エルフの逆襲 ≪レゴラス編≫


 ――― 遠かった。

 裂け谷の入り口に辿り着いた双子は、しみじみとそう思わずには居られなかった。
 この長い人生の中で、これほど時間を惜しんだことは無かった。
 そして、裂け谷が懐かしいとも。

「帰ってきたんだな、エルラダン」
 としみじみと呟けば、
「ああ、そうだ。エルロヒア」
 相方も同じように相槌を打つ。

「何を言っているんだい?」
 前を歩いていた人物が不思議そうに二人を振り返った。
 彼の名はレゴラス。闇の森の主スランドゥイルの息子である。
 貴公子然とした容姿は王子と呼ばれるにふさわしい。それを言えば、双子も立場は同じなのだが『王子』と 呼ぶには、どこか世俗に混じりすぎた雰囲気がある。
 だからと言ってレゴラスが世間知らずというわけではない。双子より500年ほど年上のこのエルフは、穏やか で人が良さそうな外見に反して、実のところ双子など足元にも及ばない『黒』である。
 かつて裂け谷に遊学に来ていたレゴラスに、幼い双子は悪戯をしかけ、それはそれは……思い出すのさえ 忌まわしい仕返しを受けた。
 双子は誓っていた。彼だけは怒らせてはいけない、と。

「いや、レゴラス。不思議と故郷がなつかしくてね」
「そうそう。全く不思議なことだ」
「……」
 何事か隠している様子の双子に、レゴラスは気づいているのかいないのか、そうと頷くと先を行きはじめた。
 双子はほぅぅと安堵の吐息をついたのだった。






 レゴラスを父親のエルロンドの元に案内した双子は、ようやく開放された。
 これで誰憚ることなく、フロドに会いに行くことが出来る。
 妹が言っていた『美しい青い目』にも、やっとご対面できるのだ。

「これで、ようやく会える」
「長かった……ああ、早く会いたいよ」
「誰に?」
「それはもちろんっ!?」
「!?」
 双子が同時に背後を振り向くと、そこには微笑を浮かべたレゴラスが立っていた。
 何故ここに!?エルロンドのところへ案内したはずなのに!!
 そんな双子の内心を読んだのか。
「先客がいらしているようでね、私のご挨拶は明日にさせていただくことにした」

 (父上~~っっ!!)
 
 双子は天を仰いで、『オーマイガッ!』と叫びたくなった。

「それで二人とも誰に会いたいんだ?妹のアルウェン?それとも僕の知らない間に誰かと結婚したのかい?」
「「違うっっ!!」」
 はっと、手で口をふさぐが時すでに遅し。
 ここで頷いていれば誤魔化すことが出来ただろうに。
「ふーん……」
 レゴラスの視線がめぐる。双子は嫌な予感が高まるのを感じた。
「それじゃ、僕も一緒に行って構わないかな?」
 にっこり。
「「……」」
 ここで否、と言わせて貰えるほどレゴラスは甘くなかった。








 出発の前に、こっそりとフロドの部屋へ忍び込んだ双子はそのままフロドのベッドで眠り、目覚めると怒り 狂った灰色の魔法使いが居て双子は追い立てられるように、着の身着のままで裂け谷を出発させられた。
 一目だけでもフロドに、と願うことさえ出来なかった……もしそんなことを言い出したら双子は確実に魔法使い によって馬か何かにに変えられていただろう。

「へぇ、ホビットがここに来ているのか。ビルボだけじゃなくて?」
「そう、四人もね」
 レゴラスはビルボには面識があるが、それ以外のホビットを目にしたことが無いのは、双子と同様だった。
 もっともホビットは自分たちが住む場所から滅多に出ることは無いので、ほとんどの人間がそうであろうが。
 レゴラスは闇の森を出るときに、父のスランドゥイルから告げられたことを思い出していた。

 『中つ国に重大な危機が訪れようとしている』

 おそらく、その言葉とホビットたちとは何か関係がある。
 レゴラスの勘がそう告げていた。
 双子たちは、部屋の前まで行くとそこにホビットの友人であるビルボを発見した。

「やぁ、エルラダンにエルロヒアじゃないか」
「「こんにちは、ビルボ」」
 椅子から立ち上がったビルボが双子に駆け寄る。
 双子は腰ほどしかないビルボの小さな体を抱いて挨拶した。
「おや、そこに居るのはスランドゥイル殿のご子息のレゴラスじゃないか?」
「お久しぶりですね、ビルボ。お元気そうで何より」
「まさかここでお会いできるとは。お父上は元気かね?」
「ええ、元気です(無駄にね)」
 レゴラスはこっそり付け加えてビルボと挨拶をかわした。
「ところで、今こちらにはあなた以外のホビットが来ていると伺い訪ねてきたのですが」
「ああ、フロドとサム、メリーにピピンのことだな」
 ビルボが答えると、


「ビルボ?」
 中から誰かが声を掛けてきた。


「ああ、フロド。素晴らしいお客人たちだ。……私の息子なのだよ」
 最後の言葉はレゴラスに向けられていた。
「ご子息がいらしたとは、初めて聞きました。フロドと言うのですか?」
「ああ、紹介しよう。少々怪我をして臥せっていたのだが、ようやく元気になったのだ。エルラダンとエルロヒア も中へどうぞ、どうぞ」

 (よっしゃ!)
 双子は心の中で拳を握る。

 三人のエルフがビルボに連れられ、部屋の中へ入っていくとフロドがソファから立ち上がり出迎えた。
 少し驚いた表情で、三人を見ている。

「「……!!」」
 双子は息を呑んだ。

 フロドの、驚きに大きく開かれた青い瞳は、きらきらと美しい。
 まるで、神秘の海の色。

「こちらの双子はエルロンド卿のご子息。エルラダンとエルロヒア。こちらは闇の森スランドゥイル殿のご子息の レゴラス。エルラダン、エルロヒア、レゴラス。私のフロドだ」
 ビルボの手招きにフロドが近づき、少し緊張しつつも、にこりと笑顔を浮かべた。
「フロド・バギンズです。お会い出来て光栄です」
「「こちらこっ」」
 フロドと握手しようとした双子は、何かに後ろに引っ張られた。
「「うぐっ!!」」

「初めまして、フロド。レゴラスです」
 双子を後ろに退け、レゴラスは前に出て、最上級の微笑みを浮かべてフロドの手をとった。
 フロドは、ぼっと頬を染めてレゴラスを見つめる。

 (ああ~~っっやっぱりぃぃ~~っっ!!!)

 そう、昔から双子はレゴラスに勝てた試しが無かった。
 どんな女性を口説いても、初めこそ双子に気があるふりをしていてもレゴラスが現れると途端に彼女たちは 双子を無視してレゴラスに熱をあげた。
 今回もそうなるのか、と二人が打ちひしがれていると、ホビットの足が視界に入る。
「「……??」」
「あ、あの初めまして、フロドです。エルラダンさんに、エルロヒアさん。エルロンド卿にはとてもよくして貰って おかげさまで、元気になりました。ありがとうございます」
「「!!!」」
 双子は驚き、フロドの視線まで足を折ると二人でフロドの手をとった。
 そして。

「僕はエルラダン」
「僕はエルロヒア」
「「よろしく!」」

 少し呆気に取られたようなフロドだったが、すぐに顔をほころばせて同じようによろしくと挨拶してくれた。
 (かっ可愛いっっ!!!)

 抱きしめようとした、双子の腕は――― 宙をきった。

「「……え」」

「フロド、君はとても可愛いね」
 レゴラスに先を越されていた。
 抱きしめられたフロドは突然のことに、目を白黒させている。
「ホビットに君のような人が居るとは、長い人生の中でも驚きの事実だよ」
 そして、レゴラスはフロドをじっと見つめると……キスをした。
 





 唇に。







「「!!!!!!」」
 声なき叫び声をあげる双子。
 キスされた当人であるフロドは茫然自失して、にこにこと笑うレゴラスをただ見ている。

「これから、(末永く)よろしくね♪……て、あれ、フロド?どうしたんだい?」
 小さなフロドの体がくてり、とレゴラスの腕の中で力を無くす。
 怒涛の出来事に、目を回してしまったらしい。
「ああ、きっと傷がまだ癒えてないのに無理をさせてしまったからだね」




 (あんたのせいだ!あんたのっ!!)




 双子の心の声など、いっこうに気づいていないふりでレゴラスはフロドをベッドへと運び横たえる。
 そして、シーツをかけると満足げにフロドを眺めた。

「ビルボ、また明日。改めて伺います」
「あ、ああ」
 にっこり笑った最凶レゴラスに、ビルボはこくこくと頷く。
「……フロド、また明日」
 とどめに、再びキスをする・・・今度は額だったが。

「さぁ、エルラダン、エルロヒア。お休みのレディに部屋にこれ以上お邪魔するのは無礼だよ」
 誰がレディかというツッコミはすでに意味が無い。



(フ~ロ~ド~ッ!!!!)



 せっかく裂け谷に帰ってきたというのに、会話らしい会話もすることが出来ず双子はずるずるとレゴラスに
 引きずられ、部屋を後にするしか無かった。

 (まぁ、いい。明日はレゴラスはエルロンドに会わなくてはならない。その間にっ)


「エルラダン、エルロヒア。抜け駆けしようとしたら……わかっているね?」
「「!!!??」」
 
 笑顔の中でちらりとのぞいた碧眼は、双子を串刺しにする鋭さを秘めていた。

「「……。……」」
 無言でこくこくと頷くしか無い双子だった。



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