ダナ=坊ちゃん

<13>







 グレッグミンスターとレナンカンプはそう離れていない。
 休憩を挟みつつ、一度の野宿で一行はレナンカンプの街へ到着した。

「お疲れ様ビクトール。僕たちは宿で待ってるから、皆と話つけてきてね」
「・・・・・了解」
 もう何を言う気力も無いのか(・・・まぁ戦闘はビクトールが一手に引き受けていた)、ビクトールは顔のきく宿にダナたちを預けるとどこかへと姿を消した。
「・・・君、ホントに何ナノさ」
 部屋へ向かうダナの背中に今まで沈黙を続けていたルックがぼそりと投げかけた。
「ダナ・マクドール。それ以上何が必要?・・・ルックだって『ルック』で十分だろう?」
「僕は!・・・・何でも無い」
「おいおい、何だよ〜俺だけ退け者か?」
「そこであえて参戦してこようとするところがシーナらしいね」
 クスクスと笑い、ダナは与えられた部屋の扉を開ける。
「僕にとって、テッドもルックもシーナも友人だ。そう思ってはいけない?」
「・・・ずりー聞き方すんじゃねぇよ」
 避けないだろうとわかっていてテッドはダナの頭を小突いた。
「ごめん」
「・・ただの貴族の坊ちゃんじゃ無いことは確かだな」
「何で?」
「だってさ、普通貴族って言ったら胸反り返らせて無闇やたらに偉そうにしてるじゃん。第一自分より身分が低いやつに素直に謝ったりもしないだろ」
「それこそ人によるよ。貴族にそういうのが多いってだけで全ての人間がそういうわけでは無いよ」
「それこそ例外的にな」
 今までの赤月帝国の状態では腐敗しきった貴族に好印象を持てというのが無理な話だろう。
 ダナは苦笑した。
 不思議なものだ。元々は同じ『人』でしか無いのに、身分というものを定めることで高きからも低きからも互いにその立場を縛り付ける。
「それでこれからどうするんだ?」
「うん。この部屋に解放軍のアジトまでの隠し通路があるからビクトールが戻るのなんて待たずにさっさと行ってしまおう。時間は止まってくれないからね」
 何故そんなことをダナが知っているかなど聞きはしない。聞くだけ無駄だ。
「たぶんこのあたりだと・・・うん、あった」
 飾り棚がスライドし、その床を確認すると簡単に取り外すことが出来るようになっていた。
「おいおい物騒だなぁ」
「まぁ、一般人は泊めないように宿の人も心得てると思うよ」
 宿の人間に何も言わずに、さすがにこんなものは作れない。解放軍の協力者は多い。
「足元気をつけて。滑らないようにね」
 暗闇に続く階段をダナは先頭をきって苦も無く下りていく。
「こらっ待てって!」
 テッドはそれを慌てて追いかける。ルックも続き、シーナもにやりと笑って外した床板を直してから三人に続いた。
「不意を付いて驚かせたいから明かりはつけないから。こけないようにね」
「悪趣味」
 夜目がきいているかのように、それでもダナの足取りは鈍らず平然と闇の中を歩いていく。
 闇の中だからこそ、街を歩いていては気づかないこともある。
 ダナは足音さえ、歩いているときに立てていないのだ。身に染み付いたもの。そんなものが染み付くような生活環境は良いものだろうか。
 無口なルックはともかく、シーナも無駄口を叩くことは無く四人は黙々と暗闇の中を歩き続けた。

 そして、突然ダナの足が止まる。
 
 危うくダナにぶつかりそうになったテッドは寸でのところで声を抑えた。
(おい・・っ)
(居たよ。ビクトールも合流してるみたい)
 ダナはそっと観察しているらしい。


「すまん、オデッサ。ちょっと厄介なもの連れてきちまった」
「どういうこと?ビクトール」
 妙齢の女性の声にダナ以外の三人が胸中で驚く。まさか解放軍のリーダーが女性だとは思っていなかったのだろう。そしてこれほど若いとも。
「帝国五将軍、テオ・マクドールの息子なんだけどな」
 ビクトールの言葉にオデッサでは無く周囲の人間たちが声をたてた。
「訳もなく連れてきたわけでは無いでしょう?」
「訳もなくというより、訳もわからず連行されたっつーほうが近いような・・・」
「ビクトール」
「まぁ、そいつが言うには・・・すでに赤月帝国は崩壊しているとさ」
「「「は?」」」
 解放軍の面々は揃って同じ声をあげる。
「おいっビクトール!お前何を・・・」
 青のマントの男がビクトールを睨みつける。それにビクトールは困ったように頭をかいた。
「まぁ、王制はすでに崩壊して市民による政治へ移行している最中だと言うんだな、こいつが」
「そんな言葉を鵜呑みにしたのか!?」
「鵜呑みにしたっつーか、まぁグレッグミンスターに潜入していた俺の肌で感じた空気がなぁ・・・」
「そんないい加減な・・っ」
「待って、フリック。ともかく会って詳しい話を聞いたほうが良いようね」
「ああ、そうしてくれると助かる。宿の例の部屋に案内してるからよ」
「オデッサ!罠だったらどうするんだ!?」
 すぐにでも動き出そうとする彼女に青いマントのフリックと呼ばれた青年が制止する。
「ビクトールが連れてきた人たちですもの。そうでしょう?」
「あー、まぁ・・・罠とかじゃぁねぇと思う。罠だったとしても・・・俺らがここに居るってことをすでに知ってたからやろうと思えばどうとでも出来ただろうしな」
「何!?」
 ますます聞き捨てならないとフリックが声を荒げる。
「フリック、落ち着いて頂戴。ますますお会いしてみなくては・・・」



「そう言っていただけて光栄です。オデッサ・シルバーバーグ」



 突然に投げかけられた声に、解放軍の面々が一斉にダナたちの方を向いた。
 警戒態勢で、剣の鞘に手をかけている。
「ああ、特に攻撃をしかけるつもりでは無いのでお構いなく」
 ダナは暗闇からその姿を明かりに晒す。
 数人から息を呑むような音が聞こえた。・・・テッドにとっては見慣れた反応だ。だいたいダナに初めて会った人間というのは同じ反応をする。
「お前らいったいどこから・・・」
「隠し通路。それを使うためにあの宿屋に案内してくれたんでしょ?」
「おいっビクトール!」
「いやいやっ俺は言ってねぇって!」
「そう、ビクトールは言ってないよ。ただ僕が『知って』いただけでね」
 警戒を解いていない面々の前に堂々と歩みより、解放軍のリーダーと思しき相手の前に立つ。
「初めまして。ダナ・マクドールです」
「何だまだ子供・・・」
「フリック」
 子供呼ばわりした相手からの視線に、何故かフリックは蛇に睨まれた蛙のように硬直せずにはいられなかった。特に睨まれたわけでは無い。あくまでダナは微笑のままだ。
 ・・・まぁ、その微笑が曲者なのだが。
「・・・私はオデッサ。シルバーバーグの名は捨てたわ」
「そうですか。別に名など有っても無くても変わらないと思いますけど・・・マッシュには近況ぐらい教えてあげて下さいね。心配しているでしょうから」
「貴方・・・兄を知っているの?」
「はい。先日少しお話をさせていただきました。これからの新しい国づくりで子供たちの教育のために力を貸していただけるようです」
「まさか・・・」
「平和な国づくりに必要なものは多いです。しかし根本といえばやはり教育でしょう。子供の頃の教育はその思考と思想を構築していく上で礎となりますからね」
 解放軍リーダーの彼女は目を閉じて首を振った。
「オデッサ!騙されるな!帝国が崩壊したなど嘘をついているだけだ!」
「その根拠は?」
「何」
「僕が君たちにそんな嘘を言ってどんなメリットが?」
 感情的になる青年に対して、ダナはどこまでも冷静に言葉を返す。
 どちらが大人なのかわからない。
「俺たちを罠に嵌めて一網打尽にするつもりだろう!」
 ダナの口角があがり、笑みが深くなった。
「フリック。言葉はよく考えて口にしようね、副リーダーなんだから」
「なっ」
「第一、君たちを一網打尽にするつもりなら一々こんな嘘ついて罠なんかに嵌めなくても、さっさとここに軍を派遣してオデッサを捕らえるなり殺すなりしている。何しろこの出来上がりはじめた解放軍は脆い。オデッサさえ抑えてしまえば、ただの有象無象。五将軍が出るまでも無いだろうね」
「お前っ」
 煽られ火がついたらしい青年が、剣を抜きながら前に出ようとした。
 それを止めたのはオデッサだった。
 さすがにリーダー。ダナと青年の会話を黙って観察していた。
「フリック、落ち着いて。・・・ダナ、と言いましたね。例え貴方の言葉が真実であったとしても、そう簡単に私たちは納得できるもので無いことはわかると思います」
「そうですね。見てもらうのが一番早いと思いますが…一緒にグレッグミンスターまでいらっしゃいますか?」
 オデッサはダナをじっと見つめた。
「赤月帝国は強大な国よ。・・・では、いったい誰がそれを滅ぼしたと?」
「幾ら強大でも頭は一つ。皇帝は僕が倒しました」
 ダナの簡潔な、それでいて重大な告白にさすがの彼女も目を見開く。
 背後の面々も『信じられない』『こんな子供が・・』『有り得ない』などと口々に話している。まぁ、ダナという存在を知らなければ、その姿は到底荒事には向かわないような子供にしか見えないだろう。
「何故・・・」
「何故?簡単なことでしょう。失いたくないから、僕は僕の大切なものを奪われたくないから。何一つとして。いくら高い志を掲げていようと、戦となれば必ず命は失われる」
「・・・耳に痛い言葉だわ。私のやり方は間違っていた?」
「物事に絶対的な真実は無い、それはおわかりでしょう。シルバーバーグという血と歴史を受け継いで来た貴方には」
「貴方は・・・」
「全てを知っているわけではありません。けれど、貴方よりは知っているでしょう。それでどうしますか?最早反抗する相手さえ居無いというのに、いつまでもこんな暗い地下に無駄に潜っているつもりですか?」
「私一人で決めるわけにはいかないわ。私はリーダーであっても独裁者では無いから」
 良い根性だと、テッドは思う。
 意思が強く真っ直ぐで、それでいて他者の意見を酌むに躊躇が無い。
「そう言うと思いました。そこで話合う時間潰しの間、ビクトールを借りて出かけて良いですか?」
「おいっ」
 何で俺が!とビクトールが声をあげる。
「だって、仇を討ちたいでしょ?」
「は・・・?」


「ネクロードの息の根、止めさせてあげるよ」


 ダナに振り回されている間も、どこか軽い空気を孕んでいたビクトールの纏う空気が変わった。














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書きたいとこまであと少し・・っ