17.嵐






 ゴンドール王の政務の一つとして、週に一度の領地の視察がある。
 王の内心にすれば、毎日でも構わないところではあったが、それでは他の政務が滞る。
 王と臣下の妥協によって、週に一度と決められた。

 この日の王の予定は、オスギリアス近辺の視察ということになっていた。
 目的地には事前に護衛の兵が派遣され、王の同行には腕利きの騎士が選ばれる。
 出きることならばファラミアが自らついて行きたいのだが、さすがに王と執政二人共に城を不在にすることは
 出来ない。

「今日は私も同行させてもらうよ」
 護衛をかき分けて、アラゴルンの隣にやってきたのはレゴラスだった。
 少し遅れてギムリもやって来る。相変わらず馬の扱いには難儀しているようだ。
「ついて来るのはいいが、ふらふらと勝手にどこかへ消えるのはよしてくれ」
 以前、同じように視察について来たレゴラスが、ふらりと姿を消して捜索隊を組んだという苦い思い出がある。
 結局、当の本人は数時間後けろりとした顔で「君たちのことを忘れていたよ」と帰ってきたのだ。
「ああ、その時は放っておいてくれて構わない」
「そうするさ」
 エルフの気まぐれに付き合うのはごめんだとばかりに、アラゴルンは頷いた。
「オスギリアスへの視察は、噂の真実を確かめるため?」
「わかっていることを聞くな」
「確かに」
 レゴラスは微笑を浮かべた。
 









 オスギリアスの街は要塞であった頃の名残がほとんど見えないほどに整備されていた。
 夜間は閉じられる壮麗な門も、昼間は開かれ多くの旅人を迎え入れる。
 その旅人がまず目にするのは、中央へと続く広い白石畳の街路。
 先には広場があり豊かな水を湛えた噴水がある。
 街のいたるところに樹木が植えられ、深緑が旅の疲れを癒してくれる。
 足元を見れば、色とりどりの可愛らしい花が風に揺られ囁いている。
 行き交うの街の人々の顔には笑顔が広がり、活気ある商店が軒を並べていた。
 穏やかで平和な風景だった。

 そのオスギリアスの続く道も整備され、旅人が迷わないように導いてくれる。
 ここまで来れば、ミナス・ティリスまであと少し。
 旅人は安堵と期待に羽を休めるのだった。
 もちろん、これだけ雑多な人々が流入すれば当然犯罪も起こる。
 それを取り締まるのが、王の命を受けて派遣された執政官の役目である。
 オスギリアスの執政官は、ファラミアの親戚筋にあたる。
 名前をラディミアと言い、優秀で寛大な執政官として街の人々に慕われていた。

「王よ、ようこそいらっしゃいました」
「面倒をかけるな」
 笑顔で迎え入れたラディミアに労いの言葉をかけながら、アラゴルンは馬を降りた。
「いえ、お元気そうな姿を拝見し何よりでございます」
「早速だが―――」
「ご用意させていただいておりますので、どうぞ中へ」
「うむ」
 ラディミアに案内された部屋は、迎賓を迎えるためのものだった。
 だが、一つ。
 その場所にあまりにそぐわない存在がある。

 机に山と詰まれた、書類の束だ。

「・・・多いな」
「色々とございますから」
 笑顔でかわすあたり、さすがファラミアの親戚だと思わせる。
 王の視察は、される側にとっても何かと便利なのだ。
 王の決済が必要な書類をミナス・ティリスに送ってから帰ってくるのを待っていると早くても一月はかかる。
 それをついでとばかりにアラゴルンはまとめて処理することにした。
 今では視察と書類のどちらがついでかわからないまでになっている。
「では、よろしくお願いいたします」
「ああ」
 ラディミアは一礼すると部屋を出て行った。
 同行していたレゴラスとギムリはアラゴルンに付き合うつもりは無いので、街に到着した時点で
 さっさと別行動を開始している。
「・・・さっさと終わらせるか」
 腕まくりをしたアラゴルンは、書類へと向かった。





 昼を過ぎたあたりから、朝には澄み切っていた空に曇雲がたちこめて来た。
 厚い雲は嵐が来る予感だ。

「王よ。本日はこちらにご滞在下さい。嵐に会う危険がございますので」
「そうだな・・・・そうさせてもらおう」

 執務室の窓から外を見ながら、アラゴルンは昔を思い出していた。











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引っ張る引っ張る(笑)