黎
-レイ−
<中編>
『本日休業中』 「・・・何だ、これは?」 火影の元へ任務報告をしようと朝一番にやってきたネジは、執務室の扉にかかる看板に眉を顰めた。 「何って、見たまんまだ。めんどくせー」 執務室の脇にある補佐官室から顔を出したシカマルがネジに答える。 その顔は相変わらず言葉とおりいかにもだらけていたが、目の下にはくっきりとした隈が浮き出ている。 「全く、おかげで昼寝する暇もねー」 まだ朝だ、早朝と言ってもいい。 「六代目はどこへ?」 「さぁな」 そんなことをおいそれと口に出していては勤まらないのが補佐官だが、本日ばかりは本当にシカマルも 知らなかった。ただ、『誰のところへ?』と聞かれたならば答えはまた別だったかもしれないが。 「報告だったら受け取るように言われたぜ」 とっとと出せと、ひらひらと手を振るシカマルに白眼を細めながらもネジは報告書を差し出した。 「んで、一週間休みだってさ」 「・・・・・・・・・・は?」 「六代目からだ。休暇を取れとさ・・・未練が残らないように」 ネジから表情が消えた。 「・・・・あいつはいったい何を始めるつもりだ?」 「さぁ?」 「・・・・・」 あくまでシラをきるシカマルに、ネジは無言で背を向けた。 その頃、『本日休業中』のナルトはカカシと一緒に少し早めの朝食をとっていた。 「あのね、ナルト・・・確かにナルトの一日を頂戴って言ったのは俺だけどね、何も日付変更時間きっかりに 枕もとに立つことは無いと思うんだけど・・・?」 何が化けて出たのかと、肝を冷やしたカカシである。 「一日は24時間。当然のことだろ」 とりあえず目を覚ましたカカシに朝食を作らせ、二人して食卓を囲んでいるのである。 普段ならば絶対にありえない光景に誰かが居れば、夢だと信じ永遠の眠りにつきかねない。 「ねぇ、美味しい?」 「普通」 カカシが顔を綻ばせる。基本的に何にも執着することの無いナルトだが、決して味オンチというわけでは 無い。その裁定はかなり厳しい。 ゆえにナルトの『普通』という評価は及第点をもらえたと了解して間違いは無い。 「それで、何をする?」 食後のお茶を飲みながらナルトが尋ねた。 「んー、そうだね・・何をしようかな・・ナルトは何がしたい?」 「それを俺が聞いている」 「じゃ、デートしようvデート!」 ふざけるな、と言われることを覚悟しながらのカカシの言葉にナルトは無言で立ち上がる。 「ナルト?」 「さっさとしろ。『デート』とやらをするんだろ」 「!・・うんっ!」 その光景はまるきり『散歩に行くぞ』と飼い主に言われた犬そのものだった。 久々に火影の衣裳では無く、地味な上忍服をまとったナルトはご丁寧に髪まで黒に変化させていた。 木の葉で金髪を持つのはナルトただ一人。そのままで歩けばすぐに人に取り囲まれる。目立って仕方ない。 ただ今、朝の8時。もちろんほとんど店は開いていない。 だが、開いている場所もある。それが忍としては必須の武器等を扱う店である。 ここは基本的に24時間営業で、街の奥まったところに看板も無くひっそりと在る。 こんなところがデートコースというのは色気も何もないが、カカシとナルトらしくもあった。 「こんにちわ〜」 「お邪魔する」 「おうよ、らっしゃい!・・・と、これは、六代目」 景気のいい物言いの割に神主風のかっちりした装束を纏った男が、奥の扉の向こうから現れた。 一瞬誰だかわからなかったようだが、秀麗な美貌は見間違えようが無い。 その隣にカカシが居ることも驚きだっただろうが、それについては言及しない。 それこそが、ナルトがこの武器屋を贔屓にしている理由でもある。 「これを頼めるかな?」 カカシが懐から布を取り出し、店主の前で広げた。 クナイが5本現れる。 「毎度。仕上げはいつまでで?」 「夕方まででよろしく」 「合点承知」 頷いた男は、再び丁寧に布に包み一旦奥へと消え、再び戻ってきた。 店内の壁を見ていたナルトが店主に視線を向ける。 「タクミ」 「へい」 「月清(つきさや)はあるか?」 「へい、あります。お持ちいたします」 再び奥へ引っ込んだ男が、今度は両手で白檜の長細い箱を捧げ持つように運んで来た。 ナルトは面前に置かれたその箱の蓋を静かに開けた。 中にはあまり飾り気の無い一振りの刀が横たわっていた。 「持ってみろ」 「え!?俺っ?」 ナルトが注文していた刀だろうと思っていたカカシは、急に話をふられて本気で驚いていた。 「・・・俺が持っていいわけ?」 「さっさとしろ。しまうぞ」 「わわわわっ、待って待って!」 慌てたカカシは、柄に手をかけた。 今まで持った中でも、最高にしっくりと手にくる。 持ち上げて鞘をゆっくりと抜くと、冴え渡る闇夜の月のごとく鋭く玲瓏たる刃が現れた。 「・・うわ、これ・・・凄い業物だね・・・」 「当たりめーよっ!先代の最期の作だぜ」 タクミと呼ばれた男が自慢気に鼻の頭をこする。 名匠と呼ばれる人間は、己の腕の衰えを知る。先代はこの剣を鍛えた後は、二度と剣を鍛えることは 無かった。ゆえに「最後」で「最期」の作なのだ。 「俺に贈られたものだ」 「え、でも・・・」 「俺にはすでに愛刀があったからな。浮気をしては機嫌を損ねる。だからここに預けていた。お前にやる」 「え!?」 危うく引き抜いた鞘を取り落としそうになる。 名匠として名高かった先代の作である。金額にすればまさに桁外れの値段がつくはず。 しかもこれはナルトに贈られたものだ。 「文句があるか?」 「いやっ、文句って・・・こんな凄い業物に文句なんてとんでも無いけどね・・・こんなものおいそれとくれちゃっ ていいのかな、て」 「俺が誰に何を贈ろうと、お前が気にすることじゃない。気に入ったならば持って行け。倉庫で腐らせておく より余程剣も喜ぶだろう」 「ナルト・・・・ありがとう」 SSSランク任務で里を出るカカシへの手向けといったところか・・・。 手入れに出したクナイと共に受け取ることを約束して、二人は武器屋を後にした。 外へ出ると、僅かに行き交う人の姿も増えていた。 時折二人が通り過ぎると首をひねりながら立ち止まり、再び歩き出す。 「いい気分だね〜、美人を連れてると格別!」 「何を今更」 ナルトはふんと冷笑する。 「ん?」 「今でこそ落ち着いたが、昔はとっかえひっかえ違う女を連れて歩いていただろうが」 「え!?いや(汗)・・えぇ!?い、いつの話!?」 ナルトと出会ってからは、どんなに言い寄ってくる美女が居ても袖にもかけなかったはずだ。 「さぁ・・・お前が俺の担当上忍になる前だったかな」 「!?そ、そんなの時効だよ、時効!ナルトと会ってからはナルト一筋なんだから〜」 浮気が彼女にバレそうになった男のようである。 「あ、そう」 「あ、そう・・てそんなあっさり・・・」 しくしくとへのへのもへじを地面へ書き始めたカカシの背に蹴りを入れる。 「ほら、行くぞ。次はどこだ?」 「えーとね。あそこ!」 カカシが指差したのは映画館だった。 上映内容は『イチャパラシリーズ』かと思いきや、今話題となっている雪姫主演のアクションものだった。 ナルトにも楽しんでもらえるようにとの配慮だったのだろう。 映画を見終わると、二人は昼食をとるために一楽に現れた。 ナルトが六代目となった今も、気を張ることなく食事ができる場所の一つでもある。 少しばかりデートらしくなってきた。 |