黄金(きん)の夢 2
「ああ、そう言えば」
「あ?」
街道沿いの甘味処。人並みに甘いものが好きなナルトの要望にしたがって、入店した二人。
人並みに甘いものが苦手なシカマルはコーヒーをすすりながら、煎餅をかじる。
その目の前で、ナルトはチョコレートケーキが一つどーんと乗っかったパフェを食している。
見るだけで胸焼けしそうだ、とシカマルは視線をそらしていた。
「いつだったか、お前、うちの馬鹿親父の霊につかれて甘味処に入ったことがあっただろう?」
「・・・いつの話だよ」
もう五年になる。
「あのときイノに偶然会っただろ?後で不審がられなかったか?」
「今ごろ聞くなよ・・・何か妙な薬を持ってこられて大変だった」
そのときの苦労を思い出したのかシカマルの顔がげっそりとやつれる。
「くっくっくくく」
「誰のせいだと」
うんざりした顔のシカマルの前で、ナルトは上機嫌に最後の一口を口に運んだ。
「なかなかの味だったな」
「よく食うな・・」
ナルトはにっと笑った。
招待されていた城にたどり着いて、ナルトはその大門を見上げた。
「小さいな」
「おい」
「まぁ、里のがちょっとおかしいくらいでかいだけなんだが・・・」
「まぁな」
「公の入り口はあそこだけだから、監視するにはいいが、穴あるからなぁ」
よく抜け出して遊んだし、と今さらの告白に乾いた笑いが聞こえる。
「そこの者!」
何事か門の前で小声で話すばかりで、動かない怪しい二人連れ・・・もちろん、言うまでも無く、
ナルトとシカマルである・・・に門番が声を掛けて来た。
「怪しい奴ら。城に何用か?」
棍棒を突きつけられる。
ナルトはその先を形のいい爪でつつくと、苦笑した。
「何用、て言われてもね・・・用があるのはそちらなんだが?」
「なに?」
傘で顔の見えない二人に門番は不審を募らせる。
「おい、ナルト。めんどくせーことするなって」
「め・・めんどっ!?」
シカマルの言葉に門番のほうが反応する。
「シカマル。お前のせいで怒ってるぞ」
「俺が、何をしたって・・めんどくせー」
いかにもやる気の無さそうなシカマルに、馬鹿にされたと思った門番の顔が真っ赤になる。
「貴様らっ」
突き出された棍をひょいとかわし、身を乗り出す勢いを利用して足を払う。
門番は一回転して背中がら地面に打ち付けられた。
「おいおい、少しは容赦しろよ」
「シカマルのせいだろ」
門番の頭上では責任のなすりあいがなされている。
「っこの」
もう許さんと呼子を鳴らそうとした門番の前に、ひらりと白いものが晒された。
「・・・??」
「城主の招待状。中に入るぞ」
「・・・っ!?」
目を白黒させた門番は、確認する暇もなくしまわれたそれに慌てて立ち上がり、すでに門の中へ
入っていこうとする二人を追いかける。
「ちょ・・ま、待てっいや、お待ちください!」
「何か?」
「今一度、お改めさせて下さい!」
仕事熱心な人間である。
わざわざ最初から波風を立てることも無いだろう。
ナルトは懐からそれを取り出す。透かし模様の入った和紙はそれだけで高級品であると知れた。
「ま、間違いなく。失礼致しました。ご案内を・・・」
誰か、と呼ぼうとする門番を片手で制し、ナルトは首を振った。
「構わない。場所はわかっている」
「左様でございますか?」
不思議そうな門番に今度こそ完全に背を向けて、二人は歩き出した。
「つーかさ、他人の城の中を知り尽くしてるってのもどうなんだ?」
「シカマルに人のことが言えるか?どうせ下調べしてきているんだろう?」
「......」
黙ったシカマルに、くくっと喉を鳴らした。
「とりあえず、城主に挨拶してくるか」
「・・・だな」
二人の姿は一瞬にしてその場から消えた。
それをぼんやり見ていた門番は、狐に化かされたかと腰を抜かした。
―――― 当たらずとも遠からず、というところだろう。
* * *
火の国が国主は齢49を数え、能力は可も無く不可も無く。
仮初の平和が保たれている今の世では、中央を占める火の国を守るに適した人材であった。
彼の趣味は、池の鯉への餌やり。
「―――失礼する、国主殿」
「―――っ!!」
誰にも邪魔されないはずの時間に、突然かけられた声に国主の手から餌が落ち、全てが池へと
引っくり返った。
「だ・・・誰ぞ・・っ」
声まで引っくり返った国主の前に、編み笠を被った二人の姿。
外套を風になびかせながら、一人が一歩前に出た。
「――― 初めてお目にかかる」
「は・・・」
「木の葉の隠れ里六代目長、うずまきナルトと申し上げる」
口上と共に編み笠を取った。
「―――― ・・・・」
国主の目と口は、張り裂けんばかりに丸く開かれた。
「は・・・い・・・え・・・・」
何が言いたいのかわからない呻き声が漏れる。
「如何なされた?」
艶やと微笑まれ、たちまちのうちに国主の顔に血がのぼる。
「あ、いや、これは・・・まことに、失礼を」
ごほごほとわざとらしげに咳払いをした国主は居住まいを正した。
「いや、まさか・・・これほど麗しいお方とは存じ上げなかったゆえ・・いや、まことに美しくてあられる」
「お世辞がお上手だ。この度は誕生の宴にご招待いただき御礼申し上げる」
「いやいや・・・まさか誠に来ていただけるとは」
「木の葉と火の国は切っても切れぬ関係にございますれば、招きを受けて固辞するわけには参りま
せん。警護の様子も視察しておきたかったことですし」
ナルトが視線を走らせると、上忍姿の忍が姿をあらわし、三人その面前で膝をつき頭を垂れた。
いずれの額当てにも木の葉の徴がある。
常時国主の警護にあたらせている忍たちだ。
「国主殿の身辺に異常はあるか?」
「ございません」
「国主殿、この者たちは役に立っているでしょうか?」
「そ、それはもちろんのこと!彼らには幾度も命を救われた」
小さく頷いたナルトは、軽く手を振り彼らを下がらせた。
「―――しかし、国主殿」
ひやりとした空気が流れる。
「役に立つ、と仰りながら再び護衛を依頼されるとは何事かあられたかと察しますが?」
「そ、それは・・・」
「それは?」
まさか、六代目の顔が見たかっただけ、などと言い出せない国主の額に冷や汗が浮かんだ。
火の国という大国の主である国主だが、目の前の自分の息子ほどの年の忍に威圧されている。
反抗する気さえ起こさせない、圧倒的な『力』が目の前の人物にはある。
(――― まさか、これほどとは・・・)
噂というものはだいたい話半分。
当然、火影の噂もその程度のものだろうと思っていたのだ。
だいたい人前に姿を現さないところからして、大したものでは無いことを隠そうとしているのでは
無かろうかと・・・。
百聞は一見に如かず。
何と言い訳したものかと、目を泳がせる国主に、ナルトの口元がふっと綻んだ。
「――― 国主殿の内心については問わずにおきましょう。誕生祝という晴れやかな席です。無粋
な騒ぎは座を穢すことにもなりましょう」
国主の顔が露骨に安堵の表情を浮かべた。
「――― ですが」
ナルトの目がすっと細まり、国主を突き刺す。
「国と里は持ちつ持たれつ。優劣はありません。それをゆめゆめ忘れなきように」
こくこくと頷くしか出来ない城主を確認し、ナルトは編み笠を再び被った。
「では、失礼致します。ああ、ご安心を。宴にはちゃんと出席させていただきますので」
口元の微笑が隠れ、背を向ける。
呆然とする国主の背後の池で。
ばらまかれた餌を、鯉がぱくぱくと食べていた。
「――― ま、このくらい脅しとけば二度と余計な気は起こさないだろう」
「・・・・・・・・・」
シカマルは心の中で、国主に合掌した。
(――― 脅しで済んだだけ、マシだったろうけどな)
* * *
祝いの宴には、各国の大使、大商人、各界を代表する錚々たる顔ぶれが揃った。
さすがに火の国国主の祝いの席。
座敷では何かと不便であろうと用意された大広間も人で埋め尽くされる。
これを機会に新たな繋がりを得ようと、あちらこちらで話が盛り上がっている。
その人間たちが、今一番に近づきたいと思っているのは、国主の傍で控えている美貌の主。
もちろん、ナルトである。
招待客ではあるものの、護衛も依頼されているのでこうしてつかず離れず共に居るのだ。
美貌の主を独り占めしているとあって、国主も大層機嫌がいい。
ナルトも、国主とともに居るため有象無象に声を掛けられずにすんでいる。
編み笠に隠れていた黄金の髪を惜しげもなく晒し、火影の正装に身を包んだナルトはこの場に
居る誰よりも美しく、見る者の口からは溜息しか出てこない。
あちらこちらから飛んでくる秋波を冷めた微笑で打ち落とすナルトは、宴がはじまってからシカマルが持ってきたものしか口にしていない。国主に勧められてもやんわりと断る。
見知らぬ場所で誰が作ったかもわからないものを口にするなど在り得ない。
毒物に耐性がある体でも、摂取すれば何かしらの変調はある。
自分のコンディションを把握できない忍など、ただの役立たずだからだ。
「――― ナルト、兄ちゃん・・・?」
近寄る気配は感じていた。
まさか『俺に関わるな』というナルトのオーラを超えてまで声を掛けてくるとは思わず、ゆっくりと
振り返る。そこには緊張した面持ちの目の大きな青年が立っていた。
「あの、俺のこと、覚えて・・ますか?」
「もちろんだ――― イナリ」
違うことなく名を呼ばれ、青年の顔が喜びに輝いた。
「あ、俺、今、波の国の大使で・・・」
「ああ、出世したな。良い男になった」
誉め言葉に顔が紅潮する。
年若くとも、海千山千の狸爺どもとも互角にやりとりすると噂される有能な波の国大使も、ナルトの
前ではただの青年だ。
「会えて嬉しいです・・・ちょっとナルト兄ちゃん、雰囲気変わったけど」
「こんな俺では嫌か?」
微笑を浮かべてのぞきこまれ、イナリは慌てて首を振った。
「全然!!ナルト兄ちゃんはナルト兄ちゃんだ!」
「ふふ、イナリは父親を超えるいい男になったな」
「・・・っ」
イナリはもう言葉にならない。
(まーた、誑してやがるし、めんどくせー・・)
そんな二人のやり取りを、少し離れた場所で見物していたシカマルが呟く。
「タズナはどうしている?」
「じーちゃんなら、しぶとく今でも職人やってる」
「そうか、元気か」
「六代目の名前を噂で聞いたときには、凄く嬉しそうにしてた。儂の目に狂いは無かったって!」
ナルトが喉を鳴らして笑う。
タズナは出会った当初は、『ちびでドベ』なナルトを一番の役立たずと評価していた。
「――― 歓談のところを失礼」
二人の視線を受けて、割って入った相手が軽く頭を下げた。
「――― それがわかっているなら、邪魔をするな、と言いたいが」
遠慮ないナルトの言葉にイナリのほうが驚く。
「同盟国だろう、邪険にするな」
相手の言葉もかなり遠慮ない。
そして、ナルトがにやりと笑った。
「久しぶりだな、―――我愛羅」
いつも背に負っている瓢箪は無く、黒の着物で正装している様は別人のようだったが、浮かべて
いる表情はいつも通りの無表情。守鶴のための不眠症の表れである隈は、制御する術を得たから
か・・・幾分薄くなっている。
「何をしていた?」
「いきなりだな」
イナリに構わず、話始めた我愛羅に苦笑し、忍専用の遠話に変えた。
「お前ならばもっと早くなれたはずだろう」
「我愛羅。俺には俺の事情というものがある。それより、お前がここに居ることのほうが俺には
意外に思えるが?」
「任務以外の理由があるか?」
「確かに。――― あまりに珍しい格好をしているからな」
「・・・・・・・」
僅かに顔を歪める・・・本意では無いらしい。
「―――それで?果たせたのか?」
「ああ、それなりに」
「お前も割りと貧乏くじだな」
我愛羅の任務のだいたいのところを察しているナルトはくつくつと笑う。
「誰のせいだと・・・」
「俺のせいだな。―――― 嬉しいだろ?」
「・・・・・・・・・もう、いい」
背を向けて去っていく我愛羅に、ナルトは耐えられないと目を細めて笑った。
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