ダナ=坊ちゃん

<12>







 ハイランドから再び紋章でやって来たのは、帝都グレッグミンスターだった。
 漸く家で大人しくしてくれるのかと思ったテッドは愚かだった。あのダナにそんな希望を抱くなんて。

「何で、宿屋に?」
 マクドール家の屋敷は目と鼻の先にある。
「ちょっと会っておきたい人が居てね」
「・・・・『ちょっと』な」
 そう言って散々連れ回された一同の顔に疲労の色が宿る。
「皆も疲れたでしょ。ここの宿の女将さんには顔がきくから、ゆっくりすると良いよ」
「はー、んじゃませっかく帝都に来たことだし・・・いっちょ可愛い子探してくるわ!」
 清清しい顔でシーナは飛び出していった。打たれ強い奴だ。
「ルックはどうする?」
「・・・部屋で休む」
 相変わらず不機嫌な表情の少年は、密かに一番疲れているに違いない。魔力はともかく見るからに体力は無さそうだ。ルックは言うや挨拶もなしにさっさと部屋に引き上げていった。
「テッドは?」
「お前は何するつもりだ?」
 質問で質問を返す。
 放っておくと暴走の限りを尽くしそうな相手をテッドは放置できなかった。
「んー、僕は反政府組織の人に会いにいこうかと」
「おい」
「大丈夫大丈夫。見た目熊だけど物分りの良い『おじさん』だから」
 どういう例えなのか。しかも、ダナはその人物を知っているらしい。
「潜伏している場所を知っているのか?」
「うん」
 グレッグミンスターは広いが、反体制派の人間を匿うような人間は限られている。
「どこだ?」
「ここ」
「は?」
「だから、ここの宿屋に泊まってると思う」
「・・・・・・・。・・・・・・・」
 テッドは眩暈を覚えた。












 ダナは受付のところに居た女将に件の人物のことを確認し、泊まっている部屋を教えてもらった。
 そんなに簡単に他人のことを教えても良いのだろか・・・相手がダナのせいだとは思うが。
「テッドもついて来るの?」
「お前を放っておいたら何するかわからないからな」
「信用無いな」
「己のこれまでの行動を振り返ってみろっ」
「え〜・・・・」
  口元に手を当て、ダナは天井を見上げる。
「特に思いつかないなぁ」
「そうだろうなっ!」
 ダナにはダナなりの思考があり、行動する意味も持っている。全てを予測してい動いているのだから、何をするかわからないなどと言うことは無いだろう。だが周囲にとってはそうでしか無い。
「もっと周りに話してから動けよ」
「だってそんなことしてたら時間のロスだし。それに」
「それに?」
「みんなが驚いた顔するの見るの楽しいし」
「・・・・・・・」
 絶対にそれが理由の大部分を占めることは間違いない。
 本当に何故こうも捻くれた性格に育ってしまったのか、テッドにはわからない。
 初めて出会った当初はまだ少年らしく・・・・
(いや待てよ・・・猫被ってただけか・・・・?)
「こんにちわ〜」
「ちょっ」
 テッドが回想している間にもダナは当の人物の部屋にノックして入ってこうとしている。
 仮にも反政府組織の人間の部屋に入ろうと言うのにもうちょっと警戒するべきだろう。
「おーう」
 しかも相手も相手。暢気に返事している。
「ちょっとお邪魔しても良いですか?」
「何だ何だ?迷子か?」
 ダナが入っていくの仕方なくテッドもそれに続く。
 見目麗しく『可愛く』振舞っているダナの姿を見て、敵意を抱く相手はまず居無い。
「嬢ちゃん、じゃないな。坊主か?」
「ええ、僕は男です。名前はダナ。こっちは友達のテッドです」
 勝手に紹介され、何と応えていいかわからないまでもテッドは軽く会釈した。
「んで、坊主たちが俺に何か用か?」
「オデッサさんに会わせていただけませんか?」
 あくまで無邪気な子供の顔を装いながら告げた言葉に、ビクトールと呼ばれた男は途端に口を紡ぎ、こちらを警戒する顔になった。
「・・・何のことだ?」
「ダメダメ。知らないふりするならそんな恐い顔したら。別にビクトールに案内してもらわなくても、オデッサさんが居るところはわかるけど、知り合いと一緒に行ったほうが余計な争いが起こらなくていいでしょ?」
 ダナの言葉に男はますます警戒の色を濃くしていくようだ。
「坊主・・・お前、何もんだ?」
 男はくつろぐ宿屋だと言うのに、二人が入ってきたときから剣がすぐ届く範囲に置いていた。
「1番」
「「は?」」
 口を開いたダナに対してビクトールもテッドも首を傾げた。
「皇帝の命を受けた刺客」
「おい」
「2番。解放軍に憧れる若者」
「・・・・・・・」
「3番。ただの暇つぶし」
 指を一本一本立てながら、ダナは言葉を続ける。
「さて、ビクトールはどれが良い?」
 口をぽかんと空けた男は剣にかけていた手を外して、がしがしと頭をかいた。
「そのどれでも無いだろ。刺客にしては暗いところもねぇし、憧れるにしちゃ素直さが足りん。暇つぶしで厄介ごとに首を突っ込むほど暇人でも無さそうだ」
「あっはは、さすがビクトール」
 ダナは手を打って喜んだ。
「でも一番近いのは1番かもね」
「何」
「僕は、帝国五将軍の一人テオ・マクドールが息子、ダナ。よろしくね。ところで、座っても良い?少し話もしないといけないだろうし」
「・・・・勝手にしろ」
 ビクトールの口調に諦めが混じる。
「ありがとう」
「で、そのお偉いさんの息子が何だ?遊びに手ぇ出すにしちゃ、ヤバイぞ」
「ダナ。そう呼んで。僕が君たちに関わろうとしたのはね、無駄な活動はやめたほうが良いよっていう忠告をしようかと思ったのが一つ」
「無駄って・・・」
 ここで気が短い人間なら怒り出していたところだろうが、ビクトールという男は平静のまま耳を傾けている。
「ビクトールに恩を売っておことう思ったのがもう一つ」
「俺に恩だぁ?」
「そ。元々妥当政府だどうのと高尚な志を持つような男じゃないでしょ」
「おいおい俺だってなぁ」
「目的はネクロード。その復讐に手を貸そう」
 再びビクトールの纏う空気が緊張する。
「・・・お前は何を知ってる」
「まぁ、ほとんど全てかな。でも改めて語ってもらいたいことでも無いだろう?僕はビクトールの過去をとある理由から知っている。だからこそ、その目的達成に手を貸し、恩を売る」
「・・・貸しを作ってどうしようってんだ?」
「もちろん。僕が必要だと思った時に返してもらうけど?ネクロードを倒すことに比べたら、どんな貸しも君にとっては安いもんじゃないかな」
「大きく出やがって。そう言うからにはネクロードの奴を倒す手段があるってことなんだな?」
「もちろん。でも急がなくてもネクロードが逃げ出すことは無いから、先にオデッサに会わせてもらいたい」
「無駄だって言うためにか?だがなぁ、あいつの意思は固いぞ」
「固くても柔らかくても、そもそも倒すべき政府が無くなってちゃ意味無いでしょ」
「は?」
「だから、皇帝はすでに退位したし、帝政も事実上崩壊して民による新政府設立に向けての準備中」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺は、寝ぼけてんのか?」


 テッドは人として自然な反応だとこっそり頷いた。









+++ +++


 翌朝、ダナは明け方まで遊んで朦朧としているシーナを引きずり、ビクトールの部屋を訪れた。
「おはよう、ビクトール」
「おう・・・で、そっちのは?」
「テッドはもう知ってるよね。こっちの美少年はルック」
「・・・君に言われるとただの嫌味だよ」
 自分より綺麗な顔に『美』と言われても嫌なだけだ。むしろ、男としてそういう形容はされたくない。
「それからこっちの屍がシーナ」
「お、おう・・・生きてんのか?」
 引きずってこられる最中にシーナの頭は階段の角やら置物やらに容赦なくぶつかっていた。
 睡眠不足で朦朧としているのではなく、・・・ヤバイ方向で意識が無いのかもしれない。
「大丈夫。・・・・あ!あそこに凄い可愛い子が!!」
「何!?どこだっ!?」
「「「・・・・・。・・・・・」」」
 先ほどの屍状態が嘘のような一瞬芸に一同呆れるしかない。
「おいっダナ!どこにそんな可愛い子がいんだよっ!?」
「嘘」
「嘘ってお前!!」
「このまま永遠におさらばさせてあげても良いんだよ?」
 シーナは固く口を閉じた。
「おいおいガキのお守りかよ」
「心配しなくてもビクトールの手を煩わすことは無いよ。力馬鹿のビクトールと違って皆魔法を使えるからね」
「・・・・・・・・」
「それじゃ出発しようか」
「・・・どこに行くのかわかってんのか?」
「レナンカンプでしょ?」
「マジでお前わかってんのか、全部」
「うん」
 無敵の笑顔でダナはビクトールに頷いた。
 一行は女将に挨拶して、街の城門へ向かう。街に入る者も出る者もそれなりに証明書が必要になる。
 悪質な兵士などは、正式な証明書を持っていても旅人の足元を見て袖の下を要求する。
 赤月帝国の腐りきった体質はこんな末端にまで浸透してきているのだ。
 今まで風の紋章で街から街へノーパスで渡ってきたダナたちにとっては初めての機会だ。
「おいお前ら金持ってんのか?」
「何で?証明書さえあれば大丈夫でしょ」
「はぁ〜これだからイイとこの坊ちゃんは・・・」
 ビクトールは肩をすくめて首を振る。
「ビクトールこそ情報収集のために来てるのに碌な仕事してないね」
「何だと」
「強き者に阿るのはある程度仕方ないことだけど、弱き者を不当に挫くことは許さない。赤月帝国はもう存在しないんだよ。腐敗は取り除かれるべくすでに動き出している。このグレッグミンスターでそれが行われていない訳無いでしょ」
 城門の人の流れは概ね滞ることなく行き交っている。さすがに一国の都市だけあっても人の多さも半端ではない。それを捌く兵の人員も多い。
 ダナたちも通行証となる手形を兵士に差し出した。
「ん?」
「何か?」
「入国の印が無いようだが?」
「当然ですね。元々この内側に住んでいる人間ですから」
 グレッグミンスターに居を構えることが出来る者は多くない。一部の豪商、そして貴族たち。
「内側に?」
 兵はダナに言われて再度、しげしげとその手形を見直した。
「・・・ダナ・マクドール・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!?」
 兵が何かに気づいたようにダナの顔を目を見開いて確認した。
「もしや、テオ・マクドール様の・・・」
「息子です。父がいつもお世話になってます」
「はっいやっそそそそそそっ」
 動揺しまくっている。
「最近職場はどうですか?」
「は?・・・・その、働きやすくなりました」
「それは良かった。この国を支えているのは貴方がた一人一人ですから。これからもよろしくお願いします」
 何の抵抗も無く、ダナは一兵士に頭を下げる。
 その様子に聞き耳を立てていた傍の兵士たちも瞠目している。
「これからこの国はもっと良くなっていきます。そのためには貴方たちの力が必要なんです。不正なことを不正と叫ぶことを畏れず、立ち向かっていって下さい・・・と、こんなところで長話していは邪魔になりますね。
皆さん、お仕事頑張って下さい」
 ダナの微笑みに、兵士たちは叩頭せんばかりに頭を下げていた。


「・・・詐欺くせぇ・・・」
「何か文句ある?シーナ」
 レナンカンプの道すがら、マイペースで歩いていく一行。
 シーナがぽつりとぼやく。
「その顔であんな事言われたら大抵の人間が恐れ入るっての」
「もって生まれたものだからねぇ。・・・ああ」
 ダナは意地悪そうににやりと笑った。
「ナンパ失敗したんだ」
「ほっとけ!」
 図星をつかれたらしい。
「不思議だね。顔は悪くないと思うんだけど・・・」
「がっつき過ぎなんだよ」
「何を!見てもいないくせに」
「見てなくてもわかる」
「ふふ。ルックならナンパしなくても相手のほうから寄ってきそうだね」
「・・・・鬱陶しい」
「はぁ?男としてどっかおかしいんじゃねぇのか?」
「・・・・切り裂き」
「ぐわっ!」
 風の攻撃を紙一重で交わしつつも、足元にあった石につまづくシーナ。それを笑うダナ。
 鼻で笑うルック。そして、呆れたような視線を注ぎつつも柔らかな空気のテッド。
「・・・お前らいいコンビだな」
「腐れ縁ほどじゃないよ。フリックは相変わらずの不幸体質?」
「あいつのことも知ってんのか。・・・・まぁ、それには触れないでやってくれ」
 ダナがころころと笑い声も漏らす。
 時折モンスターに遭遇するも、たいしたレベルの魔物では無くビクトール一人で片付けてしまう。
「おいっ!お前らも偶には働けっ!」
「いいじゃん、おっさん強いんだから」
「・・・・面倒」
「もう疲れたの?それなら代わるけど・・・・寄る年波には勝てないんだねぇ」
「っ頑張ればよいんだろっ頑張れば!!」
 恐らく年齢だけならばこの中でも誰よりも年上であるテッドは、憐憫の視線をビクトールに注いだ。













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漸く腐れ縁登場です♪