後死悔救


作: KAI 様


(1)

自分には三蔵しかいなかった。
視界にはいつも三蔵がいて、怒られて、周りには悟浄や八戒がいた。
それでいいと思っていた。
自分が三蔵の全てを独占できるとは思ってないし、三蔵だって俺の全てを手に入れることなんか出来ない。
それ以前に三蔵が自分のことをどう思っているかなんてわからないし、考えたこともない。
別に自分が思っているだけでよかった。
見返りなんかいらなかった。
三蔵がいつも俺の視界にいる。
それだけでよかったんだ・・・あの瞬間まで・・・
『焔』
あいつに会ってから何かが軋んだ音がした、壊れるような予感がした。
今まで三蔵しかいなかった視界に強引に入ってくる。
それから苦しい、でも懐かしい夢を見た。

見る夢はいつも一緒。
自分は知らない場所に立っている。

手足には枷。
身体は誰のものかもわからない血で紅い。

辛かった、悲しかった。
身が引き千切られる様に痛くて涙が止まらない時もあった。
誰かに出会って、でもその出会った人が誰なのかわからなくて、そしていつも最後に行くのは・・・

約束の場所

コスモスの花が咲き乱れて、そこにいつも立っている人がいた。
誰かに似ている。

・・・知ってる・・・?

『・・・悟空』

その人はいつも自分の名前を呼ぶと風に攫われて消えてしまう。
どんなに追いかけても届かなくて、叫ぼうとしても名前がわからなくて、悲しくなるんだ。
声が頭の中に響いていく。

呼ぶなよ、俺が呼ぶのも呼ばれるのも三蔵だけでいい。
でも、それでどうして・・・・・・・・

お前は俺を求めるんだ、呼ばないでくれよ。
まるで自分を見ているようで悲しくなってしまうから・・・。

---Calling・・・


後死悔救


悟空が立ち去った後の砂浜で焔は立ち尽くしていた。
昔からの約束は果たされ、残されたのは悟空への想いだけになった。
しかし、それは拒まれたことによって急に歪み始める。

---好きと言う気持ちが捻り曲がって壊したくなった。

純粋で無垢だったあの幼子を自分の手で汚してみたくなった。
悟空のあの様子からいくと、きっと奴は純粋で無垢なままだ。
それを無理矢理、犯し、壊したらどんな顔をするだろう。
自分の弱みも記憶もこの想いさえ心の奥に閉じ込めて、お前を手に入れよう。
お前はきっと、俺を拒む、前の時とは違って、きっと強く。
それでも必ず、手に入れる。

心なんか、いらない。
その力と、身体さえ手に入れば。

今度は簡単に手放したりしない。
この手と同じように、手に、足に枷をつけさせてやろう。
お前が俺のことを忘れられないように。
その身体に刻印を刻んでやろう。
一生お前が俺を憎むように。

愛されずに、お前の中に俺を留めておける、唯一の方法だ・・・。

波が焔の中にあった『何か』を壊してゆく。
そして焔は今まで見ていた海にゆっくりと、再び涙を零した。
・・・表情だけはけして崩さずに。

「愛している・・・・孫 悟空・・・。」
(お前はこれからすることを決して、許しはしないだろう・・・けれど、それでも・・・俺は・・・・)

お前を欲せずにはいられない。
たとえ、拒まれようと。
お前の瞳に金蝉しか映らなくとも・・・・

せめて・・・・一瞬だけでも・・・・


---俺を映してくれ、孫 悟空・・・・

--------------------------------------------------------------------------------------

自分に向けられた想いにはあまりに純粋で真っ直ぐだったので、
それを断ってしまった時にどうしたらいいのかわからなくなった・・・。

だから逃げた。
顔も見ずに。
振り向いたりなんか出来るはずがない。
自分で傷つけた人を慰める方法なんて知らないから・・・

波の音が遠くになるにつれ、悟空の心は少しずつ落ち着いていった。
けれど、まだ、感触が唇に残っている。

焔と重ねた唇の感触が・・・

「初めて・・・だったのにな・・・・。」

小さい声で軽く呟く、けれど、それを後悔してるとは思わなかった。
唇を重ねて、焔の傷ついた心が少しでも治るなら何回だってしてもいいと思う、
でも、本当は・・・・

「三蔵・・・。」

本当は三蔵としてみたかった。
これは好きな人同士がする事だって悟浄が言ってたし、三蔵だって俺のことは嫌いじゃないと思う・・・。
頭の中で三蔵のことを思い浮かべてみる。
しかし、思い浮かぶのはハリセンを持って自分を殴っていたり、
銃で自分の服に穴を開けていたり、
怒鳴っていたり・・・・

「・・・やっぱり・・・駄目・・・だよなぁ・・・。」
「何が駄目なんだ?」

そう口に出していたことに気がつかなかった悟空は正面から聞き覚えのある声が降ってきたことに驚いて
慌てて顔をあげる、そこに立っていたのは・・・

「三蔵!?」

確かに目の前に立っているのは三蔵だった。
服装も顔も視線も何もかも。
悟空は三蔵に走り寄ると、三蔵は悟空の頭に手を乗せる。
いつもならハリセンが飛んできてもおかしくない。

「さん・・・」

何をされるんだろう、と思っていた悟空は三蔵の顔を見ようと顔を再びあげた。
その瞬間、三蔵の顔が自分の目の前にあることに気がつく。
唇が・・・触れてる・・・。

「三・・・蔵・・・。」

信じられなくて、目を見開いた。
でも、確かに三蔵の顔が自分の目の前にある。
これは・・・夢なんじゃないだろうか・・・。
そんなことを考えていたら、遠くから自分を呼んでいる声が聞こえてきた。
悟浄と八戒、それに・・・

「三蔵・・・?」

いつも聞きなれた、"バカ猿"だとか"殺すぞ"だとか、そんな声が遠くから聞こえる。
じゃぁ、この目の前にいる三蔵は・・・?

悟空が再び、三蔵に視線を合わせたとき、そこに立っていたのは三蔵ではなかった。
黒い髪、両手につけられた枷、軽く羽織られている薄着、そして・・・金の瞳・・・・

「・・・焔・・・」

その名前を悟空が呼んだ時、焔は悟空の耳元で囁いた。

『愛してる・・・』

その言葉に悟空の身体が震えた。
確かにこれは焔なのに、この焔はさっきまでの寂しげな影を持っていないような気がして・・・。
そう悟空が考えた瞬間に焔の顔が少し曇る。
その表情に悟空の心が痛んだ、自分で傷つけてしまったから・・・
そんな悟空を見ながら焔は悟空を引き寄せて、唇を再び重ねた。

「!!?」

さっきまで焔の心の傷が少しでも治るなら口付けくらい何回でもしてもいい、
そう思っていたはずなのに、悟空は焔を突き飛ばした。
そして慌てて口元を拭う。
そんな悟空を見ながら、焔は軽く笑みを零すと、悟空の両手を押さえつけ、近くの草むらに押し倒した。
着ていた衣服が剥ぎ取られ、肌に焔の指が触れる。

「や・・・だっ・・・離せ、はな・・・っ・・・」

開いた口が焔の唇によって塞がれ、悟空は声を出すことが出来ない。

初めて怖い、と思った。
冷ややかに自分を見つめている金色の瞳が。
紡がれた言葉も優しく自分の頬に触れていた指先も、ずっと自分を包んでいた眼差しと気配。

そして触れた唇・・・・

何もかもが恐怖に変わってゆく。

これは夢なんだ。

悟空はそう思いたかった。
こんな風に自分を組み敷いて自分を侵していくのはこの人じゃない・・・

だって、この人は自分を好きだと言ってくれた。
いつまでも自分を包んでくれていた。
そして自分のために・・・・

---己さえ傷つけようとした人・・・・

そんな人が自分を傷つけるわけがない。
それは確信?
少し違うけれど、こんなの俺は認めたくない・・・!!

「焔・・・」

悟空が焔の名前を呼ぶと、焔の動きが止まった。
悟空の瞳が焔の顔を映し出す。
その瞳があまりに自分と違いすぎて、焔は寂しげに悟空を見つめた。
その顔が悟空の頭に焼きつく。

誰かに似ている・・・

今までずっと知っていた『誰か』に、
でも、それを受け入れきれない『誰か』に、
そしていつまでも誰かを待ち続けた『誰か』に・・・

何故、こんなに似ている?
そんな表情で瞳で、映さないでほしいんだ・・・

・・・俺を・・・・

俺の瞳に映るのも、映すのも、三蔵だけでよかったのに。

なのに何でお前は俺の視界に無理矢理入って来るんだ?
俺が逃げられないように、拒めないように、そんな瞳と表情で俺を見つめて。
俺を手に入れようとしている。
そんなのはお前じゃない、だから俺はお前を拒む。
けれど、お前の中にいるお前が俺を求めるから、だから俺は完全にお前を拒めない・・・。

=====================================================================================

---心の中に閉じ込めた想いが酷く叫んでいる---

己がこんなにあの不浄の子を求めていようとは・・・
自分でさえ、信じられない。

自分の命の糧を得る為、力を得る為、それだけのために求めていた存在。
その存在がこんなにも自分を罪深く感じさせる。

太陽に憧れたあの幼子を闇に引きずり込もうとしていることを・・・?

欲しい物は力ずくでも手に入れなければならなかった。
それを拒んだために自分は過去で最愛の者を失った。
そして、この手が、身体がいくら血で塗れようとも耐えた。

強くなるために・・・・

自分には時間がない。
あれ(悟空)を手に入れなければ、自分への残された選択は死、のみ。

死にたくない
自分の失ったものを再び手に入れるまでは。

死んでも死にきれるものか・・・・


だから、奪おうとした。
無理矢理でも。

一度すり抜けたものを再び追いかけて

掴んだ。


抵抗というような抵抗もされず、

己の全てを受け入れさせ、

触れられた手を優しく口付け、

自分の汚れきった、けれど純粋な欲望を刻み込んだ。

その小さな身体の中に。


果たされた約束、手に入れた身体。
全ては己が望んだものだったはずだ。
けれど、何故心に空洞が開いたような気分になる?

心なんかいらない、と思った筈だ。

自分に嘘をついても。


焔は気を失って倒れている悟空の前髪を軽く掻き揚げると、自分の唇を悟空の唇に重ねた。
・・・触れた唇から血の味がする。
焔は唇を離すと、悟空の手首に自分の手を当てた。

「誓約だ、悟空。お前は一生俺のそばにいろ。」

そう言って、悟空を起き上げた瞬間に悟空の首が前に垂れる。
"YES"の証拠
すると、焔が触れていた悟空の手首に枷が付けられた。

「いい子だ・・・孫 悟空・・・。」

焔はそのまま、悟空を抱きかかえると、自分の城のある方角へ姿を消した。


それからしばらくたって、そこに三蔵たちがやってきたが、そこに残ったものは何もなく、
苛立った三蔵が今日で二箱目のタバコに火をつける。
風が煙をさらって行き、そこに三蔵は悟空の声を聞いたような気がした・・・。

-------------------------------------------------------------------------

---自分が『みんな』と違ったものだとは何となく知っていた・・・

三蔵に拾われてからも、自分は人に影で何かを言われていた。
その声が時々、夜でも頭の中で響くから怖かった。
その時、三蔵はずっと俺の手を握っていてくれてその声はいつのまにか聞こえなくなってる・・・

三蔵は俺の声が"聞こえた"って言ってた。
だったら、今ここで俺が三蔵を"呼んだ"ら、三蔵には"聞こえる"?


---ここはとても、苦しくて、寂しくて、狂ってしまいそうだから・・・・・


「目が覚めたか?」

その声に悟空はゆっくりと顔を上げる。
そこに立っているのは怪しい笑みを浮かべた焔だった。
その瞳が怖くて、悟空は視線を焔から反らす。
けれど、反らしたとしてもすぐに焔に顔を掴まれ、無理矢理視線を合わせさせられる・・・。

「昨日のだけじゃ足りなかったか?言ってみろ、・・・これは命令だ。」

冷たい瞳が悟空の瞳に映る。
本当にこの人があの焔なのだろうか?
いまだに、この目の前にいる奴が焔であると、悟空は認められずにいた。
毎日のようにこの身体を凌辱されても、冷たい言葉と視線で自分を侵されても、

・・・まだ、焔を信じてる。


「聞こえなかったのか?言え、言ってみろっ!!」

焔が悟空を繋いでいる枷と、髪を掴み、悟空を自分のほうへ引き寄せる。
痛みとは違う涙が悟空の頬へ伝い、そんな悟空を焔は無表情で見ていた。
そして、焔は自分の羽織っていた薄着を脱ぐと、それを床に投げつけ、悟空の髪を再び掴むと、思い切り引っ張った。

「痛っ・・・や・・・焔・・・っ・・・!!」
「黙っていろ。」

掴んでいた髪をゆっくり離すと、そのままその手を悟空の頬に焔は滑られた。
そして、自分の唇を悟空の唇に重ね、悟空の舌を絡ませると、それを口の外に出させて、更に絡ませた。

「ふっ・・・んっ・・・」

舌を絡ませたまま、焔は空いた手で悟空の衣服の中に差し込んだ。
そして、指先で悟空の乳首に触れ、それを指で擦り合わせる。
力の抜けた悟空の身体が床にずれ落ちていく、焔はそのまま悟空を押し倒し、
頬に触れていた手を離して、背中から滑らせ、ズボンの中に入れた。
それに気がついて、悟空の身体が震え、枷のつけられた手で焔の身体を引き離そうとする。
けれど、焔はそれを無視して、悟空の自身を包み込む。

「ひっ・・・!いや・・・いやぁっっ・・・・焔っっ!!」
「黙れ!!お前はおとなしく俺のされる通りにされていればいいんだ!!」

焔のその声が悟空の抵抗をピタリ、と止まらせた。
そして、それを見た焔は再び、行為を再開させる。

・・・こんな日々はいつまで続くのだろう。

ここは日の光も入ってこない。
時の流れすら感じない。
毎日毎日、目が覚めれば、いつもと同じことばかり繰り返しやられて、
このままじゃ、頭がどうにかなってしまう。

繰り返しやられた行為には何も感じなくて、悪寒と恐怖だけが身体に残される。
やっぱり、嘘だったのかな?

優しく見つめられた眼差しも、
触れた手も、
重ねられた温かい唇も、

心に秘めていた弱さも・・・・

「お前は俺のものだ、何処にも行くな・・・・。」

決まって最後には焔はそう言う。

優しい声で。
・・・だから信じてしまう。

お願いだから、優しくなんかしないでくれよ。

その声で、
眼差しで、
触れた指先で・・・

弱いのに強い振りをして、それを隠した表情で俺を見るな。

でないと・・・・

お前をいつまでたっても嫌いになれないから・・・・・。

===============================================================================

「あいつは俺のものだ、だからお前の元には返さない。」

そう言って、焔は三蔵の前から姿を消した。

・・・残された三蔵は黙ってその場に立ち尽くす。
一体、何が起こったというのか。
悟空は焔のところにいる、
しかもあの焔の態度から考えると、悟空は・・・・

そこまで考えて、三蔵は急に腹が立った。

あれ(悟空)が自分以外の奴のところにいる。
しかも、自分以外の男に玩具のように扱われて。

それを考えるだけで三蔵は握り締めていた手に更に力が篭った。
血がそこから流れ出ても痛みは感じない。

あるのは、奴に対する怒りだけだった。

自分のものを勝手に取られた、という子供のような感情。

そうやって考えるだけでも腹が立つというのに、相手があの、
悟空が前に寝言で言っていた、しかも目の前で連れ去った焔だということが更に三蔵の血を頭に上らせた。

「ちっ・・・。」

自分のやり場のない怒りに三蔵は銃で手当たり次第に木を撃った。
木の倒れる音があたりに響き、それでも、三蔵の怒りは収まることはない。
何であれ(悟空)が手元から無くなったくらいでこんなにも腹が立つのか、三蔵はまだ理解せずに出来ずにいた。
ただ、いつからか、悟空が自分以外の奴と絡んでいると少し気分が害されるのは覚えている。

悟浄と喧嘩をしながら絡んでいる時、
八戒と買出しや食事のことで絡んでいる時、
自分以外のものを瞳に映す瞬間、

何でこんなに腹が立つ?
あいつ(悟空)が目の届かない場所にいると言うだけで・・・・

三蔵を風が攫っていく。
さらさらと揺れた髪を通り過ぎて耳に声が入ってきた。

---三蔵・・・・


「悟空?」

口に出してみて、三蔵は少しだけ理解する。
悟空だけじゃない、自分も悟空を必要としている、
だからその想いが苛立ちに姿を変え、自分を苛つかせている。
悟空の声は自分だけに聞こえる、本当に自分を必要とした時にだけ。
そして、今悟空は苦しんでいる。
だから自分を呼んでいる。

・・・・呼び続けてる・・・・

そこまで考えて三蔵は宿へと戻っていった。

早くあの自分を呼び続けてるバカ猿を回収しないと、ろくに眠ることも出来ないだろ。

そう考えをこじつけて。

三蔵は宿に戻ると、すぐに八戒と悟浄を連れてジープに乗り込んだ。
風にさらさら揺れた髪の間をすり抜けて、また声が聞こえてくる。

「すぐに行ってやるよ、このバカが。だから少し・・・黙ってろ・・・。」

そう三蔵が小さく呟くと、その声は消えた。
それがいい意味なのか、悪い意味なのか知らないけれど、三蔵は久しぶりに穏やかな気持ちで
目を閉じた・・・。

-------------------------------------------------------------------------------------

この身体が壊れるまで、この精神が壊れるまで、お前は俺を手放すことはしないだろう?
ねぇ、お前は本当に俺のことが好きなのか?
それすらも嘘だったんじゃないかって思い始めてる。

「辛いか?まぁ、あれだけ酷いことをされていれば辛くもなるか・・・。」

クスクス、と焔の笑い声が響く。
頭がふらふらする。

これは本当に現実?
夢なんじゃないのか?
きっと起きたらいつも通りじゃないのか?
八戒が起こしに来て、悟浄にからかわれて、

・・・三蔵が俺を殴るんだ。
"このバカ猿"って言いながら・・・・

けれど、そんな考えも一瞬で現実に引き戻される。
焔が悟空の髪を掴んで、自分のほうへいつもと同じように引き寄せる。
もう、悟空には抵抗する気もおきない。
無駄だと言うことを解り切っているから。

「・・・くぅ・・・んっ・・・。」

悟空が苦しげに声をあげる、そんな悟空を見ながら、焔はゆっくりと首筋に唇を落とした。

---いつもの狂宴が始まる。


「あっ・・・やだっ、ああっ・・・。」

鎖の擦れる音がする。
水、いや体液の垂れる音が部屋に響いてゆく。
いつも通りに進められていく行為、そこには"愛情"なんて言葉は存在しない。
あるのは恐怖と、そして快楽のみ。
それにももう、慣れ始めている。

壊れ始めている自分がいる。

それが怖い。
助けて、怖い。

---助けて、三蔵・・・


「悟空・・・お前は綺麗な眼をしているな・・・。」

焔が不意に悟空の頬に触れた。
それに悟空の身体が軽く震える。
焔の手が悟空の眼を小さく開かせ、微かに悟空の身体が震えていることに気づく。
それを無視して、焔は少し笑みを浮かべると、

「俺の瞳とは大違いだな。」

そして次の瞬間、焔が悟空の耳元で囁いた。

「        。」

その言葉に悟空の眼が大きく見開かれた。
金色の眼に焔の顔が、金の瞳が映し出される。
小さい声で言ったはずの声が悟空には大きな声で聞こえた。
その声は確かにこう言ったのだ。

『オ前ノ眼ヲクレ。』


焔が悟空の顔を掴んで瞳に手をかけた。
それに気がついて悟空は必死になって抵抗する。
けれど、それを無視して焔は悟空の眼を少しずつ顔から取り出していく。

「あ゛あ゛あ゛あ゛ああぁぁっっー---!!!!」

部屋の中に悟空の絶叫が響く、いや響くことさえないほど、その声は大きかった。
激しい痛みが悟空を襲い、悟空は気を失いそうになる、けれど、焔はそれを許そうとはしない。

ザシュッ

焔の指が血に染まって、その手の中には金に光った悟空の瞳があった。
その瞳にこびり付いていた血を焔は舌で舐め取ると、満足そうに微笑んだ。

「綺麗だな、俺はずっと、この瞳が欲しかった。汚れのない、真っ直ぐ前を見据える瞳・・・・。」

気を失いかけている悟空の髪を掴んで焔はその瞳を悟空の残された片目に見せ付けた。
血と焔の唾液が混じって濡れている瞳を、悟空はうつろな瞳で見つめた。

金色・・・大好きなあの人と同じ色・・・

太陽の色をしてる・・・。


「何を考えている・・・?」

焔の声に悟空の身体が少し動く。
唇が声にならない言葉を紡ぐ。

『・・・サンゾウ・・・』

何を考えているかすぐに察しのついた焔は悟空の唇に自分の唇を重ねた。
ゆっくり、優しく。
でも、その瞳には自分は映ってはいない。

「お前は俺を許しはしないだろう・・・悟空・・・。」

微かに離れた唇から焔が言葉を紡ぎ出す。
ぐったりとして意識を手放していた悟空に気がついて、焔は手の中にある悟空の瞳に目を向けた。

『これでいい』

「これでお前の中に俺を留めておける。俺の望みはそれだけだ。」

焔はそう言うと、悟空の身体をゆっくりと横にさせ、自分の着ていた薄着を上から掛けた。
そして、部屋の隅にある椅子に腰掛けると、そこで悟空の様子を見つめた。

---三蔵・・・ねぇ、"聞こえ"る?
    俺、このままじゃ、壊れる。誰も俺の中を侵せないように、自分すらも捨ててしまう。
    三蔵、助けてよ、俺を。
    信じていた人も壊れてしまって俺を傷つける、それが悲しくて、自分が壊れるしかないと思った。
    それを救ってくれるのは三蔵だけだから・・・だから三蔵・・・・

    その光で俺を照らして。

    そして、またここから俺を連れて行って。
    
    太陽よりも眩しい世界を・・・見せてよ・・・。

    ・・・・俺の太陽・・・・

=================================================================================== 

---欲しかったのは、心。

でも、それは一生手に入るものではないとわかっていた、だから壊したかった。
その想い人である悟空も、自分自身も・・・

どうしたら、この気持ちは報われる?
行き場のないこの想いは何処に行けばいい・・・?

いっそ本当に狂えてしまえたら・・・
このやり場のない軋んだ想いも、寿命がきているこの身体も捨ててしまえたのに。

心に押さえ込んだ想いが叫んでいる。

『オ前ガ欲シイ』

お前が欲しい。

長い長い時の中でやっと見つけた自分が本気になれたモノ。
他人になど渡したくない。

渡したくない・・・

お前は俺だ、だからお前は俺のものだ。
そして、俺もお前のものだ。

俺はあいつ(三蔵)と違ってお前を裏切らない。
お前の望む全てを与えてやる。

力も記憶も・・・俺自身だってくれてやる。

だから俺の元から去るな。
行くな。
金蝉など・・・三蔵なんてその瞳に映さないでくれ。

その瞳に映るのは俺だけでいい、俺だけでいいんだ・・・。


『金蝉〜!!』

今も昔もお前は俺を見ない。
太陽の光に遮断されて。
瞳に映っても映っていない。

残されたのは孤独と絶望と狂気。

約束の場所のコスモスの花は、もうじき枯れ始めるだろう。
そして、俺の身体も・・・


「っ・・・!!うぐっ・・・がぁぁ・・・や・・・いやだっ・・・!!!」

ギシギシッ

身体が軋み始める。
しかし焔はそこでいつもの自分が口に出さない言葉を口に出したことに気がついた。

『嫌だ』?

心の中で何かが駆け抜けていくのを感じる。
今までそんな言葉を使った覚えはない。
鈴麗を失ったときもただ見ていただけだった。
止めることも出来ず、抗議の声を出すこともなく。

それを鈴麗は受け止めていた。

だからわからなかった。

自分がどれだけ鈴麗を思い、そして鈴麗も思っていてくれたか・・・

そして失ってから初めて気がつく。
失ってからではもう遅いのに。

だから次に出会うお前だけは・・・欲しかった。

命の糧としてではなく、力のためだけでもない。

ただ・・・お前と言う存在だけが。

『愛している』

口だけでは足りないくらいに。
でも、その思いは届くはずはなく。

奪い取ればいいと思った。
それしか方法がわからない。

少なくとも近くに置いていればいつかは俺を見てくれるんじゃないと、甘い幻想を見ていた。

けれど、どんなに近くにいてもどんなに時が過ぎようと、お前は俺を見ない。
わかりきっていたことでも試してみたくて。

その瞳が俺だけを映し出していてくれたなら自分もいつかは黒ではなく白になれると思った・・・。


「この瞳を・・・お前に返さないとな。」

そう言って焔は気絶した悟空を抱き起こした。
悟空の眼が焔の手のひらに転がされる。
けれど、焔はこの瞳を見つめながら思った。

返したくない
この真っ直ぐな瞳が欲しい。

そこまで考えて、焔は自分の金の眼に手を掛けた。

ザシュッ・・・・

焔は自分の金の眼を外すと、それを悟空の顔の目の位置にはめ込んだ。
そして、静かに悟空の額に唇を下ろす。

「これでお前は、俺といつまでも共にある・・・。」

目の位置に手のひらを当て、自分の"気"を悟空に送り込む。
すると、悟空の眼はすっかり元通りとなった。
そして、焔も自分の目の位置に悟空の眼をはめ込んだ。

「悟空・・・愛している・・・。」
「悪趣味だな。」

静かに囁いた瞬間に焔の後頭部に銃が突きつけられた。
後ろから降ってくる、酷く憎い者の声。
今なら、殺してしまうのは赤子の手を捻るのと同じように簡単なことだろう。
けれど・・・

「金蝉。」
「金蝉じゃねぇって言ってるだろ。」

静かに焔が口を開く。しかし、即座に三蔵はそれを否定した。
しかし、焔は軽い笑みを浮かべて言った。

「同じことだ、俺にとっては・・・な。お前たちがいるから悟空は俺を見ない。」

焔は内から湧き出てくる感情を必死で抑え、声を紡ぎだす。

「八つ当たりすんな。」

しかし、三蔵はマイペースにそう言うと、銃の引き金を引いた。
躊躇いもなく。

けれど、その銃の弾は焔に当たることはなかった。
それどころか銃の玉すら出てこない。

「甘いな、そんなことで俺が殺せるとでも思っていたのか?」
「ふん、元々、こんなんでお前が殺せるなんて思っちゃいねぇよ。」

三蔵はそう言うと、静かにけれど強く言った。

「猿を返してもらおうか。」

それを聞いた焔は少し目を見開き、けれどすぐにいつもの顔に戻ると、三蔵のほうを見ずに呟くように言った。

「・・・安心しろ。こいつが俺の元を離れれば、近いうちに俺は死ぬ。」

その言葉に三蔵は目を見開いた。
もちろん、焔の腕の中にいる気絶している振りをしていた悟空も。

「どういうことだ。」

静かに黙っていた三蔵が口を開く。
それを聞いた焔は目を閉じると、少しずつ話し出した。

「元々、俺には寿命がきていた。
天界と地上の間に生まれた不浄の者だからな。
神に近い存在にはなれても神の様に永遠に生き続けることは出来なかった。
けれど、俺には目的がある、それに達するまでは死ぬに死にきれない。
そこで俺はこいつ(悟空)を俺の命の糧にしようと考えた。
・・・だから欲しかった。」

焔の言葉に三蔵は見下ろして皮肉のように言う。

「猿を殺すつもりだったのか。」

けれど、焔はそんな三蔵に対してさっきとは調子を変えずに言った。

「殺すつもりなどない、ただ俺の傍にいてくれればよかったんだよ。
それに・・・こいつとは約束してたんだ。簡単に殺したりなんかしない。」

「・・・約束?」

「ああ。お前がこいつを連れ出す、ずっとずっと前からな。」

そう言って、焔が悟空の頬を撫でた。
その指先がほんのり冷たくて、悟空は不本意にも気持ちいい〜、と考えてしまい、
その考えを頭の中だけで否定した。

「ずっと、待って。探し続けていた。こいつを連れ出すのは俺でありたかったからな。」
「!!」

悟空の瞳が見開かれた。

焔は知っていた・・・自分があそこにいたことを。
だったらなぜ・・・

「何故、連れ出さなかった。」

悟空が思っていたことを口に出す前に三蔵がその続きを紡いだ。
焔は悟空の身体をゆっくりと、床におろすと、立ち上がって、三蔵のほうを向いた。

「・・・声が・・・。」

聞こえるかすらもわからないような小さな声で焔は唇を開いた。
その焔を三蔵は強く見つめる。

「声が聞こえなかった・・・。」

ビクン、と悟空の身体が震えた。
焔の瞳から血と涙が交じり合った液体が流れ出す。
三蔵はそんな焔に近づくと、そっと、その焔の瞳に口付けた。
そして、その瞳から流れ出す液体を舌で舐め取る。
少し唇を離すと、三蔵は静かに言った。

「ガキだな・・・。」

その三蔵の言葉に焔は何も言わなかった。

もう、言う力もない。
自分の身体がこうしている今でも軋んでいるのがわかる。
俺は・・・死ぬのか・・・

・・・孫 悟空・・・・

---もしお前を連れ出していたのが俺であったなら、お前は俺の元にいる、と言ってくれたのだろうか・・・・





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