運命の輪 0、Killer −3 「お帰りなさいませ、父上!」 丁度、従者に馬を預けるところだったテオの前に立ち止まり、ダナは見上げた。 「ああ、ただいま。お前も出かけていたのか?」 ダナにそう問いかけながら、テオの鋭い視線は背後のエンジュに投げかけられる。射るような眼差しに殺気は 篭っていなかったが、その威圧に耐えられる者は僅かだろう。そして、その僅かな者がエンジュだった。 軽い笑顔を浮かべて、ぺこりと頭を下げる。 「はい、エンに街を案内していました。紹介しますね、父上」 エンジュの元まで戻ってきたダナが、エンジュの腕をとりテオの前まで引っ張ってくる。 「旅の方でエンジュと言われます、エン、わたしの父上です」 「どうも初めまして、エンジュです。主人の留守中に勝手にあがりこんですいません。行き倒れていたところを ダナに助けられまして、色々それはもうお世話になりました」 頭をかきながら苦笑するエンジュに、テオの視線がほんの少しだけ柔らかくなった。 「テオといいます。どうぞお気になさらず、私の留守中はこれが主です。まだ幼い者ですが、私はこの子の人を 見る目を信じております。ごゆるりと逗留なさるがよろしいでしょう」 暗に、お前を信用している子供を裏切るな・・とテオは伝えてきた。 それを違うことなく受け止めたエンジュは、苦笑を深くして礼を述べたのだった。 テオの帰宅とともに、俄かに屋敷全体も活気付いたようで明るい雰囲気が包んでいる。 テオが帰る前には、エンジュはダナを含めた四人の人間にしか会っておらず、この広い屋敷にしては、あまりに 人が少ないと思っていたのだ。これが普通なのだろう。しかし、プライベートルームに揃うのはやはり今までの顔 ぶれと、テオだけだった。従者たちはまた別棟になるらしい。 給仕や料理もほとんどがグレミオ一人でやってしまい、クレオがたまに手伝う程度。簡単なことならば、他人の 手を煩わせる前に、テオもダナも自分で行動する。貴族らしくないといえば、貴族らしくない。容姿を抜きにすれば ダナの感覚はいたって庶民に近い。 「エンジュ殿は、北のほうのお生まれか?」 夕食時に、テオに尋ねられてエンジュの鼓動が僅かに跳ねた。 「ええ、まぁ・・・グラスランドの田舎です。草原と青い空と・・・それ以外は何も無いところですね」 テオはエンジュの僅かな発音の違いで推測したのだろう。さすがに油断がならない相手だ。 「グラスランド・・・・たしか、色々な部族が暮らしているところだよね?」 「よく知ってんな。・・・色々な奴がいるぜ。それだけ喧嘩も多いし、ごちゃごちゃしてるけどな」 それでも故郷のことを楽しそうに話すエンジュに、ダナも楽しそうに頷いている。 「父上、エンは父上より年上なんですよ」 「ほぅ」 テオが形ばかりでなく驚いた様子で、エンジュをしげしげと見つめてくる。 「いや・・まぁ、うちの血筋らしくて・・・男にとっちゃあまりいいことでもないですけどね」 「そうかな。エン、男前だからモテていいんじゃない?」 「ぐっ」 吹き出しそうになったシチューを慌てて呑みこみ、エンジュは咽る。 「え、エンジュさんっ大丈夫ですかっ!?」 グレミオに差し出された水を一気に呷ったエンジュは、ぷはーっと息を吐き出した。 「モテて、てお前・・・」 6歳の子供のセリフとは思えない。 動揺するエンジュをよそに、マクドール家の面々は和やかに笑っている。 ・・・・・・・・・・・・・・・不思議な家庭だ。 テオさえ、何故か微笑ましげだったりする・・・・・・・何故に。 「エンジュさん、この子は人見知りの激しい子だが、あなたのことを気に入っているらしい。この街に滞在される 間はご都合がつかれるなら、相手をしてやって下さい」 テオ将軍といえば、赤月帝国内だけでなく周辺諸国まで名が通っている名将だ。そんな相手から頭を下げられ エンジュは慌てた。想像していた以上に穏やかな人物である。 「いえ、こちらこそ。右も左もわからないもんで、こっちから頭下げてお願いしたいくらいですよ」 「どのくらい、エンはグレッグミンスターに居るの?」 「いやぁ、来たばっかで決めてないんだけどな・・・ちょっとこのあたりでモンスター退治でもして路銀稼がないと いけないしなぁ・・・」 そのセリフにダナの、顔が輝いた。 見惚れるばかりに愛らしいが、この顔に騙されてはいけない。 「僕も手伝うよ!」 「え!?いや、それはちょっと・・・」 この年にしては腕に覚えがあるといってもやはり子供だ。 モンスター退治に借り出すわけにはいかない。 「父上、いいですよね?」 「まぁ、あまり危ない真似はするなよ」 いや、モンスター退治って時点でかなりもうすでに危ないんですけど・・・・? エンジュは主張したい。 「坊ちゃんが行かれるなら、私もお供しますっ!」 グレミオがフライパンを高く掲げた。 まさか・・・・それが武器だとか言いやしないだろうかと、エンジュは不安になった。 「エン、モンスターの穴場を教えてあげるね」 いや、穴場って・・・お前・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「食べられそうな果物やハーブがあったらとってきましょうかねv」 ピクニックかよ・・・・・。 「そうと決まったら、今日は早く寝ないと」 「そうですね、坊ちゃん!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 (オレに拒否権はないのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?) どんどん話を進めていく主従に、置いてきぼりをくったエンジュは呆然として固まっている。 その肩を、叩く者があった。 「・・・あの二人が走り出すと誰にも止められないんだ。すまないがよろしく頼む」 「クレオさん・・・・・・・・・・・・・・・・・」 痛ましいまでの同情の視線に、エンジュはがっくりと首を折った。 |
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だんだん坊ちゃんの調子があがってきました!(笑)