再ビ見エル 2
「どうした、ナルト?」
宿場町に向かう途中、突然足を止めたナルトに自来也が問いかける。
「・・いや、何でも無い」
どころでは無い。
里に張り巡らしているナルトの結界が震えた。一定以上のチャクラの発動を感知すると反応する
その結界は、ナルトに何者かが里内で交戦中であることを知らせた。
誰か・・・この場合、一方はイタチだろう。
ナルトが里を出れば必然的についてくるだろうと思っていたのに、まだ里の中でごちゃごちゃしているらしい。イタチらしいといえば、イタチらしいが。優秀なくせにどこか抜けている。
「自来也、あんたカカシに何か言った?」
「ん、あーまぁ・・・ちょこっと、のぅ」
口を滑らせた訳だ。
ナルトは、ことさら大きな溜息をついてみせた。
人手不足のため連日任務に借り出されていたカカシが、丁度イタチが戻ったときに里に居たとは
運がいいのか悪いのか・・・。ナルトは、自分とイタチがかつて親密な間柄にあり、任務も一緒に組んでいたことなど誰にも口にしたことは無かったが、イタチの狙いがナルトにあると自来也に聞いた
カカシならば、必ずイタチの足止めをしようとするだろう。
だが。
カカシの奴には無理だ。
ナルトは冷静に即断する。常に暗部の厳しい環境に身を浸していたころならばともかく、下忍の教官となって暗部をしりぞき、勘を鈍らせたカカシではイタチの相手になどならない。結果は見えている。見捨てるか、否か。
「ナルト」
「・・・・」
まぁいい。
カカシも、悪運だけは強い男だ。
「お前、やはり四代目とよう似とるのぅ」
「は?」
いきなりの自来也の言葉に、ナルトの顔が不快げに歪んだ。
「お前も四代目も、表面的には酷く人なつっこそうに見えるがのぅ、その実。なかなか本心を露にはせんところがそっくりだ!」
「・・・忍がそうやすやす本心見せてどうすんだよ。そういうなら、あんただって同類だ」
「儂ほど裏も表もない人間はそうはおらんぞ」
「よく言う。コレなんか裏ばっかじゃねぇか」
と、ナルトの手にいつの間にか現れたのは、カカシの愛読書『イチャイチャパラダイス』だった。
「!それはっ!」
「じっちゃんのとこ置いてあったやつ。いちいちこんな手のこんだ報告書を裏も表も無いとか言う奴は作らないだろ。しかもカモフラージュか何だか知らないが、あちこちに複製品バラまいてやがるし。万一解読されたらどうするつもりなんだ?」
「あいや、趣味と実益を一致させたまで!だいたい、一般に出回っとるものはたとえ解読できたにしろ全く本物とは違う内容になっておる」
「ホント、馬鹿だろ。あんた・・・・」
いちいちそこまで手間をかける必要は無い。
「ふーむ、だがそれをお前が解読していたということは、イタチのこと。すでに知っておったんじゃな」
「今さらだな。オレに言わせれば、大蛇丸なんかよりイタチのほうがずっと危険だ。・・大蛇丸の奴は
他人の体に寄生することを選んだ時点で、終わっていた。いくら優秀な躯を選ぼうと、異なる精神と
肉体を完全に一致させるなんてことは、不可能だ」
「だが、その大蛇丸によって里は壊滅状態だかのぅ」
「いいんだよ。あれで。じっちゃんの寿命も近づいてたし、思い残すことなく逝けただろ・・・それに木の葉が弱味を晒すことで、尻尾を出す連中もたくさんいるしな」
あくまで冷静さを失わないナルトに、自来也はぺちりと額を押さえた。
「一石二鳥どころか、お前は五鳥ぐらい捕まえそうだ」
「さぁ、捕まえられるだけ捕まえてやるつもりだけど。・・・ちなみに次の街は別行動でいいのか?」
さすがにイタチもケリをつけて追いついてくるだろう。だが、ナルトの傍に自来也がつかず離れず
居たのでは、最悪「また今度」なんて話にもなりかねない。
「自分を餌にして釣り出すつもりか?」
「いつまでも後をついて来られるのは鬱陶しい・・・それともやっぱオレが抜けるんじゃ無いかって心配だってばよ?」
無邪気なドベの顔で首を傾げれば、自来也は呆れたように肩をすくめた。
「お前がそうするつもりだったなら、とっくに抜けておっただろう。今更じゃな」
「そう。・・・・今更、なんだよ」
今更ナルトが誰かの手を取るなど有りえないのだ。
僅かな気配を辿り、追いかけて。イタチと鬼鮫は二人が宿場街に入るのを見届けた。
「イタチさん、どう・・・」
どうしますか?と問いかけるように振り向いた鬼鮫は、そこに今まで見たことのない愛情に満ちて
慈しむように目を細めるイタチに言葉をなくした。誰を見て、そんな眼差しを注いでいるのか、問うま
でもなくわかりきっている。生まれ育った里や、一時期とはいえ同僚であった者たち敵対したときさえ
その表情を一片たりとも変えなかったイタチが・・・。
(大きくなった、ナルト・・・)
「・・・・あなたにとって、いったい『うずまきナルト』とは何なのです?」
「全てだ」
迷うことなく言い切った。
「それは、それは・・・ますます会うのが愉しみになりましたね」
「愉しむのはいいが、油断するな。・・・消されそうになっても手は貸さない」
「はぁ」
「あの子に嫌われたく無いから」
「は・・・・・・・?」
先ほどから、イタチとは思えない言動の数々に鬼鮫の頭の中は疑問符で埋め尽くされている。
そんな鬼鮫を気遣うことなく、イタチは行動を開始した。
ああ、来たな・・
だんだん部屋に近づいてくる懐かしい気配に、ナルトは口角を上げた。
簡単に気配を殺せるくせに、殊更こちらに知らせるように鮮やかな気配がナルトを探っている。
さて、どうしたものか。
無視して姿をくらましてもいいが、イタチも覚悟を決めてナルトと会おうとしているのだろう。
・・・会うのはどこまでもドベのナルトであっても。
抜け忍になってまでも、望みを果たそうとしたイタチ。
どれほど強くなった?
オレを愉しませてくれるか?
「・・・しかし、こんなお子さんに、あの九尾がねぇ・・・・」
イタチだけだったなら、遊び相手になってやるのもいいかと思っていたナルトだったが鬼鮫ばかりか
サスケまで現れてはそうもいかない。
キレて周囲などまるで見えなくなったサスケは、イタチにつっかかるだけつっかかって、あっさりと
戦線離脱してしまった。・・・・・・・ナルトは内心であきれ果てていた。直情径行もここまでくると、いっそ
笑うしかない。少しは頭を使ったらどうなんだ?自分と相手の力量の違いも測れないのか。
イタチから助けてやるのも面倒だな、と思っていたら自来也のほうが先に動いてくれた。
岩宿の大蝦蟇の食道?へぇぇ・・後で教えてもらおう・・
敵が大勢の場合に丸ごと呑み込んで消化させてしまえばいいし・・・使い用によっては、手間が省け
ていいかもしれない。誰も抜け出せた奴は居ないと言ったわりに、あっさりイタチに突破されてしまっ
たけれど・・・・・
「・・・・・役立たず」
「お前のうっ!」
黒炎を封印し終えた自来也に、ぽつりと落とされた台詞は結構キツイ。
「イタチは無理でももう一方のほう捕まえて尋問できたら暁のこと吐かせられたのに」
「あいつがそう簡単い吐くようなタマか」
「別に本人が望まなくったって知る方法なんていくらでもある」
「お前・・・」
幼いナルトの顔にいつもの無邪気さなどなく、冷酷さが冴え渡る。
「・・・オレ、ちょっと追いかけてくる。あんた、適当に後から来るやつ相手しておいて・・・サスケもあの
様子じゃ入院間違いなしだろ」
「ちょ・・っおいっ」
待てをかける前に、ナルトの姿は影分身を残して消えてしまった。
* * *
大技を使ったせいで、体に支障をきたしたイタチは木の葉を出たところで小休止をとることにした。
「ここでは追っ手がかかる可能性がありますよ」
まぁ、きても返り討ちにしてやるだけですが、と笑う鬼鮫にイタチも笑った。
「?」
「・・・どうかな、お前には出来ないだろう」
「・・・どういうことです?」
「こーいうこと」
「!?」
いったいいつの間に近寄られたのは、まるで気づくことができず誰かに背中をとられた鬼鮫が息を
呑み、硬直した。
「無駄な足掻きはするな。・・・無事に『暁』に戻りたければな」
落ち着いているが幼い声・・・ごく最近耳にした・・・
「・・・・・・・」
足掻きもなにも、鬼鮫の体は金縛りにあったように己の意志で動かすことが出来ない。
「・・・そう、脅かさないでくれ・・・・ナルト」
鬼鮫の影に隠れていた小さな体が、イタチの前にさらされた。
「ああ、漸く・・・会えた」
写輪眼の消えた黒い瞳が、まぶしげに細められる。
「・・・久しぶり」
構えていたクナイを収めてナルトはゆっくりとイタチに歩み寄り、一定の距離をとって立ち止まった。
「さっきはあまり話せなくて残念だった・・・邪魔が入らなければもっとゆっくりするつもりだったのに」
「・・・相変わらず馬鹿なこと言ってるな。お前、自覚してるか?抜忍なんだぞ」
「もちろん。だから、ナルトに会うことが出来なかった」
「自業自得」
親しげな会話が繰り広げられる中、鬼鮫は動きをとどめられたまま驚きの表情でただそれを見て
いることしかできない。
「随分早かったな。もう少しかかると思ったけど?」
「そう、もう2,3年遅くても良かった・・・私が我慢出来なかった、ナルトに会いたくて」
「・・・・・・・」
「もう、代わりを見つけてしまった・・・?」
「そう簡単に見つかるなら苦労しない」
ぶっきらぼうな台詞に、イタチが嬉しそうに笑いを漏らした。
「カカシさんと仲良くしているらしいが?」
「冗談はやめろ」
心底嫌そうな顔になったナルトに、イタチは少し寂しげに寄りかかっていた木から身を起こした。
「・・・わかってはいたけれど、私の知らない日々があるというのは、つらい・・・」
「選んだのは、お前だ」
ナルトと別れ、里を裏切り、己の望むものを追い求めることを決めたのはイタチ自身。
ナルトに同情も憐憫も無い。
「昔よりずっと、強い力を感じる・・・大きくなった」
「年食ったからな」
12歳の台詞では無い。
「お前は・・・・目が、悪くなったか?」
「ふ、ナルトには隠し事が出来ない」
「写輪眼は、たとえ継承者であってもその体に負担を与える。カカシの奴なんか少し使っただけでも
寝込むほどだ。・・・サスケ自身がそうでも無いのは、まだ使いこなしてないからだろうな。血継限界
の力は使いこなせれば有益だが、有害でもある。頼り切っては腕が鈍る」
「ありがとう、私のことを心配してくれて」
「・・・・・本当、相変わらずだな。イタチ」
幼く華奢な体をイタチが包み込んだ。
「 漸く、名を呼んでくれた」
ナルトは大きく溜息を吐いた。
「今のオレとお前は敵だって、わかってるか?」
「私は、ナルトの敵になった覚えは無い」
「オレの中の九尾を狙ってる時点で十分敵だろうが・・・」
「それは暁の意志。私は本当に望んでいるのは、今も昔もナルトただ一人だけだ」
「・・・・・・・。・・・・・・・」
常人であれば赤面しそうになる台詞も、イタチは平然と口にする。
久々に聞くその睦言を、ナルトは顔色一つ変えず聞いていた。
「・・・お前の連れが呆れてるぞ。まさか”あの”うちはイタチがこんな変人だったんてな」
背後で固まったままの鬼鮫を示す。
「ああ、そうか。鬼鮫が居たのか」
すっかり蚊帳の外。存在さえ意識の外に追いやられていたらしい。
イタチはナルトが絡むとその視界が極端に狭くなる。
本当にどうしようも無い。
ナルトの口からくつり、と笑いが漏れ出した。
「それで、今回は一時撤退か?」
「私がこの状態では・・・ナルトが自分でついてきてくれるというので無ければどうしようも無い」
「まぁな。オレは木の葉を離れるつもりは無いし・・・」
「幸せは、未だ滅びと共に・・・?」
感情の無い、それでいて何もかも見通すような蒼海の瞳が・・・イタチを見つめ、その頬に冷たい
手を当てた。白い白い手・・・だが、その手は幾万もの血を流してきた。
「覚えていたのか」
「ナルトのことは何一つ、忘れない・・・」
苦笑し、イタチの腕の中からするりとナルトは抜け出した。
「オレのことなんて・・・忘れろ」
「忘れない」
「 いつか、オレは暁を潰すぞ?」
「いいよ」
あっさりと肯定する。
「ナルトが望むことが、私の望むことだ」
「オレは、お前に忘れろって言ったのに?」
「嘘だと知っている」
「・・・・大した自信だ」
ナルトは、イタチを見上げた。
「もう少し、縮んだと思ったんだけどな・・・成長しすぎ」
「そのうち、ナルトもすぐに追いつく。成長したナルトの美しい姿が、目に浮ぶ」
「浮かべるな」
一つ結びにしたイタチの後ろ髪を引っ張り、掠めるように口づけた。
「ナルト・・・」
「追忍がかかる前に行け」
ぱちん、と指が鳴り、鬼鮫の硬直が解けた。
鬼鮫が警戒するように、鮫肌を抜く。
「”鮫肌”か・・その程度で満足してちゃ、こいつには付き合えないぞ。オレが本気ならお前がそれを
振るう前に首を落としている」
にっと、笑う。
「うずまき、ナルト・・・」
「じゃ、またな」
鮮やかに、姿を消す。
金の残滓だけが視界に焼きついた。
「イタチさん・・・アレ、は・・・うずまきナルトは・・・」
青白い顔がますます青白くなっている鬼鮫に、イタチは微笑を浮かべたまま・・
「私の、奥さんだ。いや・・・旦那か?」
「・・・・・・・・・・・・・・は?」
そう、戸籍は未だに『うずまきイタチ』のままだった。
それこそが、イタチが今回わざわざ木の葉に顔を出して得た最高で唯一の収穫だった。
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