ダナ=坊ちゃん
<16>
戻った場所は先ほどの洞窟で、人面剣がこちらを威嚇するように鈍い光を放っていた。 他に人は居ない。 「うん。あの剣は紋章の化身で人語を解するんだよ。遠慮なく話しかけてあげて」 ダナはそう言うがそんなものに話し掛けるのはこちらが遠慮したい。 そう思っているのはテッドばかりでは無いのだろう。他の面々も胡散臭そうに眺めている。 「ほらビクトール」 「俺か!?」 『騒がしい!』 「ごめんね。馬鹿だけに声が大きくて」 「関係無いだろっ!ったく何だよその気色悪い剣はよ」 「駄目だよ。これからビクトールの相棒になってくれる剣なんだから」 『「はぁっ!?」』 剣と人の両方から抗議の声があがる。 「その剣じゃないとネクロードは倒せないよ。星辰剣もそろそろこんな暗い洞窟に居るのも飽きたでしょ。ほら利害が一致する」 ビクトールが絶望的な表情を浮かべ、星辰剣は沈黙する。 「文句、無いよね?」 寧ろ『文句言うなよ』と聞こえたのはテッドだけなのか。 ルックは我関せずだし、シーナは壁に向かって『愛しの**〜!』と訳のわからない叫びをあげている。 テッドは蟀谷を押さえた。 『仕方ない。・・・そこの野蛮人。我を抜くが良かろう』 「はぁっ!?誰が野蛮人だっ!」 「はいはい。いちいち星辰剣の憎まれ口に反応しない。星辰剣も同じレベルでやり合わない」 どちらにもそれなりに失礼なことを言いながらダナはビクトールの背を押した。 嫌々ながらもビクトールも剣に手を伸ばす。 『我に触れる資格の無い者は雷に打たれるであろう』 そんな星辰剣の言葉に、ビクトールの触れる寸前だった手がびくりと止まる。 「大丈夫。星辰剣のただの冗談だから。星辰剣も、いい加減ビクトールを揶揄うのをやめないと鍛冶屋に放り込むからね」 ダナの威しに、何故か星辰剣に汗が流れ落ちた気がした。 星辰剣を携えたビクトール、無言のルック、気の多いシーナ、そしてテッド。 そのバラバラな四人を従えて、ダナは戦士の村を通り過ぎ目的地であるネクロード城に辿りついた。 「近隣の女の子たちを自分の花嫁だとかふざけたこと言って攫って行ってるから容赦はいらない。思う存分その星辰剣で切り刻んであげて」 にっこりとそう言うダナが一番恐ろしい。 「・・・それじゃあ乗り込むか」 微妙な表情を浮かべて星辰剣を構えたビクトールが城の入り口に向かう。 「あ。待って待って」 「何だこの期に及んでまだ何かあるのか」 「そっちから行くと時間かかってしょうが無いから短縮しよう」 嫌な予感がした。 ダナがゆっくりと手を挙げる。 『焦土』 土と火の紋章の合成魔法であるそれが、城の壁を高熱の温度で溶かし土の衝撃が破壊する。 その力の凄まじさに産毛がちりちりとする。 最早反則と言っていいほどの威力だった。 「・・・今度からダナは怒らせないようにしよ・・・」 今更なことをシーナが呟くほどに、それは威力があった。 「それじゃ、行こうか♪」 黒く変色した城壁を指差し、最短距離を突っ切る。 「・・・お前に常識は期待しないほうがいいんだろうな」 「嫌だな。必要な時にはちゃんと弁えてるから大丈夫」 「・・・いつだよ、それ」 「ん〜・・・」 首を傾げるな。考えるこむな! 「とりあえずテッドが許してくれてる間は大丈夫かな」 「・・・・・・・っ」 (あ〜もうっこいつは!こいつは!!) ぐっと続く言葉に詰まったテッドは、微笑するダナを振り払うように足取りも荒くビクトールに続いた。 「君・・・いい加減にしないと本気で嫌われるよ」 「ありがとう、ルック」 「何が」 「心配してくれて。でも大丈夫。・・・僕が僕としての道を誤らない限りはテッドは嫌わないよ」 「・・・あ、そう」 らしくもなくお節介な台詞を吐いたことを後悔したのか、ルックは顔を背けると城の中へ入っていった。 「お前も相当、性格歪んでんな」 「そうかな?割とわかりやすく出来てると自分では思うんだけど」 「・・ま、自分がそう思ってんなら別に良いけどさ」 シーナは相手の深いところに近づこうとしながら、手を出そうとぱっと離れていく。 「シーナ。お人好しなところを隠さないでも大丈夫。知ってるから」 「誰がだよっ!そんなこと言うのはお前ぐらいだぜ・・・ったく。ほら行くぞ。ビクトールのおっさんが暴走しても知らねぇからな!」 「『おっさん』はまだ可哀相だと思うけどなぁ」 ネクロードの根城に侵入すると上階へと続く階段がある。 「また上へ続く穴を開けてもいいけど、瓦礫でこっちが生き埋めになりそうだね」 「やめてくれ」 ダナは持っていた棍を無造作に回転させる。その軌道上に居た今にも襲いかかろうとしていたモンスターが轟く音と共に床石に叩きつけられる。獅子が鼠を捕らえるがごとく圧倒的な力の差に、迫ってこようとしていたモンスターが動きを止め、われ先にと逃げ出した。 「うわー・・・ありえねぇ光景」 もともと知能のあまり高くないモンスターには『逃げる』という選択肢が無い。にも関わらず、一目散に逃げていった。きっと本能のなせる業だろう。 「掃除する手間が省けて良かったね」 「・・・・そうですね」 シーナの顔がげっそりしている。 「ダナ。少しは手加減してやれよ・・・さすがに哀れになってくる」 「でもテッド。こういうときはいっそ苦しませずに逝かせてあげるのが慈悲っていうものじゃないかな」 「・・・一理ある、とは言っておく」 「説得されてどうするのさ」 役に立たないね、とルックに突っ込まれる。 「そうだ。ルック。上まで穴を開けるから、風の力で上げてくれる?」 「・・・何で僕が」 「だってルックが一番風の紋章使うのが上手いでしょ。僕がやると最上階どころかどこまで運んでしまうかわからないからね」 そんな風に運ばれるのは絶対に遠慮しておきたいところだ。 しかしここでルックが断れば、ダナは必ずそうするだろう。 テッドもシーナも祈るようにルックを見た。ちなみにビクトールは一人でせっせと敵と戦っている。 「・・・君、ホント最悪」 悪態をつきながらもルックは準備を整える。 「さっさとj壊したら?」 「ありがとう、ルック。・・・じゃ、瓦礫が落ちてくるかもしれないから注意してね」 「この狭い空間でどう注意すんだよっ!」 ゴンッ! 「っ・・・てーっ!!」 「うるさいよ」 ルックのロッドがシーナの脳天を直撃していた。 「馬鹿だね、シーナ。落ちてくれば避ければいいだけなのに」 驚異的な運動能力を誇るダナには苦でも無いのだろう。だがそれを万人に適用するのは間違いだ。 だが、それを指摘する者は無かった。 「うぅ、ひでー目に遭った」 戦闘もしていないのにすでにぼろぼろで、埃を纏うシーナ。戦闘中にいきなり風で巻き上げられたビクトール。ルック、ダナ、テッドはすこぶる健康体だった。 「お前ら・・・っやるならやるって言ってからやれ!」 『馬鹿者!我を杖がわりにするな!』 目がまわったのかビクトールは星辰剣を杖の代わりにしていた。 「時間を短縮してあげたんだよ。良かったね」 「何が・・・っ!?」 「貴様らっ何者だっ!!」 顔色の悪い見るからに闇系の相手が、突然現われたダナたちに叫んでいた。 「我が城を破壊しおって・・・愚かな人間どもがっ!」 「そうだね。愚か者ほどよく吼える」 「な・・・っ」 ダナの言葉に顔を赤くしたネクロードだったが、ダナの顔を見て目を輝かせた。 「ほほぅっ!人間にしてはなかなかに美しい!我が花嫁として迎えよう。栄誉に思うがいい!」 「悪いけど僕にも選ぶ権利があるから。・・・ビクトール。星辰剣」 小さく名を呼ばれただけだというのに、先ほどのネクロードの怒声より余程恐ろしい。 ビクトールだけでなく、星辰剣さえも震えた。 「さっさと片付けて」 絶対零度の声。 そう言えば。ダナは女顔のくせに女扱いされるのを嫌がった。 それを利用することは厭わないくせに。 「お前・・・ノースウィンドゥを覚えてるか?」 「何を訳のかわらぬことを・・っ!」 「ああ・・・そうなんだな。てめぇにはその程度のことなんだな」 ビクトールは星辰剣を構えた。 「・・・これは俺の自己満足だ。ここでてめぇを殺したとしても誰も戻っては来ない。だがあいつらの恨みは晴らす。てめぇにこれ以上ノースウィンドゥと同じようなことはさせねぇぞっ!」 「笑止!人の剣で我を斬るなど・・っ!?」 忽ちネクロードの表情が変わる。星辰剣はビクトールの手によってネクロードの腕を切り落とした。 『笑止!我は夜の紋章。その眷属如きが我に敵うものか!』 「おのれぇっ!!」 ビクトールから距離をとったネクロードが宙に浮こうとする。 ・・・・が。何かに叩き落されたかのように床に墜落する。墜落というより・・・床に埋没する。それほどの威力があったのか・・・。 「目障りな虫は叩き落すことにしてるんだ」 テッドは思う。 ビクトールに頼らなくてもダナだけでネクロードを倒せるのでは無かろうかと。 恐らく傍観者に徹しているルックやシーナも同じ思いだろう。彼等は傍観者どころか巻き添えを食わないようにかなり離れたところから様子を伺っている。 「とどめ」 ダナの一言に呆然としていたビクトールが我に返り、煮え切らない表情で瓦礫から頭を出したネクロードに星辰剣を振り落とした。 「害虫駆除完了!」 晴れやかにダナが宣言した。 |
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脇役の扱いってこんな感じ。さらばネクロード・・・