ダナ=坊ちゃん
<18>
竜同騎士団とはその名の通り、竜を己の騎竜として扱う騎士団である。 地上において最強の生き物との誉れも高い竜を扱うことから帝国軍とは一線を隔し、赤月帝国に属していながらも、半分独立しているという一風変わった騎士団だ。 竜洞はその騎士団の本拠地となる。 いったいどんな出迎えがあるのかと、僅かに期待していた一同(一部だが)は竜の一体も姿を見せない状態に肩透かしを食らった。 「一匹ぐらい飛んでてもいーんじゃね?」 シーナも期待していた一人らしい。 「だから竜洞に来たんだけどね・・・と」 この状態を予測していたというより『知って』いたダナは、不審そうにこちらを見ていた門番にスタスタと歩み寄った。 「中に入れてもらっても良いですか?」 極上スマイルと共に強請られた門番は頷きそうになって、慌てて首を振った。 一瞬正気を失わせるほどの美貌も恐ろしいが、それを使いこなす存在自体も恐ろしい。 「だ、駄目だっ駄目だっ!団長より皇帝陛下といえど、何人も通すことまかりならんと言われている!」 「ダナ・マクドールが来たと伝えて下さい。・・・竜を目覚めさせたいなら、とね」 「いやっ・・・しかし!」 「君に判断は出来ない。ならば早急に伝達を。遅くなればなるほど、竜たちは苦しむよ」 「何故そのことを・・・っ」 「一刻を争う」 「・・・っここで待て!」 門番はダナに促され、もう一人の仲間に声を掛けて中に飛び込んでいった。 「・・・何なんだ・・・?」 シーナの問いは、皆の問いでもあった。 「ん?今、竜洞は危機的状況にあるんだよ」 「竜がどうかしたのか?」 「たぶんね。・・・そういえば、テッドは竜洞には来たこと無かったっけ?」 「無いな。用無かったし」 見た目は十代でも中身300歳のテッドに、竜への憧れなど無い。 「ちょっとは乗ってみたいとか思わないのかよ」 「シーナは、まず乗せて貰えないだろうけどね」 「何で」 「竜も人を選ぶ」 ルックが一言落としていく。 「おいっ!」 「まぁまぁ。基本的に竜は自分を育ててくれた騎士しか乗せないものだから」 「竜、て育てんの?」 「野生のものも居るには居るけど、竜洞の竜はほとんどが卵から育ててる。竜騎士にとって、竜は我が子にも等しいものなんだよ」 へぇと興味あるのか無いのか、シーナが頷いている。 暫く一同が待つ中、先ほどの門番と女性が現われた。 「ダナ・マクドールというのは・・・」 「僕です」 どうぞ見知りおき下さい、と優雅に一礼したダナに女性は顔を顰める。 「いったい何の用事で五将軍の子息が竜洞にいらっしゃった?」 「おや。先ほどそちらの門番の方に告げたかと思いますが。今、この竜洞には危機が迫っているかと」 「危機など・・・」 「無いと?竜たちが原因不明の眠りに落ちていても?」 「何故、それを知っている?もしや・・・」 「誤解はなされませんよう。僕はその原因を『知って』いるだけです。何者がそれを仕掛けたのかも・・・詳しい事情はヨシュア団長と共に話をしたほうが良いでしょう。竜騎士の館にご同行いただけますか?」 「・・・それはこちらの台詞だ。そこまで事情を知られているならば是が非でも団長にお会いして貰う」 いつの間にか四人は竜騎士たちに囲まれていた。誰もが厳しい表情で剣を手にしている。 逃がすつもりは無いということだろう。 「物々しいですね。逃げも隠れもするつもりはありませんから」 くすり、と微笑ったダナは三人を従えて竜騎士の館へと歩みだす。それを追いかけるように女性騎士が先頭にたち、竜騎士たちが警戒するように後に続いた。 館の中に入ると、強い気配を帯びた騎士が立っていた。 女性騎士が傍に寄り、小声で事情を説明している。 「・・・ダナ。あれは・・・」 「あ、気づいた?竜洞騎士団の団長は真の紋章持ちだから」 「やっぱりな」 軽く同意され、テッドは小さく溜息をつく。こんなに真の紋章持ちだらけで良いのか。 恐るべし、赤月帝国。 「テッドには劣るけど、ヨシュア団長もかなり長生きだからね。見た目は向こうのほうが大人でも」 「ガキで悪かったな!」 「全然。だからこそ、僕の親友になってくれたんでしょ?」 「な・・・・っ」 テッドは絶句し、口をぱくぱくと開閉させる。 性質わりー、とシーナがぼそっと呟いた。ルックは我関せずを貫いている。 「ダナ・マクドール殿」 女性騎士と話を終えた団長が、ダナに声を掛けた。 頭一つ分は身長の高い相手を見上げるようになる。 「私は竜洞騎士団団長のヨシュアだ」 「初めまして。ダナ・マクドールです。父はテオ・マクドールですが、私の行動は父とは何の関わりもありませんので気にしないで下さい」 「・・・我らが竜騎士団の窮状を知っているとのことだったが・・・」 「竜たちが眠りについたまま目覚めないということですね。原因ははっきりとしています。竜たちは『眠りの毒』を飲まされている」 「何と・・・っ」 ヨシュアは大きく目を見開いた。 「竜たちを眠りに落とすほどの毒、手に入れることが出来る者は限られています。また、竜たちを眠らせることで得する者も。・・・想像はつきますよね?」 「・・・・宮廷魔術師か」 ご名答、とばかりにダナは大きく頷いた。 「原因がわかっているならば、対処は容易いはず。解毒のための薬を与えることです。ただ・・・」 「ただ?」 「その為には薬の材料を手に入れなくてはなりません」 「・・・そう言うからには、かなり入手が困難なものか」 「シークの谷に生えている月下草、黒竜らん。そして・・・」 ダナの目が、ヨシュアと周囲の竜騎士たちに向けられる。 「竜の肝」 全員が息を呑んだ。 竜の肝を取り出すためには、竜を殺さなければならない。それでは本末転倒だ。 「・・・わかった。竜の肝は私が何とかしよう」 「団長!」 「ミリア。シークの谷へ月下草を獲りに行ってくれるか?」 「・・・わかりました。すぐに行って参ります」 言いたいことはあるのだろうが、それを全て呑み込んでミリアはさっと身を翻す。 「あとは黒竜らんが何処にあるのかだが・・・」 「グレッグミンスターの空中庭園にあります」 「空中庭園・・・」 先ほど以上に重たい空気が満ちる。空中庭園があるのは宮殿の心臓部。 皇帝に見つからずにとってくることはまず無理な場所だった。 「団長!僕に行かせて下さいっ!」 竜騎士とは、まだとても言えない少年が騎士たちの影から飛び出してきた。 「フッチ」 「ブラックならいま目覚めているどの竜よりも早くとって来れます!」 「いやしかし・・・」 少年の思いはわかるが、少年一人にはあまりにも荷が重い。 「必要ありません」 「そう。必要・・・は?」 「「「「は?」」」」 深刻な事態の中、飛び込んだ言葉に一同一斉にダナを見た。 ダナはその視線を受けて、穏やかに微笑む。 その微笑にあてられた数人の騎士の頬が染まる。その中にフッチも含まれていた。 「どういうことか?」 「黒竜らんはすでに採取してきています」 こちらに、と皮袋を取り出す。 どうやら空中庭園で皇帝と見(まみ)えた時に入手したらしい。 「皇帝陛下は許されているのか?」 「ああ、そう。言い忘れていました。現在、赤月帝国はすでに崩壊し、共和国への移行を開始しています」 ヨシュアは絶句し、まじまじとダナを見つめる。 何かの冗談か戯言か。それを見極めようとしているのだろうが・・・生憎どこまでも真実だ。 「皇帝陛下には退位していたがきましたし、ウィンディも魔力を奪い枷を課しましたから」 「・・・待ってくれ。何がどうなっているのか、全くわからんのだが・・・」 ヨシュアがストップをかける。これで全てを理解しろというほうが無理だろう。 「赤月帝国が腐敗し貴族たちが奢侈に溺れ、民は苦しめられていました。多くの者がそれに気づいていた。気づいていて何もしようとしなかった」 静かなダナの糾弾にヨシュア以下、騎士団の者たちが目を伏せる。竜洞に篭り、動こうとしなかったのは自分たちも同じだから。 「民の中で、それに気付いた者が動き出していた。けれど、それは国に反旗を翻すこと。国も民も多かれ少なかれ血を流すこととなる」 静かな広間にダナの静かな声が満ちていく。 ただ真実を語っているだけだというのに、何故か・・・重い。 「誰も傷つくことなく、この腐敗した国を生まれ変わらせるには何をすれば良い?」 ダナの問いに、誰もが頭の中で様々な思考を巡らしたことだろう。 「皇帝は一人。後継も無い。ならば、することは一つ」 それを考えた者は居ただろう。しかし、それを実行に移そうと考えたのも、実行したのも一人だけ。 「それをやっただけです」 あっさりと言った。 「さぁ、時間はありません。ミリアさんが戻って来るのを待つ間にも出来ることをしましょう。僕は薬を作ってくれる人間を連れてきます」 「誰だ?」 「リュウカン医師です。今のトランに彼以上の医師は居無い」 「それは同感だ」 「ただ、僕にも用意できないもの。それが竜の肝です」 「ああ、わかっている」 ヨシュアは深く頷いた。 |
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そういえば、フッチがまだだなと思い出しました。