黄金(きん)の夢 3
ナルトの狙いはこれだったのだろうな、とシカマルは各里の忍に囲まれた状態で一人納得していた。
国主の引き止めの言葉を笑顔でかわして、ナルトたちは宴の翌日には城を出発した。
何日も滞在する理由など無いし、火影たるものが長く里を離れるわけにもいかないからだ。
元々、ナルトの本来の目的は宴に出席することでは無かったようである。
「鬱陶しい爺だったな」
「爺って・・・」
まだ国主は49だ。
「あれで賢すぎたり馬鹿すぎたりしたら救え無いところだが、まぁあの程度が丁度いい」
「・・・・・」
「もちろんシカマルは、賢いほうがいいけどな」
意味ありげに笑いかけられる。
「聞いてねーよ」
「結構便りにしてるぞ、お前のこと」
「いーから、俺のことは放っとけ」
僅かに頬を赤くしたシカマルに、ナルトはくつくつと笑う。
「ところで、シノたちに土産買ったか?」
あ、とシカマルの顔が歪む。
「・・・いや」
「恨まれるぞ、俺は買ったからな」
「いつ」
「宴の間、影分身に買いに走らせてた」
「・・・・・」
便利だよなぁと今さらな感想をもらすナルトに、シカマルの疲労がピークに達する。
ナルトと二人だけの旅。嬉しくないわけが無い。
だが、二人だけというのはナルトの注意が他にまわらずシカマルに集中するため疲れるというのも
事実なのだ。他の誰かならばそんな面倒なことに付き合うシカマルではなかったろう。
(―――俺もいい加減、キちまってるよな・・・カカシ上忍ほどではないと思うが)
ナルトフリークの間では、『カカシと同じ』という言葉は史上最悪の悪口と同様。
言われた本人の衝撃ときたら、一月は立ち直れない。
「ところで、シカマル」
「あ?」
「使えそうなやつ、居たか?」
「あー・・・」
ぽりぽりと頬をかく。
宴の中には、巧妙に変化した他国の忍が幾人か混ざっていた。
「よくわからねぇのが一人」
「そいつはダメ。俺の天敵だ」
「!?」
史上最強を誇るナルトにそんな存在が居たなど初耳である。
「そんじゃ、別に変化なんぞしてなかったが、砂の・・」
「我愛羅ならもう数に入れてる」
「・・・・・」
それもどうなのだろう・・・本人勝手に数に入れられていると知れば怒りだしそうだが。
「誑す自信はある」
「おい」
「あいつが欲しいものなんて、今も昔も変わらないからな。わかりやすくていい」」
「・・・・・・」
気の毒に。
下手にナルトに関わったために人生を狂わされたものはどれほどか。
もっとも、本人たちは結局それを悦んでいたりするのだから余計に救われない。
「何のかの言ったところで、忍大国木の葉を越えるだけの人材ってのはなかなかな・・めんどくせー」
「うちは粒揃いか・・・だってさ」
「は?」
語尾はシカマルに向けられたものでは無い。
――― 砂塵が舞い、数人の忍が姿を現した。
「ナルト様」
当然のようにナルトの名を呼び、忍たちは一斉に膝を折った。
『六代目火影就任、お祝い申し上げます』
ナルトは緩やかに笑った。
* * *
膝をついた忍たちの額当ては、霧・岩・雲・草――――
忍五大国の三つと草隠れのもの。
現れ方からして、中忍以上・・・おそらくは上忍でもかなりのレベル。それぞれの里の中枢に居る
だろう者たちに違いない。それが、どうして・・・確かに火影とはいえ、ナルトに膝を折るのか・・・
シカマルの脳裏には瞬時にいくらかの推論が浮んだが・・・良くも悪くもこちらの予想を裏切ってくれ
るナルトである。すぐには結論を出すことは出来ない。
シカマルにできるのは、ただナルトと忍たちの遣り取りを黙って見守るだけった。
「皆、元気か?」
穏やかな笑いを少しばかり企み顔に変えながらナルトが忍たちに話しかけた。
そこには、行きがけに出会った忍に対するような緊張感は無い。
「お気遣いいただき光栄に存じます」
「変わりなく・・・お声が掛かるのを今か今かと」
「一日千秋の思いにてお待ち申し上げておりました」
かわるがわる応える忍たちに、ナルトがおかしそうに笑い声をたてた。
ナルトが声をたてて笑うなど、シカマルたちの前でもあまり無い。少しばかり驚いた。
「本当に、変わり無いようだ。・・・覚悟は変わらない、か」
「もとより」
「お疑いならばいかようにも」
「長の首とて・・・」
口々にしゃべり出した忍を、手を軽く上げる動作だけでナルトは止めた。
「わかっている。ここに現れたことが何よりの証だ」
「では・・・我らは動いてもよろしいのですね?」
「さぁて、どうするかな」
「「ナルト様っ!」」
非難まじりの叫びに、ナルトの喉がくつくつと鳴く。
揶揄って楽しんでいるようにしか見えない。
(本当になぁどんな奴でもナルトにかかると掌の上で遊ばれるよな・・・・・)
己をかえりみながら、シカマルは胸中でしみじみと呟いた。
「まぁ、もう少し待て。遠くないうちに動き出すつもりだから」
「我らいつでも、用意できております」
「ああ、期待している」
「ナルト様・・・」
思いがけぬ光栄に浴したかのように、忍たちは感動に震えている。
恐ろしいばかりの忠誠心。
それとも・・・心酔。
木の葉だけでなく、他里にまでナルトの影響は及んでいるのか・・・。
シカマルはらしくもない『穏やかな』微笑を浮かべているナルトの顔をちらりと見やった。
『他人が寄せる思いなど鬱陶しいだけだ。所詮は自己満足だろ』
何の感情も含むことなく淡々とそのセリフを言ってのけたのは、このナルトである。
それなのに、今こうしてナルトは他人の思いを懐へ受け入れようとしている。
三つ子の魂百まで、では無いが人の性格がそう簡単に変わるものでは無いことを思えば、この
ナルトの行動も何らかの意味があるのだろう。
面白くない、と感じるのは・・・何も告げられていないから。
ナルトからそんな言葉は何一つ貰っていない。
疎外感。
思いっきり溜息がつきたくなった。
「では、御前を失礼致します」
「ああ」
忍たちは現れたときと同様に、音なく忽ち姿を消した。
「――― ナルト」
「何?」
「いー加減にしろよ」
「くっくっ・・・そんなにすねるな」
「っ誰が!」
「シカマル」
「大丈夫。お前に・・・お前たちに話してないのは、信用していないからじゃない」
「・・・・・。・・・・・」
シカマルを振り返ったナルトの顔には、微笑が浮んでいた。
今にも雨が降りそうな空のような。
「どんな道を選ぼうと、お前たちはついてきてくれるだろ?」
まぁな、と小さく落としたシカマルの顔は赤く染まっていた。