(十二夜)





夢と現と

「夢」と「現」と

すべては「この世」の中に


「この身」の中に























 日吉の居る見世(店)はこの遊郭の中でも最上級に位置し、訪れる客も立派であれば
 当然そこに居る遊女たちの器量も知識も並の姫ごときでは太刀打ちできないほどの
 者たちが選ばれていた。
 当然、そんな者たちが遊女に身を落とすことは滅多に無く、皆その背景には曰く因縁を
 持ち、見世に対する借金も莫大なものであった。

 ゆえに・・『死ぬまで遊女』
 それがこの見世の暗黙の了解だった。




 だが、そんな中でも一人だけ。日吉だけはその暗黙の了解には当てはまらなかった。
 何しろ遊女になったのはつい最近。
 それまでは下女同然に働かされていた身。
 そんな日吉が莫大な借金など背負っているわけがない。

 ・・・・・・・が、女将は商売人だった。
 日吉の借金を改竄することなど朝飯前。何の罪悪感も抱かずにただ利を追い求めて
 帳面に記されて日吉の借金に水増しを加える。
 
 『せっかくの金づるを逃す手はない』
 女将の心情はそれに尽きた。


















「・・ババァ、いい加減にしろよ」
 火鉢を間に挟み、信長と女将は向かいあっていた。
 女将の手には帳面、信長の顔には果てしない怒り。
「いい加減にしろと仰いましてもねぇ・・・ここにきちーんと書かれておりますから・・」
 帳面に書かれて日吉の名の下には目の飛び出るような金額が書かれている。
「嘘をつけ。あいつの借金がそんなに多いわけが無いだろうが!」
 たかが農家の子供。
 いくら親の借金のかたに・・と言えど上限というものがある。

「そんな紛いものの帳面なんか信じられるか」
「これが紛いものであると、どうして仰ることができます?」
「・・・・・」
 のらりくらりとかわす女将に信長の理性の限界が近づく。
 横に置いていた脇差を手が掴む。


「殿っ!」
 それを共についてきた犬千代が押し留める。
 いくら大名といえど、罪も無い(とは言えないが)一般領民を殺すことは後々に災いとなる。
「ちっ」
 舌打ちした信長は刀から手を離した。
 こんな強欲なクソババァの一人や二人殺そうと信長には痛くも痒くもないが確かに
 証拠となるものが無いのは些かマズイ。

 
 スッパが・・・・仕事がとれーんだよ!


 内心で人の食えない笑みを罵りながら信長はいらいらを押さえきれず、どんどんと顔が
 凶悪さを増していく。
 この顔を前にして折れない女将はある意味で最強なのかもしれない。
 犬千代はそう思わずにはいられなかった。


 そして、もう我慢ならん!と信長が立ち上がろうとした時。
 ひらひらと目の前に白い紙が舞い落ちた。

「遅くなってごめんな〜」
 そんな軽い声とともに。

 その声のしたほう・・・・・・つまり天井を一同は一斉に見上げた。

「スッパ!とれーんだよっ!」
「わ・・若旦那!?」
「・・・・・・」
 逆さまに姿を現した五右衛門は身軽にそこから一同のもとへと着地すると、腰に手を当て
 にやりと笑った。
 黒装束の忍姿。しかし、やけに派手に見えるのは五右衛門だからこそだろう。

「それ、お望みのものな」
 ひらひらと落とした紙を五右衛門は指差す。
 信長は無言でそれを手にとると、目を走らせた。
「・・・確かに」
「んじゃ、首尾よく成功してくれよな」
 俺のためにも。
 と五右衛門は残してあっという間に姿を消した。


「女将」
 信長が静かに呼び、紙面を目の前にさらした。
「コレは何だかわかるよな?」
「・・・・・・・・・・・・」
 無言の女将だが、顔を見れば理解していることがわかる。
 それは女将が隠滅したはずの水増しする前の日吉の借金の明細を書き記したものだった。
 燃やすべきだったと後悔しても遅い。

「この額でいいな?」
 否やと言えば今度こそためらいもなく手討ちにされるだろう。
 女将に頷く以外なかった。















「信長さま」
 にこにこといつもの部屋で日吉が出迎える。
 少しばかり頬を染めているのは・・・・照れているせいか。

「日吉」
「はい・・・・・えっ!?」
 呼ばれて素直に返事をかえした日吉だが・・・・・・信長は常に日吉を『サル』と呼んでいた。
「さっさと支度しろ。行くぞ」
「え?は?い、行くって・・・どこに???」
「決まってんだろうが。・・・・・俺の城だ」





「・・・・・・・・・・・は、はいぃぃぃぃ!??」
 日吉は目をまん丸にして叫んだ。



























「・・・・・・・・・・・・」
 ワケがわからないまま信長の住む城に連れて来られた日吉は呆然と通された部屋で
 立ったまま、信長を見上げた。
 その部屋は、おそらく信長の私室なのだろう。
 膨大な書物が並び、丸い置物(あとで地球儀なるものと知る)や日吉の見たことのない
 色々なものが無造作に置かれていた。


「サル・・・・いや、お前は今日から『木下籐吉朗』だ」
「は・・・・・?」
 日吉の頭にはひっきりなしに疑問符が浮かび続ける。
 いったい何故?何が?どうした?
 そんなふうに。

「・・・覚えているか?」
「・・・・?」
「お前は昔、俺に言ったことがあったな。『侍なんて嫌いだ。みんな馬鹿で乱暴者で、自分たち
 以外同じ人間なんて思ってもいない。俺だったら・・・・・・そんな侍になんてならない』」
「・・・・・よく覚えてますね」
 自分ですら言われるまで忘れていた。
 いや、それどころでは無かったからかもしれない。
 夢を追うことも現を追うことも出来ない身だったから。

「今でもその気持ちに変わりは無いか?」
「・・・・・はい」
 確かに自分は今でもそう思っていた。
 信長様や・・・・日吉の客として来てくれた人々はその侍という名に恥じぬ行いをする
 人たちだったが・・・・それが少数であることはよくわかっている。
 だてに何年も廓に居たわけでは無い。
 慣れはしなくても知っていた。


「『籐吉朗』となって侍になれ。日吉」
「・・・・・・・本気、ですか・・・?」
 日吉の声が擦れる。
 問うまでもなく信長の目を見れば本気だとわかるのに、それでも問わずにはいられなかった。
 だって自分は・・・・・日吉は『違う』から。
 男にも女にもなれない不完全な自分だから。
 信長は奇跡の体だと言ってくれたけれど・・・それでも自分は成人した男と同じほどに力は
 無いし、女のように優しくもなれない。
 

「お前は『馬鹿』じゃ無いんだろう?」
「・・・・・信長さまっ」
「お前にはお前なりの仕え方がある」
「・・・・・・・・」
 力ばかりが役に立つわけではない。優しさだけでは武士にはなれない。
 それを信長はよくわかっている。

 
「それとも廓で遊女として生きていきたいか?」
「いいえ!」
 即答できた。
 自分は遊女にはなれない・・・・・なりきれない。
 あの世界はどこまでも夢で作りあげられ、決して現実とは交わらない。


「だったらいいな」
「・・・はい」
「お前は今日から俺の草履取りだ」
「はい!」
 全ての不安が消えたわけではないけれど、日吉は笑顔とともに返事をかえした。
 自分を廓から解放してくれた信長に誠心誠意仕える、そう日吉は決意したのだ。




 いつか。
 ・・・・・・・いつか。





「殿の・・・織田信長の天下が見たいんですっ!」
 そして自分はその傍に立っていたい。





「・・・いい度胸だ、サル。こき使ってやるから覚悟しろよ!」
 信長はにやり、と笑うと思いっきり日吉を抱きしめた。

 


























夢と現と・・・

夢は現に  現は夢に

なりにけり




















<十一夜>


******************************
※あとがき※

終りましたーっ!!(T×T)
いつものことながら長編を終わらせるのは感慨深いものがございます。

「夢は現に・・・」とあるようにパロディですがMr,ジパングに
繋がるように終わろうというのは書き始めた当初から決めていました。
これから日吉は木下籐吉朗として生きていくわけでございます♪

多くの方に励まされ感想をいただき、本当に楽しんで書かせていただきました。
ありがとうございました!!!(拝み伏し!)
もうちょい・・番外編を書く予定ですが
よろしければそちらのほうもお付き合い下さいませ♪


ご拝読、ありがとうございましたm(__)m


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