黄金(きん)の夢


―――六代目火影就任。

 その報は瞬く間に世界へ広がり、十七という今までの歴史において最年少での就任に数々 の憶測が飛んだ。
 曰く、木の葉の弱体化。十台の少年を火影に選ぶしかない人材の枯渇。
 曰く、飾りものの火影。
 しばらく、火の国内は各国の細作で賑わったものだが、意に反して木の葉には何も変わったところは無かった。代替わりも混乱なくスムーズに行われ、就任式はごく身内のみで執り行われた。
 人材の枯渇も噂されていたが、どこにも斜陽の気配は無く、任務依頼数は依然として1,2を争う。
 いよいよもって、六代目とはどんな火影なのか気になるところ。
 依頼をする諸大名も、興味津々で是非ともお目にかかりたいと数多の書状が舞い込んだのだった。



「用意は出来たか?」
「恙な・・・」

「ナルト~~~っ!!」

 ばしっ!

 飛んできたカカシを、蚊でも叩くように容赦なく叩き落した六代目火影・・・ナルトはその背中を 思いっきり踏みつけて傍に控えていたシカマルを促した。
「ナ~ル~ト~ぉぉぉぉ」
 足元で何やらうめいているが一切無視する。
「シカマル・・・ちゃんと牢に放り込んでおけって言っただろ」
「いや、放り込んだはずなんだけどな・・めんどくせー」
「ちっ。余計なところばかり有能なのも考えものだな・・・いっそこれを機会に抹殺するか」
「めんどくせー」
「そうだな、確かに面倒だ」
 カカシから足をどけたナルトは、禁固の術で身動きを封じるとチャクラを断つ特別製の縄でぐるぐる と縛り、部屋の隅に転がした。
「つくづく思うけど、お前、カカシ上忍に容赦ねーな」
「当然。こいつに容赦なんてしてたらどんな馬鹿を仕出かすかわからないからな」
「・・・まぁ、確かに」
 ナルトの術をくらってもしぶとく縄抜けしようと芋虫のような動きをしているカカシにシカマルは呆れ と感心の眼差しを注いだ。

「格好はこのままで構わないだろう?」
「いーんじゃねぇ?ま、外套と傘でほとんど隠れるしな」
「まったくくだらないことを計画するものだ。さっさと終わらせて帰るぞ」
「御意」



 木の葉の隠れ里、最大のパトロンである火の国国主から六代目に書状が届いたのが一週間前。
 そこには自身の誕生祝への招待と護衛の依頼が記されていた。
 余程の馬鹿で無ければ国主の言いたいことは察することができる。
 木の葉ではなく、六代目に直に届いたということは、つまりは六代目に顔を見せろということなのだろう。
 普通ならばこんなものは握りつぶして代理でも立てるところだが、各国お歴々も集まることだし一度顔見せしておくのも良いだろう、とナルトが頷いたのだ。
 さすがに六代目一人を行かせるわけにもいかないので、シカマルに随行の白羽の矢が立った。
 真っ先に立候補したカカシは当然、ナルトに速攻で却下された。

 かくして、ナルトは六代目を襲名してより初めて里外に出ることになった。







* * *

 里から招待を受けた城まで、普通の行程で一週間。
 ナルトとシカマルには一日もかからずにたどり着く距離ではあるが、急ぐことも無い。
 適度に手を抜きつつ、ほとんど物見遊山で旅路を楽しんでいた。

「よく考えてみると、俺あんまり火の国で仕事したことなかったからなぁ」
 ナルトは呟く。
 5歳の頃から暗部に所属するナルトは、国外任務が多く火の国の任務と言えば、ドベを装っていた下忍時代にやったものがほとんどだ。しかもどれもCかDランク。
「そういえば。そうだな・・・」
 シカマルも同様らしい。
「それだけ火の国の情勢が安定してるんだろうが、水の国なんか一時期暗殺任務が克ちあって同士討ちやってたからな」
「マジかよ・・・」
 めんどくせー、とシカマルの口からお決まりの台詞が漏れる。
「―――てちょっと待て。何でそれをお前が知ってんだ?」
「丁度任務が終わって帰る途中だったから、術の研究に見物してた」
「・・・・・」
「他里の術ってそう表に出てこないし、手に入れにくいからな。任務のときは、即殺するほうが多かったから研究しようにも出来ないし・・・色々苦労したなぁ」
 その苦労を思ってかナルトを遠い目をしつつも、にやりと口元に笑みを浮かべた。
 苦労というよりは、楽しんでいたようにしか思えない。
「・・・・・」
 忍術マニアなところは昔からだったのかと、シカマルはげっそりする。
 ナルトの新術の実験にしばしば付き合わされる身としてはあまり喜べない。
「ところで、火の国の名物って何?」
「・・・・・・・は?」
 里一の頭脳と誉れ高いシカマルも急な話題転換についていけない。
「やっぱりシノやネジたちに土産が必要だろ?何かえらく不服そうな顔してたしな。こんな任務のどこが羨ましいのか俺にはわからねぇけど」
「・・・・・・」
 任務ではなく、ナルトと『一緒』という部分が羨ましいのであって・・・そう、お供に選ばれたシカマルは盛大に恨まれたのである。確かに土産の一つでもなければ、酷い目にあわされるだろう。
 例えば、一晩中虫の羽音に苦しめられる、とか。
 例えば、白眼で一日中監視される、とか。
「温泉饅頭、くらいか?」
「温泉饅頭ぅ?シカマル、ジジくせー」
「ほっとけ」
 けらけらと笑うナルトを、誰のせいで苦労してんだと無言で睨む。
「んじゃ、俺は炭酸煎餅にしとこう」
 どっちもどっちだ。
「そういうわけで。土産買わないとダメだからな・・・用があるなら」


――――― さっさと出て来い。


 
 ナルトの言葉に、忍の気配が生まれた。
 二人の前に、膝を折る。
 その額当てに彫られたマークは、岩隠れのもの・・・に一文字の傷。抜忍だ。

「六代目火影、うずまきナルト殿とお見受けいたします」

「―――さてな」
 傘の下から、ナルトは空惚ける。
「主より書状を預かっております―――」
 だが、相手は構わず続ける。
「抜け忍に主?」
 嘲笑するような笑いが漏れた。
 組織を抜けた忍。だが、大概彼らは再び組織へと属すことになる。
 ――――命令されることに慣れた忍は容易くその楔から逃れることは出来ない。
「俺にそれを受け取ってやる義理は無い」

「――――”椿”を添えて」

「・・・顔洗って出直して来い」
 張り詰めた低い声で告げたナルトは、忍の前を通り過ぎる。
 よくわからないままシカマルも続いた。


「主に代わって、お祝い申し上げます」


 ナルトは振り返らない。
 傘に隠れる顔からはシカマルでも表情を読み取ることは出来ない。
 それでも気配が尋常になく尖っていた。

(――――”主”とやらを知ってるのか?)

 シカマルが他人よりもナルトのことを知っていると言っても、それは所詮ナルトが『ここまでならば』と許している部分に過ぎない。
 おそらく知らないことのほうが多い。
 その知らない『部分』に触れるのか・・・。
 そもそもの謎は、何故ナルトが『火影』になったのかという部分にもある。
 シカマルは口には出せない疑問を、無関心という仮面で覆い隠していた。
 もっとも、ナルトには知られているだろうが・・・。

(めんどくせー・・けどな)

 シカマルは横を歩くナルトを見る。
「何だ?」
「いーや」

 聞きたいことはあるだろうに、一言で終わったシカマルにナルトはくつくつと喉を鳴らす。

「心配するな」
「してねーよ」


 どのようなことをナルトが考えているにせよ。
 それは、シカマルにとって何より優先すべきことであることに変わりは無いのだから。





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