ダナ=坊ちゃん

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 ウィンディもレックナートもダナの言葉に愕然とした表情を隠せないでいる。
 『巫女王』という言葉に、それほど驚愕させるどのような意味があるのか。
 
「それは・・・それは、真の言葉にございますか?」
 口調さえ改めてウィンディが真偽を問う。
「真を問うは愚かであろう。信じるも信じぬも己次第。・・・ただ、管理者たる私が門の紋章を守るに相応しくないと判断したならば、貴女に継承者たる資格はない」
 ウィンディに向かって、ダナが手を掲げた。

「紋章よ。我が元に戻れ」

 ダナの呼びかけに、ウィンディの持つ紋章が光った。
「!?」
「そして、再び主を得るまで眠るが良い」
 紋章がウィンディから離れ、ダナの手の平の中に吸い込まれていったように見えた。
「おいっ」
 呆然と見ていたテッドは我に返り、ダナのその手を取った。
 しかしその手に門の紋章の徴は無い。
「紋章は僕の中で眠っただけ、宿したわけじゃないから。心配してくれてありがとう、テッド」
「ばっ・・・だ、誰がっ!」
 テッドの顔が忽ち赤くなる。遥か年上だというのに、ダナの言葉に翻弄される。
「ウィンディ、これで貴女はただの人だ。妹に養ってもらうも、独りで立つも、隣に誰かを置くのも好きにすればよい。ただし」
 一旦言葉を切って、ダナは微笑んだ。
 見惚れるほどに冴え冴えしい、微笑だった。
「またこの国に、僕に敵対するというのならば・・・容赦はしない」
 ウィンディは足元から崩れ落ちていく。それをレックナートが支えた。
「・・・ダナ・マクドール様」
「何?レックナート」
「紋章を私意のままに利用し、時を乱した姉をお許しいただけるのですか?」
「許す?」
 首を傾げる様は稚いというのに、その場は張り詰めたまま。
「許すと言った覚えは無いよ。ただ、見放すだけだ」
 そして、ダナは姉妹に背を向けた。
「これでだいたい片付いたから、行こうか」
「え、おい」

「待ちなよ」

 ルックと呼ばれた少年がダナとテッドの行く道に立ち塞がる。
 相変わらず不機嫌そうな顔をしているが、どこか迷っているようでもある。
「ルック」
 ダナは姉妹に向けていたものとは違い、テッドに対するように笑いかけた。どうやらルックという少年はダナの中で『友人』という位置に位置づけられているらしい。友人らしい友人など今までテッド以外に作らなかったというのに珍しい。
「意地張ってないで、聞きたいことがあったら遠慮なくどうぞ」
 意地っ張りといわれたルックは、顔を赤くして眦を上げた。ごく普通の反応だ。
 テッドは知っている。ダナには気に入った相手をわざと怒らせて楽しむという悪癖があることを。
「誰が君に・・・っ」
「ヒクサクのこと?」
「!!」
 まさか心が読めるのでは?と危惧しかねないほどダナは図星をついてくる。
「あんな奴、ルックが気にすることなんて無いのに。ルックが『ルック』であることに変わりは無いんだから」
「・・・あんた、何を知っている・・・」
「さぁ?・・・僕はヒクサクは大嫌いだから。でもルックのことは好きなんだよ?」
「さっき会ったばかりの君に何がわかるって?」
「うん。ルックにとってはそうだよね。だから、もっとわかるようにこれからもよろしくね」
「は!?」
 全く意思の疎通が出来ない二人に、テッドは人知れず溜息を落とした。ダナのほうは故意にそうしているとわかるだけに、魔法使いの少年が憐れでならない。ダナに目をつけられた時点で諦めなければならないだろう・・・・テッドだって諦めた。
「テッド」
「な、何だ!?」
 いきなり呼びかけられてテッドは目を瞬いた。
「今、何か考えて無かった?」
「べ、別に何にも考えてねぇよ!・・・今度はいったいどこに連れて行かれるんだろうな、てことぐらいで」
 慌てても嫌味を混じらせられるのは、年の功だ。
「そうだねぇ・・・色々片付けないといけないことは多いんだけど」
 色々って何だ。この上、まだ何かするつもりなのか。
「青いのと熊は置いておいて、先にコウアンに行こうかな」
「青いの?熊??」
「うん。テッドもそのうち会うと思うよ。・・・じゃ、そういうことで。またね、ルック」
「っておいっ!」
 ダナがテッドの腕を取る。
「待ちなよっ!!」
 話はまだすんでないっ!!とルックがダナの腕を取る。
 ぐらり、と空気が揺れた。














 今度こそっ!そんな思いで、テッドは体勢を立て直し、見事に両足から着地した。
「はい、到着!」
「ダナ!突然すぎるんだよっ!」
「えー、今度はちゃんと行き先言ったのに」
「そういう問題じゃないっ!」
「本当、そういう問題じゃないよ」
「「あれ?」」
 二人の掛け合いに低い声が混じった。
「ルック。どうしたの?」
「・・・君に巻き込まれた」
「そうなんだ。なら、せっかくだし一緒に行こうよ」
 ルックの静かな怒りも気にすることなく、あっさりとダナは言い手を差し伸べる。
「君は・・・っ!」
 言葉に詰まったルックに、テッドはぽんぽんと肩を叩いた。
「気持ちはよくわかる。でも諦めろ・・・・って攻撃してくんなよっ!!」
 風の攻撃魔法がテッドを襲う。人、それを八つ当たりと言う。
 ダナは二人のやりとりを微笑ましく見守っていた。
「見守ってないで何とかしろっ!!」
「やだなぁ、テッド。自分でどうにかできることを他人に頼っちゃ駄目だよ」
 自分に向かって飛んでくる風切り刃をテッドはことごとく、慌てながらも避けている。
「俺はっ、コイツを使うのは嫌いんだよっ!!」
 コイツとは、ソウルイーターのことだろう。
「ソウルも嫌われたものだねぇ。主とはちゃんと仲良くしないと・・・・・・・・・相殺せよ」
 ダナの短い呟きに、瞬時に魔法の気配が消え去った。
「ほらほら、いつまでも遊んでないで。行くよ〜」




      キミだろっ!
「元凶は                 」
      お前だろっ!!




 すっかり仲良しさんだ、とダナは笑い声をたてた。












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ルックも道連れ。