匂い立つ高雅なる華 1
「では、各々方依存はございませんな」
「うむ、仕方あるまい」
渋い顔で頷く長老たちを、ツナデは難しい顔で見守っていた。
・・・吹き出しそうになるのを抑えていたために。
この度の中忍試験で、昇進する下忍たちが長老会によって選ばれた。
その中に、木の葉崩しの折に自来也と共に里を出て三年ぶりに帰郷したナルトも入っていた。
武者修行、というのは表向きの理由であり、ナルトは三年ぶりも何も報告のためにちょくちょく木の葉の里には足を運んでいたのだが・・・もちろん限られた者しか知らぬことである。
里に残っていたかつての下忍仲間たちがこぞって中忍、上忍に昇進しているという状況に『ドベ』のナルトは発奮した(という設定だ)・・・・・・かくして中忍試験を受け、最終試験まで残り、選考会によって中忍昇格が決定した。
選考会はナルトを中忍に昇格させることを、九尾のことを理由に渋った。渋ったが、結果が明らかであるのに無理をきかすこともできず、渋々認めたのだ。
「中忍昇格おめでとう」
「どうも、てばよ」
ツナデからの辞令を受け取りながら、ナルトはにやりと笑った。
辞令は形でしか無い。暗部において総隊長を務めるナルトにとって。
「んで、早速初任務?」
面倒くさそうに、肩まで伸びた髪をかきあげる。白いうなじが覗くのが罪深い。
十五を数えるナルトの顔からは子供っぽい丸みが消え、すっきりした顎の線や鼻梁を際立たせる。
青い瞳は内面の成長を現してか深みを増し、細く眇めてツナデを睨んだ。
「ああ”小隊長”としての初任務だ」
くっとナルトは口角を上げた。
「水の国、か。わりと遠出だな。暗部のほうはどうするんだ?」
「お前が数日居ないくらいでどうにかなるような連中か。ちゃんと躾けてあるだろう」
「もちろん」
躾ける、という言葉がツボに入ったのかナルトがくつりくつりと笑いを溢す。
「ちゃんと、な」
暗部は火影直属の部隊だった。
そう、今はそうでは無い。
もちろん任務はツナデを通して与えられる。だが、その命令を下すのは総隊長であるナルトに限られ、他者の命令を彼等は一切受け入れない。
「言っておく、火影の言うことを”ちゃんと”聞くように、てな」
腰に手をあて、笑う。
中忍に昇進してから支給される忍服は、今までナルトが着ていた原色とは一転して暗色ばかり。華奢な体の線をくっきりと浮き出しにし、白い肌が映える。ドベの仮面を被ったとしても、今までとはがらりと印象が変わった。
男性的というよりは中性的。
可愛いと評するよりは美しい。
ナルトは確実に、四代目を越える美形への道を歩みつつあった。
( 余計な騒動のもとに為らなければいいが、な)
ツナデの懸念さえ、予測の範疇であるとばかりにナルトは不敵に笑った。
* * *
今回、中忍に昇進したナルトに与えられた任務はBランク。
小隊の隊長としての能力を試験されるため、任務遂行に宛がわれた人数はナルトを入れて9人。
下忍が6人、中忍が3人。ナルトを除く二人の中忍は試験官というわけだ。下忍たちもナルトがミスしたときに緊急対処できるようにとそこそこに忍歴の長い者を選んでくれたらしい。
至れり尽くせりな状況に思わず笑ってしまった。いったい誰がナルトにこの任務を選んだのか知らないが、余程信用が無いらしい。
「ナーガていう島の場所の確認は大丈夫かってばよ?」
ナルトに与えられる任務は、暗部の時も下忍の時も変わりなくいつも突然で緊急を要するものばかり。事前に打ち合わせもあったものじゃないが、普通はこうして任務の確認をするものだ。
ナルトの問いかけに集まっていた隊員たちが無言で頷く。
今回の任務の依頼人は火の国の大名の一人。水の国にある無数の島の一つ、ナーガ島から水を持って帰ること。ただの水では無い。島にある地下水脈から湧き出るその水には特別な効能があり、
水の国ではその成分を利用して色々製品を作っているらしい。その製品が結構いい値で売れるらしく、水の国が独占しているその水を忍に盗ませて成分を研究して、同じ製品を作り出してやろうと考えているらしい。殺伐とはしていないが、どろどろした任務である。
この程度の任務に小隊を派遣する必要は全く無く、人件費の無駄使いだとナルトは思うのだが試験に自分が文句を言うわけにもいかない。全く面倒極まりない。
「場所は大丈夫ですが、島までどうやって行くつもりですか?」
中忍の一人が問いかける。試験はすでに始まっているというわけだ。
「国が独占してるんなら、当然見張りとか護衛とかも居るってばよ。そんなところへ船なんて乗ってけ無いし、水面歩いても目立つ・・・だったら、泳いで行くしか無いってば」
「島民に扮して漁船で乗り込むというのは駄目でしょうか?」
「地図で確認する限り小さな島だし、元々無人島で島民は居ない。漁師の格好なんかして近づいたらそれこそ怪しまれるってばよ」
なるほど、と尋ねた下忍が頷いた。
中忍二人が意外そうな表情を浮かべている。彼等はドタバタしているナルトしか知らず、どうせまた何も下調べせずにやってくるのだろうと思っていた。だがその予想ははずれ、ナルトは中忍たちさえ把握していないような事実を指摘し、最善策を提案した。
伊達に中忍に昇格した訳では無いということか・・・そんな風に考えているだろうことが手に取るように感じられて、ナルトは僅かに口角を上げた。それだけで、繊細な容貌がどこか艶めき、忍たちは僅かに頬を染めた。
彼等はナルトが九尾の器であることを知っている。アカデミーでは落ち零れで、下忍になってもドタバタと騒ぎばかり起こしていた印象が残っている。だが、実際に顔を合わせたナルトは容貌も言動も昔とは何もかも一変していた。話し方はそのままでも、纏う雰囲気が全く違う。あの騒々しさが嘘のように落ち着き、余裕さえ漂う。悪戯小僧で生傷が絶えずいつもボロボロになっていた姿は、正規の忍服をまとい、白い肌と金髪が映えて、子供から青年へと変わる微妙な年齢の不安定ではあるが、繊細な美しさを知らしめている。
本当にこれはあの『うずまきナルト』なのだろうか。
彼等は任務所の打ち合わせをする部屋へと現れた彼を目にして、同じような思いを抱いた。
「それじゃ出発するってばよ」
ナーガ島にほど近い、他国からの観光も受け入れている島まで船で渡り、そこから泳いでナーガ島へ渡る。島につていからは臨機応変。見張りの人員把握、配置確認。捕虜を捕まえて水源の正確な場所を吐かせて、水を確保。速やかに撤収。
何事も起きなければ、呆気なく終わりそうな任務だった。
泳いで島に渡り、役割ごとに解散した後……ナルトは天候の異変を感じ取った。
異常事態だ。
何が、と言えば。ナルトが天候が変化することを読めなかったことが。
つまり、自然現象ではなく…何かが介在しての天候異変ということになる。
「隊長?」
ナルトと共に待機していた下忍が不審げに声を掛けてきた。
「・・・雨が降るな」
下忍がぽかんと空を仰いだ。そこには青空が広がっている。雨など降りそうにも無い。
「わからないってば?・・・風が変わった」
「・・・しかし、それが何か?」
雨が降れば、足音も気配も殺してくれてむしろ幸いだ。・・・視界は悪くなったとしても、狭い島の中で迷うことも無い。
「雨が降れば水が出る。今回の任務は、この島にある水源の水を持ち帰ることだが・・・もし雨水や泥水が混ざって濁るとマズイってばよ」
あ、と下忍が今更ながら気づいたという顔を晒す。
・・・・・・だからこそナルトより遥かに年上でも未だに下忍に甘んじているのだろうが。
( さっさと任務を終わらせて撤収したほうがいいな)
可もなく不可もなく、という評価が下されるようなところで動くつもりだったが、ナルトの勘が面倒ごとの到来を告げている。
「皆に合図を」
「・・・・はっ!」
空を見上げて命令を下したナルトは、反論を許されない威圧感を持っていた。
一瞬息を呑んだ下忍に出来たのは、短く答えを返すのみ。
合図を受け取った忍たちが、戻ってきた頃・・・空には雲が立ち篭めはじめていた。
「ちょっと変更が必要みたいだってばよ」
ナルトの言葉を中忍二人は理解しているようで、無言で頷く。
5人の下忍たちは顔を見合わせる。
「雨が降り出す前に、水を確保しなければ不純物が混じって依頼遂行が難しくなる。水源がある場所はわかったってば?」
「島のほぼ中央。かなり大きな滝壷があるようです」
「見張りの人員、配置は?」
「滝付近の見張りは15人。交替で見張っているようです」
「なるほど・・・」
常に滝には誰かが張り付いている。・・・どうにかして引き剥がさなければならない。
ナルト単独ならば、一網打尽にしてさっさと任務を遂行するのだが、彼等の目の前でそんなことをすれば、九尾の力に畏怖を抱き、ナルトを忌避するようになるだろう。
「すみません。気になったことがあるんですが・・・」
「何?」
下忍の一人がおずおずと手を挙げ発言した。
「滝に注連縄が張ってあり、何か札のようなものが・・・」
「・・・どんな札だったかわかるか?」
下忍は、完璧に覚えているわけではありませんが・・・と、たどたどしく、こんなものだったと懐紙に書いて見せた。それを見て、ナルトは舌打ちする。
封印符。
「起爆符か?」
「違う。封印符だ」
視線がナルトに集中した。
中忍である彼等にもそれが何の札であるかわからなかったらしい。
まぁ、普通の忍にはあまり用があるものでは無い。
「あの滝には、”何か”が封印されているらしい。・・・誰か、そこから水を運んでいるのを見た者は?」
誰もが首を振る。
(ったく、水の国の奴らめ・・・どんな”水質”を商売にしてやがる?)
「下手に手を出すとマズイかもしれないってばよ・・・」
「しかし、水を持ち帰らないことには・・・」
任務は遂行できない。
そんなことはわかっている。ナルトだって一人ならばさっさとそうしている。問題は何かが起きたときに彼等という足手まといが居るということだ。
「・・・・・・・」
ナルトは目を閉じ・・・数秒置いて、彼等を碧眼で真っ直ぐに見据えた。
「これより、任務をBランクよりAランク扱いに変更する」
「「「!?」」」
彼等が息を呑む。
任務にあたるにあたって、隊長資格を持つ者は、遂行任務が予定よりも遂行が困難となると判断した場合にはランクを変更する権限が与えられている。
だが、その権限が使用されるのは僅か1%に過ぎない。滅多に起きることでは無いのだ。
しかも、ナルトを除くこの場の誰もが、この任務についてそれほどに困難を要するとは思ってもいない。中忍に至っては、ナルトがこの程度で臆したのかとさえ思っている。
説明する時間さえ惜しいが、しなければ彼等は動かないだろう。
「・・・この封印符は、通常5枚一組で用いられる。サガン、貴方が見たのはその一枚だろう。他に四箇所似たようなものが貼られているはずだ。改めて説明するのも馬鹿らしいが、封印符に限らずどんな札も、一枚でもその効力は十分なものを持っている。それを5枚も使用するということは、封印されているものがかなり厄介なものであると推定できる」
滔々と説明し始めたナルトを、呆けたような顔で彼等は見ている。
この類のものが出たときには、木の葉では暗部一部隊を出動させていると話してやったならば、彼等はどうするだろうか。
(ツナデめ・・・厄介なものを押し付けやがって・・・)
恐らくツナデは何も知らないか、まさかそこまで厄介な代物とも思って居なかったのだろう。
もし知っていたならば、何かしらナルトに忠告していたはずだ。
完全に調査部門の怠慢だ。
さて、どうするか・・・
ナルトが言ったことに、彼等は半信半疑で・・・ここで退却すると言っても素直に従うことは無いだろう。下手をすれば、ナルト以外の二人の中忍のどちらかに権限委譲が行われる。
いっそのこと見捨ててもいいが、任務最初からケチがつくというのは、今後のことを考えれば良いことでは無い。
「本来ならば、一度退却して部隊を編成しなおすところだが・・・このまま続行する」
ナルトの判断に、彼等はとまどいつつも頷いた。
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