【15】 真
織田信秀危篤! その報が信長に伝えられたのは、遠乗りに出ている最中だった。 伝えに来た使者に、最初のうちこそ冗談だと受け付けなかった信長は、何度も必死に繰り返される 言葉に、不機嫌な表情で馬首を返した。 供についてきていた日吉もそれを追ったのだが、信長は容赦なく走らせているらしく追いつけない。 どんどん離され、ついに日吉の視界から信長の姿が消えた。 「・・・っ!!」 日吉は足がもつれてすっ転ぶ。 「・・・っいった〜・・・くそっ・・・」 それでもすぐに立ち上がり、日吉は走り続けた。 ようやく城の門をくぐり、日吉は厩舎をのぞく。 信長の馬は無かった・・・・先に清洲城へ行ってしまったのだ。 (・・・どうしよう・・・・) 待っているべきか、自分も向かうべきか。 信長と一緒ならばともかく、信秀が危篤という中で日吉一人が出向いたところで門前ばらいを くらうのがおちだ。 (・・でも、傍に居るって、決めたんだから・・・) 行かなければならない。 再び、日吉は走り出した。 「はぁ・・っはぁ・・・っ」 さすがにひたすら走り続けて、日吉も目が霞んでくる。 遠乗りの時には、まだ東の方角にあった太陽が中天を超え、西に傾きはじめていた。 息もたえだえに走ってきた日吉を、立っていた門番が不審そうな顔で眺める。 「あ、あの・・っ」 じろり、と見下される。 「あの・・信長様は、こちらに、来られませんでしたか・・?」 「何だ、お前は」 「あ、あの・・・信長様の、傍に仕えている者なんですが・・・」 門番たちは顔を見合わせ、首を傾げる。 そして日吉を上から下まで眺め・・・・・棍を組み合わせ侵入を拒んだ。 「え!?」 「若殿付きにしては、格好がみすぼらしすぎる」 「入れるわけにはいかん!」 「みすぼらしくて悪かったな!・・・・て入れて下さいっ!本当にオレ、信長様にお仕えしてるんです!」 「いかんっ!帰れ帰れ!」 「そこを何とかっ!!」 日吉は門番にすがるが、打つ払われて地面に転がる。 「・・・・っ」 こうなったら信長が出てくるのを待つしかない。 決心した日吉が門を離れようとしたとき、景気のいい蹄の音が聞こえてきた。 何事か、と門番と日吉が中に目をやると、凄まじい勢いで馬が駆けてくる。 「!!」 その背に乗っていたのは信長だった。 「信長様っ!!」 日吉の声は届いたのか届かなかったのか、信長の馬は立ち止まることなく砂塵をあげて駆けていく。 日吉は迷うことなくその後を追った。 (うぅ・・・今日は走ってばっかりだ・・・・) 「信長さまーーーっ!!!!」 馬の姿はどんどん小さくなっていく。 天使としての仕事というだけでは無い必死さで日吉はそれを追いかける。 城下の田畑を突っ切り、丘を一つ二つ・・三つぐらい越え、もうこれ以上はさすがに限界だと 膝をつきそうになったとき、ようやく目の前の馬の動きが止まった。 「・・・・っ」 信長様っと名を呼ぼうとするが、息が切れて声にならない。 ひゅーひゅーと鳴る喉をどうにか落ち着かせながら、ふらふらになった足で日吉は信長に近づいた。 「・・・・親父が死んだ」 静かな声だった。 信長は背を向けていて、日吉にはその表情はわからない。 「・・・・信長、様・・・」 「この世界のどこにも・・・もう存在しない」 淡々とした声だった。涙に震えせず、掠れもしない。 「・・・・・・・・。・・・・・・・・」 (ああ・・・信長様は・・・) 「・・・信秀様の・・・お父上のことが」 日吉は信長の背に手が届くまでに近寄った。 「・・・大好きだったんですね」 日吉は抱きしめられていた。 ぎゅっと、まるで押し潰すほどに強く・・・信長に抱きしめられていた。 「・・・・・・っ」 日吉から信長の顔は見えない。 ・・・・見えなくていい。見て欲しくも無いだろう。 息もつけないほどに苦しかったけれど、日吉は黙って抱きしめられていた。 それで、少しでも信長の悲しみが癒されるならば。 義務なんかじゃない。 仕事だからでも無い。 日吉は心から、信長の心を守りたいと思った。 |
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