「ダナさんは炎の英雄を知っているんですか?」

 初めて出会った頃は生意気ざかりの少年だったフッチも今はもういい大人で、成長したブライトと共に立派な
竜騎士である。そんなフッチが敬語で話しかけるのは、随分と綺麗なというのも足りないほどに美少年だった。
「うん、知ってる。・・・昔のことだけどね」
 少年は思い出すように穏やかに微笑んだ。
















 の輪
                      炎の英雄編

  0、Killer 1

















「腹・・・へった・・・・」

 男はそれだけ言うとダナの目の前で倒れ臥した。
「・・・どうしようか?」
 ダナは守り役としてついて着ていたクレオを見上げる。
 ちょっとした買い物にグレッグミンスターの市場へ出てきた二人だったのだが・・・。
「・・・このまま見捨てるわけにもいきませんし、とりあえず人を呼んで家を連れて帰りましょうか」
「・・・そうだね、グレミオがまってるだろうし・・・」
 ダナは困ったように笑うと目の前に倒れた・・・土ぼこりにまみれ、服もぼろぼろの無残な姿をさらした旅人に
同情の視線を向けた。





 ダナ=マクドール。御年6歳。
 帝国五将軍のとして名高いテオ=マクドールの一人息子として心身ともに健やかに育っていた。


「あの人、もう目はさめた?」
 とんでもない拾い物を持って帰って来たダナにグレミオは驚いたものの事情を聞いて、腕をふるっているところ
だった。
「ええ、お目覚めになりましたよ。ですが、さすがにあの姿のままで食堂にあがっていただくわけにはいきません
ので、今お湯を使っていただいてます」
「ふーん、じゃ僕もいっしょに食事する」
「ええ、そうなさって下さい」
 グレミオは可愛くて仕方が無いといった風にダナを見つめて笑顔を浮かべた。

「あー、さっぱりした!悪いな・・・と?」
 食堂の扉を開けて入ってきた男はダナに気づいてグレミオに問いかけるような視線を向けた。
「この家の坊ちゃんです」
「あっ、もしかして俺を助けてくれたやつか?」
 気取りない男のセリフにダナはくすりと笑う。
 人見知りの激しいダナにしては珍しい反応だった。
「いきなり倒れるからびっくりした。僕はダナと言います。あなたは?」
「俺はエンジュ。エン、て呼んでくれていいぜ。助けてくれてありがとな、ダナ」
 きゅるるる~~。
 握手をしようと手を伸ばした男の腹から何ともいえない情けない音が響いた。
 ダナとグレミオは顔を見合わせ、噴出した。
「グレミオ、用意してあげてよ。エンジュさん・・エンのおなかはたいへんみたいだから」
「くすくす、そうですね。エンジュさん、どうぞお席へ。すぐに料理を運びますから」
「あー、すまん」
 エンジュは決まり悪げに頭をかくと、うながされて席へついた。





「エンは、色んなところを旅してるの?」
 しばらくは一心不乱に食事をしていたエンジュだったが、漸く落ち着いて行き倒れていた理由などをぽつぽつと
語りはじめた。敬語はやめてくれ、というエンジュの希望によりダナの口調は砕けたものになっていた。
「まぁな。グラスランドからずっと南下してハルモニアや同盟諸国なんかもみてきた。ここまで来たならトランまでと思って足を伸ばしてみたんだが、途中で路銀が尽きちまってな。とんだ醜態をさらしちまった。いや、本当にこんな怪しいおっさん自分でもよく助けてくれたなって不思議だよ」
「困った人をたすけるのは当然でしょ?それに・・・」
「それに?」
「エン、て何となく父上に空気が似てたから。わるい人じゃないと思った」
 にっこり笑うその姿は容姿の可愛らしさとあいまって伝説にある天使のようだった。
 しばしその笑顔に魅入られたように呆然としていたエンジュはグレミオが次の皿を持ってきた気配にはっと我にかえり、照れたように目の前のシチューをかきこんだ。
「・・・・んぐっ!?」
「あっ、大丈夫っ!?」
 のどに何かをつまらせたらしいエンジュへ慌ててダナがグレミオを呼び水を差し出す。
「まだたくさんありますから。落ち着いて食べて下さいね」
 どう見てもエンジュより年下としか思えないグレミオにそう言われエンジュは苦笑した。
 ふと視線をそらすとダナがくすくすと笑っている。
「・・どうも情けないところばっか見せてるな」
「くすくすっ・・・エンておもしろい人だね」
 子供の笑顔は邪気がない。
 知らずエンジュも、傍にいるグレミオの頬もゆるんでいた。

「エンはトランは初めて?」
 食事がひと段落し、居間に場所を移したダナとエンジュは話に花をさかせていた。
「ああ、はじめてだ」
「もうどこか見てまわった?」
「いや、これからってところに・・・あのザマさ」
「だったら僕が街を案内する!明日は授業も休みだし・・・いいかな、グレミオ?」
 ダナのおねだりに弱いグレミオは少々困った顔をしたものの頷く。
「でも危ないところへは行かないで下さいね。・・・エンジュさん、ご迷惑かもしれませんが坊ちゃんをどうぞよろしくお願いします」
「いや、こっちこそ。俺は全然この町のことを知らねぇしな。ダナ、明日はよろしく頼む」
「うんっ」
 ダナは輝くばかりの笑顔で頷いた。










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