血盟 3


 それはかつて知っていた”ナルト”と同じ言葉だった。
 けれど全く、違う言葉でもあった。
 なぜならそれは仮定では無く、絶対的な断定だったからだ。
 馬鹿な、と笑うことも出来ないほどに。


「今まで中忍にくすぶっていたのは、里のジジィどもばかりのせいじゃない。俺が中忍であることを望んだ からだ。火影を頂点とするヒエラルキーを礎とするこの木の葉の里で、本当の意味で生活を支えて いるのは、中忍以下。たとえどんな実力がある上忍といえど、一人で相手をするには手に余る数の脅威 というものがある。・・・・俺が火影になるにあたり、確実に里の上層部は反対の姿勢を示すだろう。俺には その反論を封じるに足る力を手に入れた」
 では。
「中忍たちを味方につけるために・・・?」
 ずっと中忍でいたのか。
「どんなに反対しようと望む意志が強ければ、ジジィどもの口は封じられる。半分棺おけに足を突っ込んだ ような輩、排除しようとすれば簡単だが、後でバレると厄介だからな」
「相変わらず、ご意見番たちのこと嫌ってんのね、ナルト」
「あいつらも俺のことを嫌っているから、あいこだろ」
 カカシと軽口をたたき、ナルトは四人へ視線を向けた。
「そいういうわけで、俺に敵対するというのならば今ここで・・・・・・・始末する」

 ピン、と空気が張り詰めた。


「今すぐにそれを決めろ、というのか?お前の実力も知らないのに」
 かすれた声のネジにナルトは薄く笑う。
「それが必要か?・・・上忍になっても相手の実力が測れないか?」
 馬鹿にしたように言われ、悔しげに口を閉じる。
 ネジだとてわかっている、目の前の相手の実力が自分などゆうに凌駕していることなど。
 だが、目の前に居るのは『ナルト』なのだ。
 ドベで、間抜けで、お人よしな・・・・今までずっとそうであった『ナルト』をすぐに消し去れといわれて出来る ものでは無い。その落差が激しければ激しいほどに・・・。

「お前は大体昔から難しく考えすぎる」
 懊悩に自然と頭が下がっていたネジは、ふと目の前のナルトに視線を戻した。
 金髪碧眼。同じ容貌でも中身の影響で印象がこれほどに違う。春の陽光にも思えた雰囲気は、今や冷え冷えとした鋭い金属を思わせる。
「・・・・・・・」
「敵か味方か、二つに一つだ。理由など後からついてくるものだ。本能で選べ」
 脅迫まがいの傲慢なものいい。普段のネジなら、こんな言い方をされれば反発を覚えるだろうに、 何故か不思議と・・・・心が震えた。

「・・・味方となって・・・・どんな、利が・・俺に、あるという?」
「何者にも束縛されぬ人生を」
「・・・・・・」
 
 笑みを浮かべたナルトは・・・誘惑する悪魔のように見えた。
 ネジは知らない。視界に隠れるように、カカシが肩をすくめ、内心で『うう、タラシモードに入っちゃって~ またライバル増えちゃうじゃないか~』と嘆いているのを・・・。


「俺の側につくな?」
 形こそ疑問形だったが、それは断定だった。
「・・・・・・・・高く、買え」
 自分は高い、とネジなりのプライドの高さが”味方”であるとは言わせない。
 それに構わず、ナルトは満足そうに頷く。
「もちろん・・・・だってばよ?」
「・・・・・・」
 昔の口調が嫌味に聞こえる。
「・・・で、サクラ、ヒナタ、キバ。お前たちはどうする?」
 サクラが口を開きかけ・・・閉じた。
「あ・・・あたし、は・・・・」
 意外なことに、真っ先に口を開いたのはヒナタだった。
「ナ・・・ナルト君のこと・・・信じてる、から・・・だから」
 隣に立つ、サクラが驚きに目を見開いてヒナタを見つめる。
「だから・・・ナルト君が火影になるって・・いうんだったら・・・お、応援する」
 『応援』・・ときたか。
 ナルトは内に沸き起こった笑いの衝動を、無表情で押しとどめた。

「シノやシカマルは・・・て、聞くまでもねーな」
 キバががくり、と肩を落とす。思い返してみれば、あの二人は昔からやけにナルトの傍に居た。
 シカマルは悪がきのノリだと言えても、シノの行動には疑問を持つべきだった。
「俺は・・・そうだな、別に敵にまわる理由もねぇし・・・味方になってやってもいいぜ?」
「なってやっても?くく、まぁせいぜい役に立ってくれることを願う」
「っお前な!ああ、せいぜい励んでやるよ!」
 ふてくされてそっぽを向いたキバを笑い、ナルトの視線はサクラへ注がれる。
 二つの精神を持つ彼女は、感情的でありながらどこまでも状況を冷静に判断できる。
 ナルトにつくのが損か得か・・・すでに判断できているはずだ。

「あたしは・・・」
 確かにナルトは火影になるだろう・・・しかし。
「あたしの立場を決める前に、ナルト。一つ聞かせて欲しいの」
「どうぞ」
「あんたは・・・ナルト、あんたはどうして、火影になりたいの?自分の力を認めさせたいて言ってたけど・・・ 今のあんたなら別に火影になるまでもなく、皆認めると思うわ・・・どうして」
「どうして?滅ぼすため、とでも言って欲しいか?」
「!!」
 サクラのみならず、カカシを覗いた全員が凍りついた。


「じょーだん」
「っナルト!!」


「・・・るから」
「えっ!!」
 あまりに小声で呟かれ、聞き取れなかったサクラがからかわれた腹立ちまじりに聞き返した。



  「愛シテイルカラ」



 コノ、里を。













『愛しているから』

 
 そのナルトの言葉の意外さにカカシを含めた皆が言葉をなくした。

「信じられないか?まぁ、そうだろうな。俺だって自分の正気が信じられないほどだ。この俺を迫害し続けた 里のことを愛しているなど」
「どうして?」
「さぁ?俺にもよくわからない。死ぬまで憎み続けてやるつもりだったんだけどな」
 サクラの問いにナルトは肩をすくめた。
「だったら・・・だったらどうして、愛してる、なんて言えるのよっ!」
「・・・・・」
 ナルトは、穏やかな微笑を浮かべた。それは春どけの泉のように暖かい・・・


「守り、導きたいと思った。死なせるのは、嫌だと思った」


「・・・・・・・・」
 静かに語るナルトに、ナルトの中忍としての評価を思い出した。
 彼が隊長として忍たちを率いた時は一人の死者が出ることもなく、全員が里に帰還している。
 100%の生還率。初めこそ偶然だと思っていたそれは、回を重ねても崩れることはなく、まさに 奇跡だと言われていた。
 ナルトの有能さと強運に、誰もがその下で働くことを望んだ。
 何故あれほどの忍として有能でありながら、中忍のままでいるのか誰もが疑問に思っていたのだ。
「上忍になるのは俺にとって大したことじゃない。中忍で居たほうが利が多かった」
「利?」
「木の葉の忍のレベルの把握。その底上げ。俺に対する忠誠心・・・例えば、そうだな。お前たちカカシに 里の将来を託せるか?」
 皆は一斉に、いっそ見事なほど首を横に振った。
「酷いなぁ」
 さすがのカカシも口元をひきつらせる。
「里を治めるには強さだけでは足りない・・・さて、サクラ。もう一度お前に聞く」


「俺に、従うか否か」
















 火影の執務室へと続く廊下を一定の速度で歩いていくナルトに、はりつくように、にこにこしたカカシが 続く。その不気味さに、誰も彼らに近づこうとする者は居ない。
 ここ最近、執務室には毎日のように顔を出していたナルトだが、こうして正面から向かうのはそうある ことでは無い。だいたいこっそり侵入していたのだから。
 だが、一応上忍昇格の辞令を提出する、という意味で正面から訪れなければならなかった。

「何をついてきてんだ。鬱陶しい」
「ふふふ、だって嬉しいんだも~んvナルトが、『愛してる』だ、なんてなv」
「その笑いは不気味だからやめろ。だいたいそれはお前に向けられたもんじゃないだろ」
「でも、里をってことはちゃーんと、俺も数に入ってんだよねvv」
 ナルトは足を止め、カカシを振り返った。
 その顔には絶対零度の微笑が浮んでいた。
「馬鹿だな。本気にしたのか?」
「え!?」
「俺が本気でこの里を『愛している』とでも?くくくっ、お前も大概能天気に出来てるな。上忍がそんなに 他人の言うことを信じていいのかよ。平和ボケか?」
「・・・ナルト」
「――― て、言ったらどうする?」
「へっ!?」
「冗談だよ、ジョーダン」
「は!?」
「じゃ、な」

 目を白黒させるカカシを置いて、ナルトは姿を消した。
 残されたカカシは呆然と呟く。

「・・・どっちが」
 どちらの言葉が『冗談』なのか・・・相変わらずナルトに振り回されるカカシだった。










「上忍昇進、ご苦労さん」
 手土産に雷の国の幻の名酒『雷光』を携えて、ナルトにそんな言葉をかけたのは、暗部の一大隊を 任せられている奈良シカマル。随分と頼りがいが出てきて、その才能を惜しみなく発揮していると 評判だ。その隣に黙して座すのは、同じく若手有望株の油女シノ。
「雷影は元気にしてたか?」
「殺しても、死にそうにない」
 ぼそり、とシノが告げる。
「確かにな」
「抜けるならいつでも世話するって誘われたぜ・・・メンドくせー」
「相変わらずのようだ」
 ナルトはくつくつと笑った。
 シカマルとシノは下忍の頃からナルトの裏を知っていた。付き合いは今でも続いていて、ナルトの家へ あがることを許されている数少ない人間のうちの二人である。
「ああ、そういえば・・・あいつらにバラしたからな」
「あぁ?げ、メンドクセーことになりそうだな」
「・・・・・・」
「あ、こいつ今、別に自分は関係ねぇとか思っただろっ!」
「・・・事実、関係ない」
「ま、そうだな。何で黙ってたんだと迫られるのはシカマルだけ」
「だーーっ。マジにメンドクセー」
 イノが『何で黙ってたのよっ!』と青筋浮かべて詰め寄る姿が容易く想像ができ、シカマルはがくりと 肩を落とした。
「いよいよ、なのか?」
 シノに問われ、ナルトは微笑を浮かべた。
「一週間後に火影が長老会議を招集する。上忍も呼ばれるだろうから、お前たちも準備しておけ」
「・・・待ちかねた」
 感情を露にしないシノの意外な言葉に、ナルトはにやりと笑う。
「六代目火影・・・こき使われそうだぜ」
「ああ、覚悟しとけよ?」
「すでに」
「とっくに」
 返ってきた言葉に、ナルトは笑う。滅多に見せることのない、嬉しそうな笑顔だ。
 シノとシカマルはその笑顔を見ることが出来たただけで、これまでの苦労も、これから訪れるだろう面倒も
 全て報われる思いがした。
 何のかんの言っても、二人ともナルトに参っている連中の一人であることに違いは無いのだ。
 














「何か、もう驚きを突き抜ちゃった・・・・」
「そうよねぇ・・・ずっとあたしたちと同じ中忍やってたし・・・」
 薄暗い広場で肩を並べるのは、イノとサクラ。犬猿の仲の二人に見えて、実はかなり気が合う二人。
 サスケのことが無ければ、元々親友と呼べる二人だったのだから。
「同じ班だったのに・・・」
「サクラ・・・」
 うつむく相手に、イノは同情的な眼差しを向けるが・・・。

「まんまと騙されてたんだと思うと・・・無性に腹が立つわ!!」
 しゃーんなろーっ!と内なるサクラが拳を握る。
「・・・・・あんた、図太いわね・・・・・」
「図太くなくちゃ情報部なんていられないわよっ!もうっっナルトの奴っっ・・・っそんなに、あたしたちって 信用できなかったのかってのよ!」
「確かにねーあたしはあいつとあまり接点ないし、シカマルが知ってて黙ってたことのほうが腹立ってん だけど・・・でもねぇ、同期のドベだとばかり思ってたナルトが火影様並に強いなんて」
 現火影であるツナデは、イノにとって最も尊敬するくの一であり、目標だ。
 ただ憧れていた下忍のころよりは、近づいたとは思うけれど、まだまだ遠い目標。
 イノとは少し違うが、『火影』を目標とするナルトに、親近感を抱いていたことは確かだ。

「「でも」」

 二人の言葉が重なった。

 同じ条件に立っていたのは、シノもシカマルも同じはず。
 気づけなかった差。
 結局、大多数がつけた『ドベ』という色眼鏡を、自分たちは外すことが出来なかった。

「私たちも」
「まだまだってことでしょー」

 ベンチに手足を投げ出し、空を仰いだ。






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