている。 「三蔵!!」 その声は忘れかけていた狂気を取り戻しさせかけるには十分だった。 もう、悟空の眼には自分は映っていない・・・・ 存在すら出来ない。 たとえ、交換された目があっても、それに俺はいるのか? ・・・いない・・・・ 「離せ、金蝉」 焔が小さく呟いた。 それがよく聞こえなかったのか、三蔵は焔のほうを向く。 焔は強く三蔵を睨むと再び口を開いた。 「離せ、と言ってるんだっ!金蝉っっ!!」 焔の拳が三蔵の腹に入った。 それに驚いて、三蔵の手が焔の身体から滑り落ちる。 そして、焔はゆっくりと立ち上がると、目の前にいる悟空を睨んだ。 その視線に思わず悟空は後ずさる。 「悟空・・・お前は俺の糧となれ。もう、お前を手に入れたいなどとは思わない。 一生、俺の玩具、オモチャとして俺の傍にいろ。」 「・・・いやだよ。俺は三蔵の傍にいる。そう決めたんだ。」 「お前に決定権など・・・あると思っているのか?」 焔はすばやく悟空の前に移動すると、三蔵にやったように悟空の腹に自分の拳をいれた。 その衝撃は三蔵のものよりも強く、悟空は壁に叩き付けられた。 「っぅ・・・!!」 「お前の命は俺が握っているんだよ。逆らえば、おまえ自身の意識だけ殺す事だって出来る。 ・・・それともそのほうが玩具としていいか?」 焔が悟空の髪を掴んで持ち上げる。 歪んだ愛情、手に入れられないもの。 だったら・・・壊れてしまえ。 何もかも、自分自身も・・・壊れてしまえばいい・・・ そうすれば苦しまなくてすむのに・・・・ ズガァーン!! 後ろから銃声が響き、焔の頬をかすめた。 そこから血が流れ出てくる、焔は悟空を掴んだまま後ろを向いた。 そこで三蔵は銃をゆっくりと構えたまま立っていた。 その瞳から強い殺気を感じられる。 「三蔵・・・。」 悟空が小さく呟く。 その悟空に三蔵は目をやって、焔に向かって銃口を向けた。 「お前、さっきとは大違いだな。どれが本当のお前だ?」 「・・・言う必要はない。今からお前は死ぬのだからな。」 そう言って、焔は聖龍刀を掴んだ。 そして、その矛先が三蔵を向く。 悟空はその焔にただならぬ恐怖を感じてその手から逃れようと必死に暴れた。 髪の毛が何本が抜け落ち、そして焔の手から悟空の髪が抜け落ちると、悟空は三蔵のほうへ駆け寄った。 「三蔵!!大丈夫か、怪我してないよな!!」 「ああ、今はな。」 その二人を見ながら焔は目を細めた。 遥か昔、約束の場所の花畑で怪我した自分を悟空はとても心配してくれていた。 その時はその瞳に少しでも俺は映っていたはず。 時が流れるにつれ、強まった想い。 色褪せることのない約束、綺麗な心と瞳。 ・・・欲しかった。 カラカラーンッ! 焔の手から聖龍刀が離れた。 身体が軋みだす、焔は膝をついて蹲った。 息をするのすら辛くて、死期が近いと言うことを知らせる。 ・・・本当に・・・死ぬか・・・? 「三蔵、焔が!」 悟空が三蔵の袖を引っ張る。 けれど、その三蔵は黙って焔を見下ろしたままだ。 それに気がついて焔は三蔵に軽い笑みを浮かべる。 三蔵はそれを一瞬見て、何かが頭の中で弾けた。 「おい、悟空。薬を持って来い。ジープの中にあるはずだ。」 「え?」 「いいから、早く行け!!」 三蔵にそう言われて、悟空はその部屋を後にした。 そして、悟空がいなくなると、三蔵はゆっくりと焔に近づく、焔の顎を掴んで自分のほうを向かせた。 「無様だな。お前は一生、この俺に助けられたって言う恩を背負わせて生きさせてやるよ。 ・・・まぁ、猿はやらねぇけどな。あいつは俺のものだ。」 そう言う三蔵を軽く睨んで焔はその手を払おうとする。 けれど、その手を逆に押さえ込まれ、焔は床にねじ伏せられる。 「どうした、こんな簡単にやられるなんてな。死期が近いと大変だろう?」 「・・・くっ・・・。」 三蔵の言葉が胸に響く、けれど、死期が近いために焔は本来の力が出せずにいた。 普段だったらこんな簡単にねじ伏せられることもない、あの三蔵に。 「お前、ずいぶんと悟空を可愛がってくれたみたいだな。人のモノに手を出すなって、教わらなかったのか?」 三蔵の瞳に明らかに怒りの色が混じっている。そんな三蔵を軽く鼻で笑うと、焔は身体を起こそうとする。 けれど、死期が近いためか、身体を起こすことは出来ずに焔はそのまま三蔵に押さえつけられたままに なってしまう。 「三蔵-!!薬ってこれだろ?」 そう言って、悟空が勢いよく扉を開けて帰って来た。 でも、二人のこの状態を目にして、悟空は三蔵の元へ行くのを少し戸惑わせる。 「どうした?早く持って来い。」 三蔵がそう言うのに悟空の足はなかなか前に進まない。 少しずつジリジリと近づいてそっと、三蔵に薬を渡した。 そんな悟空の様子を気にしながらも三蔵は薬の蓋を開けた。 「おい、口を開けろ。」 その三蔵の言葉を焔は聞こうとはしなかった。 そんな焔を見かねた三蔵は自分の銃を取り出して、焔の口の中に銃口をねじ入れた。 そして、その開いた口の隙間から薬を流し込み、焔が飲み込んだのを確認すると、銃を口から取り出した。 そんな三蔵を睨みながら焔は三蔵に声をかける。 「俺を助けてどうするつもりだ。俺は生きている間、ずっと悟空を求め続けるぞ。」 「やらねぇよ、何度言ったらわかるんだ。あいつは俺が拾った時から俺が死んでも ずっと俺のものなんだよ。」 そう言った三蔵は視線を感じて、その視線のほう、悟空へと目を向けた。 その悟空は少し怯えた様子で三蔵・・・いや、焔を見ていた。 三蔵が一緒にいるとはいえ、まだ、少し怯えるところがあるらしい。 それを察知した三蔵が悟空に『水を持って来い』と指示する。 その言葉を聞いて、悟空は安心したような、でも少し寂しげな顔をして部屋に出て行った。 -------------------------------------------------------------------------------------- 自分の選んだ道が辛い道、罪深い道であると知っている。 それでも、自分には三蔵しかいないと思った。 焔を見るたびに頭の中で何かが生まれ、消えていくのもわかる。 でも、それは深い霧に包まれていて何が何だかわからない。 眼差しが遠い日の何かに似ていて、戸惑った時もあった。 けど・・・三蔵に差し出された手だけは俺に中にある唯一の真実。 それを・・・信じていたい。 たとえ、焔を殺すことになっても・・・ 「殺したいわけじゃない、殺したいわけじゃないのに・・・!!」 ジープへと戻る間の廊下で悟空は独り言のように繰り返し呟く。 "殺す"と言う言葉がこんなに怖い言葉だとは思わなかった。 いつも三蔵が口に出してるし、自分を守る、大切なもののために何匹も妖怪を"殺し"た。 でも、何で焔のときだけはこんなに恐ろしくなるんだ? 「怖い・・・怖いよ・・・!!三蔵ぉ・・・俺・・・変になりそうだよぉ・・・っ!!」 昔、無くした筈の記憶の欠片が、焔に会う度に浮き沈みする。 弾けては消える、生まれては無くなる。 その繰り返し。 ---アナタハ俺ノ何ダッタノデスカ・・・・? 『約束だ・・・悟空・・・・』 「・・・っっ!!!!」 頭の中で生まれた一瞬の記憶の中にあるコトバ 涙が頬を伝っていく。 何で・・・涙なんて・・・・ 『海を・・・見に行こう。お前と・・・二人だけで・・・・』 何処かで聞いた様なその約束は、どこかで見た影を思い出させた。 手につけられた枷が昔のことに重なって自分を揺さぶる。 頭に駆けるもう一つのビジョン。 コスモス畑がスライドのように頭の中を何度も何度も駆けていく。 その度にそのコスモス畑に立っている一人の人影。 何処かで見た眼差し。 感じた視線。 揺れる髪から覗く、柔らかな笑顔。 ・・・自分だけに向けられるその笑顔が大好きだった。 触れられた指先から感じる体温が酷く寂しげに冷たく、でも優しく温かい。 あれはいつの日の誰のものだっただろう・・・・ コスモスの花が咲き乱れた場所で過ごした、懐かしいあの日。 偶然、迷い込んだ場所で出会った。 きっと出会いは必然。 今はもう・・・あなたは笑ってくれない・・・ 奪ったのは自分。 あなたを狂わせたのも忘れかけていたあの日々を思い出させたのも。 罪深いのは・・・自分自身だ。 暗い岩牢の中で求めていたのは他の誰の変わりでもないたった一つのもの。 誰かのそれが自分自身であったとしても、 自分は欲しかった。 誰の変わりでもない、自分だけの・・・太陽が。 落下しない、消して無くならない。 消えないで・・・・ あの時のように・・・・・ 俺を一人にしないで・・・!! 『お前が俺を拒んだら・・・俺は一人になる・・・お前も俺を拒むのか・・・』 寂しい瞳に映されたいつかの日のコトバ 誰もいないコスモス畑に佇むのは・・・・ どこかでよく見た眼差しの人 その手をすり抜けていく。 「 。」 ・・・ごめんなさい・・・ =================================================================================== 悟空がいなくなったのを確認すると、三蔵は焔を解放する。 「何のつもりだ。」 焔が軽く三蔵を睨んだ、しかし、そんな焔を三蔵は無視してタバコに火をつける。 そして、煙を一回吐き出してから三蔵は余裕な顔で言った。 「ふん、どうせあの薬を飲んだらしばらく身体が痺れて動かん。それに押さえつけているのも疲れたしな。」 その言葉を聞いたあと、焔はぐったりと床に仰向けになって倒れた。 そして、今はここにいない、悟空のことを思い浮かべた。 俺は悟空にとんでもない枷をつけてしまったようだな・・・。 あれはきっとこれから先に悟空を苦しませ続ける・・・。 「三蔵。」 焔が仰向けなままで三蔵の名前を呼んだ。 それに面倒臭そうに三蔵が答える。 「なんだ?」 「・・・お前は記憶を消すことが出来るか・・?」 その言葉に三蔵の動きが一瞬止まる。 「猿の記憶を消すつもりか?」 その三蔵の問に焔は静かに頷いた。 その答えに三蔵は苛立ちを覚える。 自分に都合の悪い記憶だけを消すつもりか・・・? そう瞳で訴えているに焔は見えた。 焔はどこか違うところを見ているような空ろな目で天井を見ながら三蔵に言った。 「あいつは綺麗だ、身体は俺が汚してしまったけれど、心は綺麗なままだ。 これから先、あの綺麗な心を維持していくためには今回のことがきっと足枷になる。 そんなことになれば、あいつの心は耐えられない。」 「お前が望んだんだろ?なのに何故、いまさらそんなことを言う。」 「・・・俺が手に入れられない、そう気がついたからな。だから綺麗なままでいてほしいんだよ。ずっと・・・な。」 焔がそう言い終わったころに悟空が入ってきた。 そして、焔は悟空のことを呼んだ。 悟空は少し怯えていたけれど、三蔵に言われて、おずおずと焔に近づく。 そして焔は悟空の額に指先を当てた。 そして、静かに呪文を唱え始め、唱え終わった瞬間に悟空の中で何かが生まれ、消えた。 忘れろ・・・俺がお前なしでは生きていけないということも、今回のことも。 ただ、お前は俺を憎んでいる。三蔵の経文を狙う俺を。それだけを覚えていればいい・・・。 奪われた日々に交わされた約束はもう残っていない。 もっと、もっと前に・・・ 金蝉より前に・・・出会っていたかった。 『焔!また遊ぼうね!!』 また・・・・"また"はもうない。 あるのはお前と死と・・・・この世界に対する絶望だけだ・・・ 悟空が気を失って倒れる。 それを見た三蔵が焔を見下ろして言う。 「何故、悟空の記憶を消そうと考えた。」 それを聞いた焔はゆっくりと目を閉じて呟くように答える。 「さっきも言ったように、綺麗なままでいてほしい。それと、下手な同情は欲しくなかった。 あいつのことだ、俺の死期が近いことをあのまま覚えていれば、俺の元に来るかもしれない、 俺のことを求めてくれないのにそばに置いても、意味がない。俺はあいつの心が欲しいんだ。」 「ふん、それはねぇよ。」 三蔵が不機嫌そうに煙草を床に落とす。 その音を聞きながら焔は視線だけ三蔵を見る。 「あいつは俺のものだからな。・・・俺が行かせねぇよ。」 そう言った三蔵の言葉に焔は軽く苦笑すると、近くで眠っている悟空に眼を向けた。 『悟空・・・お前は愛されているな。今も、昔も・・・』 そう言って、焔は眼を閉じた・・・・。 ---------------------------------------------------------------------------ー------------------------ ここはどこだろう? 一面のコスモス畑、誰もいない? でも、ここに来ると、心が跳ねるのは何故? ---大切ナ人ガイタ・・・ そうとっても大切な誰か。 ではない誰か。いつも自分に向けられた微笑、俺を のようにでも少し違う感じで包んでくれた人。 でも、名前がわからないんだ。 ねぇ、あなたは誰? あなたは・・・俺の何・・? 『 。』 目が覚めたらそこは宿屋の天井が映っていた。 何かがあった気がする、でも思い出せないのはどうしてだろう? う〜、頭が痛い。 考えるのはよそう。 悟空はそう考えて、部屋を出た。 そこにはいつもの面子。 三蔵に飛びついてそれで三蔵にハリセンで殴られて朝飯を食って。 これがいつも通り。 何か夢を見たような気もしたけど・・・覚えてないや。 不意に視線を感じて、悟空は外に眼をやった。でも、そこには誰もいない。 悟空は気にせず、三蔵たちの後をついていく。 それを焔は静かに見ていた・・・・。 『愛してる、悟空・・・』 コスモスの中で交わした触れるだけの口付け。 それに悟空は答えてくれて、いつも確かめ合った約束。 『俺も焔のこと好き。』 その言葉も風化していつかは消える。 再び交わされた口付けも誓約も、全て、焔の中に留まった。 「愛してる・・・悟空。お前だけに、俺の全てを捧げよう。」 その焔の誓いも風と共に消え、死は・・・近づいてくる・・・・ 悟空はそれを知ることはなく、三蔵はそんな悟空を見守るだけだった。 あえて、何も言わず、見守るだけ。 何も誓うだけが愛じゃない。 でも、一生自分に縛り付けて、無理矢理でも手に入れる恋、というものも存在するのは確かだ。 『時は満ちた・・・来い、悟空・・・俺は・・・お前のためだけにこの世界を作り変えてやろう・・・』 時は流れ、再びこの手に落ちるまで、俺はずっと、お前を想い続けている。 来い、俺の元へ そして、お前だけに捧げよう、この世界も何もかもを。 たとえ、この身がなくなろうとも、愛している・・・悟空。 ・・・・お前だけを・・・・・ FIN |
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