ダナ=坊ちゃん

<閑話 1>







「父上、少しお話したいことがあります。よろしいですか?」
 王との謁見を終えた後、家に戻り夕食を済ませた息子が真剣な表情で伺ってきた。
「うむ、構わんが・・・」
「ここでは少々お話しかねますので、後で書斎に伺っても良いですか?」
「わかった」
 グレミオたちには聞かれたくない話なのだろう。
 だとすれば、国のことか。王のことか・・・それとも。
「ありがとうございます」
 息子とは思えないほどに美しく育ったその顔に花のような微笑を浮かべた。


 妻の忘れ形見である息子は、いっそ女に生まれたほうが幸せだったのでは無いかと思うほどに妻に似て美しかった。幼い頃はそれでもまだ稚さに隠され可愛らしいと表現できていたが、成長するにつれて誰もが魅了され、彼の意を得るために身を捧げるようになりつつある。
 そう、嘗て自分が妻に己を捧げたように。
 妻と違うのは、息子が男であり、マクドールの血を受け継ぎ武術に並々ならぬ才を示したことだ。
 棒術の師匠であったカイは、息子が僅か10の時に『儂が教えることはもうほとんど無いの。後は経験を詰むのみだ』と太鼓判を押した。
 頭も悪くない。悪くないどころか、学問を教えるために用意した教師陣の誰もがその頭脳を賞賛した。
 素行も名門マクドール家に相応しい品格と言動を兼ね備え、相手に対する寛容さも持っている。
 まさに『歩く完璧』と称しても良いのが、テオの息子ダナだった。
 難点を言えば、子供らしさが無い・・・という程度か。それを案じて、テオは戦地より息子の友人となり得そうな孤児を連れ帰った。息子とその子供は良い友人となったようで、その友人と共に居る時には年相応の子供らしく息子も声をたてて笑っていた。
 それは父親であるテオが見たことも無いものだ。
 帝国五将軍であり、皇帝の懐刀であるテオは度々その信頼を得て戦地に出て行く。
 当然のことながら家に居ることは少なくなり、息子と言葉をかわすのは戦地から戦地に動く間の僅かとなっていた。だが、テオは自分と息子の間が悪いとは思っていない。
 息子はテオに対して尊敬をもって対し、いつも気持ちよく送り出してくれる。
 手作りのお守りを持たされたときには、涙ぐんでしまいそうになった。

 周囲がそんな彼(テオ)を見て思うことは『親ばか』に尽きる。

 誰も彼もが、ダナのような息子を持って幸せだとテオに言ってくれる。
 テオとて、ダナほどの息子は他に居無いと誇らしく思っている。
 ただ寂しいのは、何でも一人でしてしまう息子は父親を頼るということをしないことだ。
 クレオやグレミオにこっそりと話を聞いても、用意している生活費で十分なほどにダナは物を欲しがるということが無い。武具が欲しいと言ったことぐらいだ。
 そんな息子が、いったいテオにどんな話があるというのだろうか。
 無事に成人を向かえ、漸く心置きなく息子とも酒を酌み交わすことができるようになった。
 同じ戦場に立つ日も近いだろう。
 ・・・・と、思考にふけっていたテオの耳にノックの音が響いた。

「失礼します、父上」
「ああ、入りなさい」
 扉を開けた息子が入ってくる。
 成人したと言っても、まだ幼さの残る顔に・・・何故か、テオは少しの違和感を感じたが、気のせいだと思うことにした。もっと考えていれば、その瞳にある老成した光に気づいただろうか。
「そこに掛けなさい」
「はい」
 息子で良かったとテオは心底に思う。そうで無ければ、ダナは・・・
「父上。率直にお伺いします。父上は皇帝陛下のことを何と思っていらっしゃいますか?」
「何と、とは・・・素晴らしい方だ」
 テオの言葉にダナは微笑を浮かべた。
「王宮を蝕む有象無象の輩を放置されていても、ですか?」
「ダナ」
 眉を顰め声を潜めるテオに対して、ダナはますます笑みを深くする。
「父上、現実から目を背けることはおやめ下さい」
「何を言う・・・陛下に対して不遜な物言いはやめなさい。お前は本日陛下にお目通りしたばかりで、陛下の素晴らしさがわからぬのも無理は無いが・・・」
「では何故、苦しむ民をそのままにしておかれるのですか?地方では無能な役人のせいで民たちは嘆き、重税に喘いでいると聞き及んでいます」
「それは・・・」
「そう、陛下の行われていることではありません。その後ろ、宮廷魔術師であるウィンディの専横に他なりません。しかし、それを許しているのはやはり皇帝でしょう」
「ダナ、口を慎みなさい」
「それは無理というものです、父上」
 テオは世間に出たばかりの息子が、口さがない者たちの話を耳に入れて青い正義の志を燃え立たせているのだろうと思い、宥めるために口を開こうとした。いきり立つ若者を抑えるのも年配者の務めだ。
 だが、次に出てきた息子の言葉に息を呑み絶句した。

「皇帝陛下には退位していただこうと思います」

「・・・・・・・・・・・・・・」
 空耳だろうか。
「現実逃避はしないで下さいね、父上。       私は国が腐っていく様を見過ごす気はありません」
「ダナ」
「父上。皇帝に忠誠を誓うのもよろしいでしょう。ですが、はき違えていただいては困ります。忠誠とはただ主に盲目的に従うだけですか?違うでしょう。諌めるべいきところは諌める。間違えがあれば正す。己の身をかえてもそれが、真なる忠誠と私は考えますが、違いますか?」
「ダナ・・・」
「父上は、苦しんでいる民の前で『皇帝陛下は素晴らしい方だ』と声を大にして仰ることが出来ますか?」
 沈黙こそが答えだ。
「お前の言いたいことは・・・わかった。だが、お前一人の力で国を変えるのは無理だ」
「何故ですか?」
「国とはそれほど小さなものでは無い。お前の言うことを理解できる者ばかりではない」
「はい、わかっております。ですが、私は全ての人間の賛同を得たいわけではありません。私は、僕のまわりの大切なものを守るために今の皇帝は必要無い。そう思ったから排除することを決めました。ついでに継ぐ者の無い帝国は、民の手に委ねるのが良いでしょう。無能な貴族に幅をきかされても困りますから」
 誰かに聞かれれば反逆罪として即座に罪人として囚われそうなことを、当然のことのように紡ぐダナに、息子が別人のように思われて仕方ない。
「お前は簡単に言うがそれがどれほど難しいことか、わかっているのか?」
「父上こそ、わかっていらっしゃらないようですね。難しいことなど何もありません。皇帝を退位させ、ウィンディを抑え、帝政を崩壊させれば良いだけです」
 『だけ』ときた。
「皇帝は強いぞ、ダナ」
「問題ありません。私はそれ以上に強いですから」
 己の力に溺れている・・・それだけならば、テオにでも止められただろう。
 だがこの息子から感じる尋常では無い覇気は何だ?
「ウィンディの魔法も問題ありません。私は、母上の子供ですから」
「ダナ」
 たしなめるテオに、笑う。
「私は、母が残した唯一の子供。その力を継ぐのは当然の理」
「そなた・・・」
 まだ物心つくかつかないかの頃にダナは母親をなくしている。
 その母親が何者であったのか、テオが話さない限り知ることは無い、はずだ。
「母上は父上に言ったはずです」
「・・・・・・。・・・・・・」

 男子であれば、マクドールの子に。
 女子であれば、妾の・・・・


「男であっても、私にその力があった。有効活用しなくてどうしますか?」
「・・・・・・・・・。・・・・・・・・」
「父上、父上が戦に明け暮れる間に子も成長するのです。ああ、ご心配無く。皇帝陛下を殺しはしません。ただ、報いは受けていただきますが。皇帝で無くとも、父上の主であることは変わりありません。寂れた屋敷に隠居していただき、国が豊かになる様をその目に焼き付けていただかなくては」
 今、己の目の前に居るのは何者であろうか。
「愛しています、父上。まさか反対されたりはしないでしょう?」
 美しい微笑で、優しく息子はテオに問いかける。
「きっと父上は協力して下さいますよね。これまでさんざん放置してきた息子の生涯一度の我が儘。お聞き届けいただけないなど、死んだ母上にも申し訳ができないでしょうし」

 妾の子・・・愛しい子・・・
 どうぞ、背の君。この子を守り、導いて下さりませ・・・


 息子の顔に妻の顔が重なる。
 生涯絶対、唯一頭が上がらなかった妻だった。
 テオは彼女の奴隷だった。

「父上、愛してます」
 背の君、愛しい方。・・・愛しておりまする。









 免罪符は、今もテオの心に楔となって打ち込まれている。











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複雑な親子関係です。