■ 景王と愉快な仲間たち ■
−伍−
慶国赤楽100年。 同時代には、数百の齢を重ねる国も幾つかあるが、最近これほどに長命の朝を迎えたことのなかった慶に おいていは、まずは長いといえる治世である。かつ、一人の王の治世が百年続けば政治が落ち着き経済も 発展する。また百周年という祝いの年でもあり、いつにもまして慶は活気付いていたのだが・・・・ 「・・・主上、もしやこうなることも全て見通されておられたのですか?」 「あ?」 予選会も無事終了し、本選に進むことが決定した陽子は再び溜まっていた書類に囲まれていた。 そこに追加書類を持って現れた浩瀚の言葉である。 うんざりとなすがままに御璽を押していた陽子が、顔をあげる。眉間に皺が寄っていた。 「武道会の影響で、非常に我が国の経済が活気づき、景気も上向いているようです」 「ふーん」 「主上・・・」 さして感動も無さそうな主に文句があるらしい浩瀚は、書類の山に山を重ねた。 陽子はその山を恨みがましい視線で睨みつけながら、筆を置いた。 「あのな、浩瀚。お前に比べればまだまだ未熟な私とはいえ、いい加減百年も王なんてやってれば学習する。今の 武道会によってもたらされた景気は、言ってみれば『幻』だ。武道会が終わってもしばらくは影響が残るかもしれ 無いが、いつまでも調子に乗っていると痛い目を見る。そのくらいはわかっている」 「確かに主上の言は正しかろうと思います。ですが、主上は慶の民を見縊っておられる」 「何」 陽子の、時に貫くように苛烈な視線を正面から受け止めることが出来る人間は稀である。 その稀な人間のなかでも特に稀人である浩瀚は、その視線を受けてにこやかに微笑した。 「この程度で調子に乗って、身代を崩すほどに慶の民は馬鹿ではございません。それぞれが、それぞれの人生に 責任を持ち、胸を張って生きていくように・・・そのように民に主上が求められ、民もまたそうありたいと願いながら この百年という時を過ごしてきたのです。そんな民を主上は信じておられませんか?」 「まさか。・・・私は私の民を誰よりも信じている。だからこそ、誰よりも心配だし不安なのだ。またそんな思いを 抱けるのも私だけの特権だ。違うか?」 浩瀚は静かに首を振る。 「余計なことを申しました」 「らしくないな、浩瀚。それがお前の仕事だろう、私の不興など気にもしないくせに」 「とんでもない。臣めは、主上への忠言の度に身が細る思いでございます」 「それはそれは、仙で良かったな」 「誠に」 一つ間違えると隣国の主従のように嫌味の遣り取りになりかねないが、この二人の間に漂う空気は応酬している 間もどこか穏やかで、温かいのだ。 「それから、今一つ懸案がございまして・・・」 「治安か?」 「御意」 盛大な出来事があればあるほど、人は嵌めをはずすし、また無頼の輩も流れ込んでくる。 避けようが無いことだ。その被害をいかに最少に抑えるかが問題なのだ。 陽子の一言で決まってしまった今回の『天下一武道会』だが、蓋を開けてみると雑務が山積していた。 参加者の一人だった陽子は、大部分をさぼっていたのだが浩瀚は連日大変だったらしい。 いつものことだが、浩瀚さまさまである。 「他国からの協力を得られると報告を受けているが」 「はい。雁、奏、戴・・近隣の三国から一卒相当数の兵士の派遣の打診がありました」 「一卒か、随分キバッたな」 「気張ったというより・・・どうも、武道会への参加者の護衛に近いのではと・・・」 正確には見張りというか。 「ん?・・・・ああ、そういえば・・雁からは延王が刀剣部門で優勝されたと聞いたし、奏も利広はともかく利達殿も ご参加とか、ありがたいかぎりだな」 「・・・・・・・・・・」 浩瀚は黙秘した。 「戴も、泰王は参加を見送られたらしいが李斎の名が挙がっていたな」 「つまり、各国とも・・・」 「王もしくはそれに近い人間がまじっているわけか。あはは、皆暇だな!」 「・・・・・・・主上」 笑い事では全く無い。王の即位式でさえこれほど豪華メンバーが揃うなど有りえないだろうに。 疲労感に苛まれ、ついつい浩瀚は額に手を当ててしまった。 「どうした浩瀚?疲れているなら、遠慮せずに休養をとれよ。お前一人の体では無いのだから」 「・・・・・・・主上、そのような発言は多分に誤解を受けますのでお控え下さい」 「だって事実だろう。お前が倒れてみろ。うちの政は立ち行かなくなることは確実だ」 「主上・・・・・」 「うんうん、それほど頼りにしてるってことだ。さすが浩瀚!凄いぞ浩瀚!」 陽子が言葉を重ねれば重ねるほど、浩瀚は疲労を覚えた。 「・・・とにかく、治安に関しまして打つ手は全て打つつもりでございますが、主上にもくれぐれもご油断なきよう。 お願い申し上げます」 「わかった。会場のまわりには使令を他所の麒麟からも貸し出してもらってうろつかせる予定だから」 「・・・・・・・・・。・・・・・・・・・」 「もちろん遁甲させて、だぞ?」 当たり前だ。使令が堂々とうろついていたら、それこそ試合どころではない。 「いいか。今回の私の目標は『打倒★延王っ!』だ。浩瀚も応援してくれるだろ?」 「それは・・・・まぁ、臣めの主は主上ですから」 「・・・というわけで、この書類の山は何とかならないか?」 「なりません」 やっぱり駄目かぁ、と予想していた陽子は落胆した様子もなく書類の山に手をかける。 許可してもらえないなら、さっさと終わらせるに限ると覚悟を決めたらしい。 ここ数年見たことがないような、一心不乱で御璽を押す主の姿に・・・・・・・浩瀚は目頭を押さえたのだった。 |
え?軍隊は他国に入れないはずでは・・・という疑問は
まぁ、その・・その・・いつか解決するでしょう(おい)