ダナ=坊ちゃん
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じゃぽんっ!! 「うわっ・・ってつめてぇーっ!!」 叫び声をあげたのはただ一人、噴水の中に落下したシーナだった。 お気の毒なことだ、とテッドは哀れみの視線を注ぐ。 「何やってるの、シーナ?」 ルックの仕業であることがわかっているだろうに、聞いているダナも性質が悪い。 そしてルックは全く関心を示していない。 「っざけんなよっ!!」 「暖かい日で良かったね。トランよりだいぶ北になるから寒かったら風邪をひいてしまう」 「・・・馬鹿は風邪ひかないっていうから大丈夫じゃない」 「あ、そうか」 「納得するなーっ!!」 じゃぶじゃぶと噴水の水を掻き分けながらシーナが怒る。 「お前らも一緒にしてやるっ!」 「遠慮しておく。濡れるの嫌だもん」 「・・・切り裂くよ」 ダナはシーナが近づかないように棍で牽制をかけ、ルっックも呪文の詠唱をする。 「貴様ら・・・何者だ?」 20才程度の男が剣を向けていた。 「うわっ若〜いっ!!」 相手の迸るような殺気をものともせず、歓声?を上げたのはダナだった。 男の蟀谷がぴくりと蠢くのが離れていてもわかった。 「初めまして、ルカ皇子」 ダナの呼びかけにシーナもルックも、テッドさえも相手を注視した。 「俺を知っているのか・・・ただのガキというわけでは無さそうだな」 凶悪な笑みを口に上らせる。明らかに『関わってはいけない』類の人間だ。 「どうやってここまで侵入した?王宮の奥庭まで入り込むには幾人もの警備を潜り抜けてこなければならないはずだ」 「潜り抜けてない。飛んできただけ・・・紋章の力でね」 緩むことの無い殺気を綺麗に受け流してダナは微笑む。本当に楽しそうだ。 「何れにしろ不法侵入に間違いは無いな」 「そうとも言うかも」 そうとしか言わない。 「同盟のブタか?」 「嫌だな、若いのにもう老眼?僕たちどう見ても人間だし、同盟にも所属してないよ」 「俺を殺しに来たのか?」 ダナの挑発にも乗らず、ルカは冷静に返してくる。さすがに一緒に連れてきたルックやシーナとは違う。 「まさか。ちょっとルカに頼みごとがあってわざわざ遠いここまで飛んできたのに殺しちゃったら元も子も無いでしょ」 「・・・ふざけた奴め」 ルカと呼ばれた男は不機嫌そうに呟くと、剣を構えて攻撃してきた。 「ちょっ・・・おまっどうすんのっ!?」 シーナがびしょ濡れのまま慌てた声をあげる。 「どうする、て・・・こうするかな」 ダナは手元に持っていた棍をくるりと回転するとルカを迎え撃つ。 剣と棍がぶつかりあって、甲高い音を立てた。 王子と言うには荒っぽい剣技の相手を、対するダナは棍の手本でも見るように華麗に裁いていく。 「好戦的なところは、変わらないね。話ぐらい聞いて欲しいんだけど」 「死ねっ!」 「ルカの大嫌いな同盟に一泡吹かせてやろう、ていう話なんだけど」 ルカとダナは互いの獲物を交錯させたまま至近距離で見つめあう。 ルカの態度からは相手の存在が見知らぬものであることは確かなのに、ダナにとってルカという存在はとても近しいものに感じる。 テッドは考える。己の知らない、全てを託して逝ってしまった未来で何があったのかと。 不気味なまでに静かなソウル・イーターに視線をやった。 「同盟を滅ぼす手助けをするから、僕に手を貸して?」 「おいっ!」 シーナが声をあげる。 「・・グレミオさんに叱られるぞ・・・」 そういうレベルでは無いが、そうでも言わないとやっていられない。 「貴様、何者だ?」 「僕?僕は、ダナ。ダナ・マクドール」 「マクドール・・・赤月帝国の者か」 「うん。でも、もう赤月帝国なんて存在しないけれどね」 「・・・・何?」 「近々、赤月帝国改めトラン共和国になります♪よろしくね。ま、国自体の場所が変わるわけでも無いし、お互いに同盟とは仲が悪いんだから、共同戦線張らないかなぁと思って」 「皇帝はどうした?」 「退位していただきました」 「殺さなかったのか?」 「うん」 「甘いな」 「ぶーっ!!」 『ぶー』て何だ。問答の答えとしてはおかしすぎるだろ。 さすがのルカも不可解さに眉を顰め、その一瞬の隙にダナに剣を弾き飛ばされる。 ・・・いったいどこまで強いんだ。 剣は太陽の光を受けながら放物線を描き、王宮のほうへ飛んでいった。 「甘いって言うルカのほうが甘いね。僕はタダで殺してあげるほど優しくない」 「何」 「死んで楽になんてしてやらない。今まで積重ねてきた罪のぶん、苦しんで貰う。ほら、良く言うでしょ。ハイリスク・ハイリターン」 意味が違うが、わかっていて言っているに違いない。 鮮やかに笑うダナに毒気を抜かれたらしいルカは、飛んでいった剣に視線を流し舌打ちした。 「俺に何を求める。皇王ではない俺に」 「ルカにもう軍の指揮権は異動している?」 「・・・忌々しいことに、貴様の目論見通り、つい先日俺のものとなったばかりだ」 「おめでとう。ルカの野望の第一歩だね?」 「貴様は・・・いや、いい。さっさと用件を言え」 ルカの口調に諦めが入りはじめている。 「同盟がトランの北方に侵攻しようとしてる。己の土地で満足していれば良いのにね。もちろん、追い払う準備はしている。でもね、僕は二度とそんな気がおきないように徹底的に痛めつけておきたいんだ。それには公式でなくとも、トランとハイランドが裏で繋がってるのでは無いかと同盟に思わせるのが効果的。だからこちらが侵攻してきた同盟軍を追い返すのと同時にハイランドには同盟側でちょっとした騒動を起こして欲しいな、と思って」 「ちょっとした騒動な・・・他国の領土に手を出すなと言いながら俺にはそれを唆すのか?」 「唆してなんていないよ。だってルカは同盟を滅ぼしたくて仕方ないんだろうから、僕の言葉なんて切欠に過ぎないでしょ。まだ本格的に攻める時期では無いにしろ・・・多少痛い目見せてあげるのも良いじゃない?」 「お前に協力して、俺にどんな利益があるという?」 「ハイランドに攻められた同盟は必ずトランに協力を求めてくるだろう。それを無視してあげる。さすがのハイランドも二国を相手するのは大変でしょう?」 ルカの腕が伸び、ダナの首を掴んだ。避けられただろうに、避けなかった。 「ダナっ!?」 「大丈夫だから、テッド・・・ルカ、忠告しておく。やめたほうが良い」 「このまま力を入れて、貴様を縊り殺すことも出来る」 「そんなことしたらルカの首も胴体とさよならすることになるよ。僕は出来ればルカには生きていて欲しい」 テッドもいつでも反撃できるようにそっとナイフを忍ばせてはいるが、それでもルカの太い首をそれて飛ばせるとは思わない。テッドに出来なければ、恐らくシーナにも無理。風の魔法を使うルックについては、ひたすら静観しているようにしか見えない。しかしダナが虚言を弄するとは思えない。 「く・・・くっくっくっ・・はっはっはっは!!面白い!面白いぞ、貴様っ!!トランなど捨て、俺の元に来い!思う存分その力使ってやろうっ!」 「お誘いありがとう。ルカにそう言ってもらえるのは嬉しいんだけど、僕はまだトランですることがあるから。それが終わって、暇が出来たら遊びに来るよ」 「ふんっ。・・・まぁ良かろう。取り敢えずは貴様の思惑に乗ってやる」 「ありがとう」 ダナは己の首にかかっていたルカの手を外し、その掌にそっとキスして微笑んだ。 それはテッドをしてもあまり見ることのない、年相応な素直な笑顔だった。 |
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凡その予想通りルカ様登場。
でも連れて行きません。フフ