<前編>
目を開けると、半透明の物体が号泣していた。 ――――・・・何故、こいつが・・・・? ――――・・・・・・。 ナルトは開いたはずの目を閉ざし、これは夢なのだと念じる。 「ナールートーく〜んっ!」 それなのに、幻聴まで聞こえはじめる。 ――― 空耳だ。そうに違いない。 ナルトは再び己に言い聞かせる。 「ナルトく〜んっ起きてくれないと・・・・」 ごそり。 「―――っ!!てめぇっ!!人の布団に 潜りこんでんじゃねーっ!この変態親父が!!」 「おはよう♪」 飛び起きたナルトに、天に還ったはずの注連縄がにこやかに挨拶した。 「――― で、いったい何の用で化けて出やがった?」 半透明の体でどうやって作るのか、相変わらず謎な朝食を口にしながら、ナルトが食べるのを 嬉しそうに眺めている注連縄に問うた。 この状態は鬱陶しいこと限りなかったが、どんな攻撃をしようと目の前の幽霊には効果が無いので ナルトにも打つ手が無い。 「ふふふふふふ〜、ナルト君がねぇ、僕の螺旋丸を覚えてくれたって聞いたから嬉しくって!居ても たってもいられず還ってきちゃったv」 「・・・・・・・」 『還ってきちゃったv』―――なんて軽く言えるほどあの世とこの世の行き来は簡単なものなのか。 「・・何でお前がそんなこと知ってんだ?」 「カカシ君がお墓参りに来たときに教えてれたんだよv」 余計なことを!・・・カカシ、殺す! ナルトは心に決めた。 「お祝いしよう!お祝い♪」 「・・・勝手に一人でしてろ」 付き合いきれないとナルトが言うと、途端に目を潤ませる。 「ナ・・ナルトく〜んっっ」 びしっびしっと家鳴りがして、家が震え始める。 古い建物はそうでなくても傷みが激しいというのに、こんな衝撃を与えては崩壊しかねない。 ――― 勘弁してくれ・・・ どうしていつもは体が足りないほどに忙しいのに、今日に限って表も裏も任務が入っていないのか。 それを口実に逃げることが出来たのに・・・作為的なものを感じずにはいられない。 「ナルト君・・・」 火影にもなった男がまるで飼い主に叱られた犬のように、ナルトを見上げてくる。 ――― 幽霊は幽霊らしくあの世で大人しくしていろ・・・ 心からそう思ったナルトは大きく長い息を吐き出すと、全てを諦めたかのように再び「勝手にしろ」と 呟いたのだった。 「・・・何があった?」 恐ろしく疲れた様子のナルトが歩いているのを見かけたシカマルが、いつものセリフも忘れて 声を掛けてきた。 「ああ、シカマル・・・ちょっとな」 どんなにハードな任務でも平気でこなしていたナルトの相等参っている様子に、ただ事では無いと 判断する。 「・・・俺で良ければ、相談に乗るぞ?」 「・・・・・・・本当か?」 もちろんだ、とシカマルは力強く頷く。 ナルトには数々の借りがある。ここで一つ返しておくのもいい。 多少打算含みながらのシカマルの肩を、がしっと掴んだナルトは、その目に物騒な光を灯す。 彼を巻き込むことを決意したのだ。 「実はな・・・・」 (・・・馬鹿なことを言っちまった・・・・) ナルトに連行されたシカマルは何となく・・・いや、かなり嫌な予感がしていた。 そして、その予感はまさに的中した。 何しろ、ナルトの家の玄関をまたぐと、皿が目の前をふよふよと漂う光景に出くわしたのだ。 すっと視線を逸らすと、キッチンでは持ち主の居ない包丁が勝手に小気味よく野菜を刻んでいる。 「―-―― ナルト」 ちょっと用事を思い出した、と言って逃げ出そうとしたシカマルの腕をナルトは、目にも止まらぬ 早さでしっかりと捕まえた。 「ゆっくりしていくよな?シカマル?」 「・・・・・・・・」 笑っているが、ナルトに隙は無く、殺気だっている。 逃がすつもりは無いらしい。 「あ、ナルトく〜ん!お帰り〜っ」 「!?」 どこからか声が響いてきて、シカマルは目を見開いた。 「ナ、ナルト・・・今の!?」 「・・・シカマル、もしかしてお前・・・霊感強い?」 「・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・」 シカマルは答えない。 つまり、そういう類のことが、今ナルトのこの部屋では起こっているらしい。 「うわvね!ね!その子、ナルト君のお友達!?紹介して!」 「・・・鬱陶しいっ!まとわりつくな!!」 というナルトの言葉からすると、どうやら声の持ち主はナルトの右肩あたりに『居る』らしい。 「初めまして!僕はナルト君のパパでーす♪」 「パ・・・・パパ??」 「通りすがりのただの幽霊だ」 目を白黒させているシカマルにナルトが間髪いれず否定する。 「酷いっ!こんなにパパはナルト君のことを愛してるのにっ!!」 「だったら、さっさと成仏しろ!」 「・・・・・・・・・」 「会いにきたばっかりなのにっ!そんなにナルト君は僕のことが邪魔なのっ!?」 「あー、邪魔邪魔。すっげー邪魔!」 ぎしぃっっばぎぃっ! 「・・・・・・・・」 玄関の外で、何かが確実に破壊された音がした。 シカマルの頬を冷や汗が伝い、落ちていく。 「人の家を壊してんじゃねーっ!」 「ナルト君が酷いこと言うから〜っうわーんっ!!」 (うわーんて・・・うわーん、て・・・・・・) 「うるさいっ!文句があるならさっさと成仏しろっ!」 「嫌だもんっ!ナルト君の傍に居るーーっ!!」 「死んだ奴が我が儘言ってんじゃねぇっ!非常識もほどにしろっ!」 「ナルト君の親不孝者〜〜っっ!!」 「親らしいことなんて何もしてねぇくせに!偉そうなことを言うなっ!」 「・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・」 親子喧嘩なのだろう、きっと・・・これは。 ―――巷ではちょっとお目にかかれない、片方が死んだはずの幽霊であろうとも。 「だからこうして、お祝いをしに還ってきたんでしょう!どうしてわかってくれないの!?」 「わかってたまるかっ!」 もっともである。 シカマルは玄関に突っ立ったまま、上がることも帰ることも出来ず硬直している。 下手に動いてお鉢がこちらにまわってくれば災難だ。じっとしているのが懸命だ。 「・・・・わかった!ナルト君がそんなに言うなら・・・ずっと離れなくていいように取り憑いてやるっ!」 「はんっ出来るもんならやってみろっ!!」 売り言葉に買い言葉。 ヒートアップした親子喧嘩は最終局面へと突入したらしい。 「ふふ〜んっ!何もナルト君に取り憑くとは言ってないもんね!」 「は?・・・・てめっ!」 「え?」 ナルトの視線がシカマルのほうを向いた。 ぞくり、と背筋があわ立つ。 「お邪魔します♪」 頭上で声がした。 (ちょ・・・ちょっと待て〜〜〜ぇっっ!!!) シカマルの心の叫びもむなしく、ふ・・と意識が遠くなった。 |