ダナ=坊ちゃん
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ふと、目を覚ましたダナは己自身と周囲の違和感に目を閉じたまま、しばし黙考した。 まず落ち着いて状況判断をするというのが、幼い頃から叩き込まれた習い。それに従い、ゆっくりと目を開けたダナは、自分が寝ている場所が間違いようもなく、己の部屋であることを確認した。 つまり、トランのマクドール家の屋敷の己の部屋だ。 自分が自分の部屋に居る。それは特におかしいことでは無い。だが、場合によってはこれほどおかしいことがあるだろうか。何しろ自分は、確かに寝るその瞬間までソルファレナの宿屋でルカと共に居たはずなのだ。 それは、己の夢でも妄想でもない。そんなものには縁が無い。 では、次なる可能性として考えられるのは誰かがダナ一人を転移させたというもの。これも却下しなければなるまい。そこまでの魔法の気配であればダナが感じ取れないはずは無い。 そして。 目の前に右手を翳したダナは、そこにソウルイーターが無いことを確認した。しかも手の大きさ、リーチの長さも小さく短くなっている。幾ら老化しないとはいえ、若返ることも無いだろう。 いったいどういう現象なのか、さすがのダナとしても判断がつきかねた。 「坊ちゃん、お目覚めですか?」 グレミオが扉の向こうから声を掛けてくる。やはり間違いなく、ここはマクドール家だ。 「起きてるよ」 「失礼します」 ダナの返事にグレミオが扉を開けて入ってくる。 「坊ちゃん。本日はお城に旦那様と一緒に謁見されるのですから、きちんと衣装を調えて、たっぷり朝食を食べてくださいね」 「・・・・・・・。・・・・・・・・」 城に。謁見。 「どうなさいました?」 どうもこうも。 「グレミオ。一つ聞いて良いか?」 「はい?」 「今年は、太陽暦何年になる?」 「453年ですが。・・・寝ぼけていらっしゃるんですか?」 「いや・・・」 むしろ、お前が呆けているのか問いたいとダナは思った。 「すぐに用意して、下に行くから」 「はい」 ぱたり、と扉が閉まった瞬間。ダナを知る人間ならば何事かと思うほどに大きな溜息をついて額を押さえた。 これが、現実だと判断するのならば。 ダナは、10年以上も過去を遡っている。しかも中身だけが。 そんなことが在り得るのか?・・・実際に一度経験している身としては有り得ないとは言えない。 では、また星辰剣の仕業なのか。ならば、ただではおかないところだが・・・あの剣もビクトールもダナにそんなことをして無事で済むとは思うまい。 「いずれにしろ、僕はまたこの時代を生きなければならないということか」 形の良い口唇に苦い笑みを刷いた。 食堂に下りたダナは、そこに父親の姿を確認して・・・この現実を再度強く認識した。 「おはようございます、父上」 「おはよう、ダナ。用意はもう出来たか?」 「はい。あとはグレミオの朝食をとるだけです」 「うむ」 言葉少なく父は頷き、ダナは着席した。 「たっぷり食べてくださいね、坊ちゃん」 「ありがとう、グレミオ」 だが、限度というものを考えてもらいたい。ダナは、目の前に詰まれたパンの山とベーコンとスフレ、野菜サラダをそっとパーンの皿に移動させた。 「いよいよお前も帝国の軍人として国のために働く時が来た。身を惜しまず、武人としての誇りをもって勤めるようにしなさい」 「はい、父上」 (・・・でも貴方はその言葉のように、この腐敗しはじめている赤月帝国で、本当に国のために、武人の誇りをもって働いているのですか?) 内心の呟きをダナはパンと共に飲み込んだ。 「坊ちゃん・・・?」 「ん?どうした、グレミオ」 「何だかお元気が無いようですが・・・お体の調子でもお悪いのですか?」 心配性のグレミオが不安な様子で覗き込んでくる。 「大丈夫だよ。柄にも無く緊張してるだけ。あ、そうだ。今日はテッドと約束してたから、来たら部屋に案内しておいてくれる?陛下に拝謁だけして帰ってくる予定だから」 「はい、わかりました」 少しずつ、ダナも腹を括り始めていた。 (良いだろう。誰の仕業が知らないが、最大限に利用させてもらおう。テッドの命も、グレミオの命も・・・そして、数多失われたはずの人々の命も、この手に掬い上げてやろじゃないか) 食事を終えた、ダナはそれは美しい笑みを浮かべた。 それを目にした一同が、ぞくりと背を粟立たせたことは知らない。 |
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というわけで、IF(もしも)シリーズの新章開幕です!(笑)
IFシリーズ同士は繋がっているように見えて、繋がっていないので
これはこれ。それはそれ。と楽しんでいただければ幸いです♪