エルフの逆襲 ≪双子編≫



 裂け谷の主、エルロンド卿には双子の息子があった。
 エルロヒアとエルラダンである。


「不公平だ」
「確かに」
 双子は顔を合わせ、何事か頷きあっている。
 鏡あわせのように顔形もそっくりな双子を見分けるには、服装の違いしかない。
「他の奴を行かせたって何の問題も無いだろうに。何故僕たちが」
「しかも、スランドゥイル様と父上は遠話で意思疎通できるのだから、使者なんか不要だろうに」
「「不公平だ」」
 双子は一言一句、タイミングも違わず言い合わせた。


 彼らがいったい何をもって不公平だと不平を述べているかといえば、一週間ほど前に運び込まれた一人の ホビットに関わる事柄であった。ナズグルに負わされた傷で生死の狭間にあったそのホビットは、迎えに 行った彼ら双子の妹に運びこまれ、父親のエルロンド卿の手厚い加護のもと、想像以上の生命力を発揮して この世にとどまった。
 フロドという名のそのホビットはある重要な使命を帯び、シャイアからはるばるこの裂け谷までやって来た。
 双子はホビットと言えば、すぐに思い出されるのはビルボのことであり、彼はよき友人である。フロドはその 息子にあたるらしい。
 それだけでも、双子の興味をひくには十分だというのに……彼らの妹が言うには。


 『美しい青い目の、それそれは可愛らしい小さな方なのです』


 ここだけの話、妹の審美眼は非常に厳しい。
 規準が自分たちの祖母……ガラドリエルなのだから無理も無いとは言えるが。
 その妹が、『美しい』や『可愛らしい』などという賛美の形容を他人につけるなど滅多なことではない。
 同じエルフにさえ使ったところを聞いたことが無い。
 『そのホビット、フロドに会ってみたい!』―――双子がそう思うのも自然な成り行きといえた。

 それだというのに、父親のエルロンド卿と実質的なフロドの保護者であるガンダルフは彼がまだ病み上がり ということで、僅かな顔見知りの者以外は面会謝絶を言い渡した。……双子も例外なく。

「あれは出し惜しみ以外の何者でもない」
「全くだ」
 と、双子が苦々しく思っていたところで、ようやく面会謝絶の札が降りた。
 いよいよ、噂の彼に会える!と双子が思ったのも束の間、その双子をあざ笑うように父親のエルロンド卿は 彼らを闇の森への使者として旅立たせることを言い渡した。

「「何故っ!!」」

 愕然とし、抵抗の意思を示した双子に、父親は無情にも『決定したことだ』と切って捨てた。
 妹にはでろでろに甘いくせに、双子には厳しい父親エルロンド。
 無理もない。
 まだ双子が幼かりし頃に仕出かした数々の悪戯は、未だに伝説となって裂け谷に鳴り響いている。
 エルロンド卿も双子には苦労させられたのだ……そう、彼の額が語っている。
 双子もその額を見れば、それ以上の否やは言えなかった。

「機会は今夜しかない」
「そうだな。明日の朝には発たなければならない」

 真剣な表情で、話し合った双子は計画を実行に移すべく動き始めた。






 フロドの部屋がどこにあるかは、すでにサーチずみ。
 館の谷が見渡せる最奥の客室。
 面会謝絶の間は、ガンダルフやエルロンドが万一のために隣部屋に控えていたようだが、今はそれも 無いらしい。

「――― 成功を祈る」
「我らエルフに祝福あれ」
 戦闘準備OKの合図を互いにかわし、二人は足音を忍ばせフロドの部屋へと入り込んだ。






 部屋は穏やかな沈黙に包まれていた。
 この裂け谷、エルロンドの館には古き良き時代のなつかしい空気が漂っている。
 その沈黙の中で、エルフの抜群の性能を持つ耳は、かすかな寝息を確かに聞いた。
 僅かな月の光の中で、窓際に据えられている寝台へと双子はゆっくり近づいていく。


 そして彼らは見た。
 
 
「「……。……」」

 世にも稀なる可愛らしい眠り姫を。


 小さな体をふわふわの寝台に沈め、妹の語った蒼い目は長い睫に隠され見ることは叶わなかったが、 薄桃の可愛らしい唇が僅かに開き、そこからかすかな息を吐き出している。
 これがあのビルボと同じホビットだとは、到底双子は信じられなかった。
 彼は太ってもおらず、丈夫さが取り柄のホビットらしくなく繊細そのものだったのだ!

 妹の審美眼は確かに間違っていない。
 二人は心の中で太鼓判を20個ほど押した。
 
 二人は目配せするとフロドの顔をもっと間近で見るために寝台の両側に分かれて立ち、彼の顔をのぞき こんだ。
 エルフは美しく気位の高い種族だ。あまり『可愛い』というものは居ない。
 双子にとっても、これほどに愛らしい生き物を目にするのは初めてのことだった。

「「(なんて可愛らしいっっ!!)」」
 双子は完全に別世界に旅立っていた。

 ひとしきり、じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっとフロドの顔を眺めた双子は、どうにも我慢ならずその手を伸ばす。
 そのタイミングまで同じ。さすが双子。

「すべすべの肌だ……柔らかい」
「とても無防備だ……可愛いなぁ」
 双子は漸く果たせた念願に、幸せ気分にひたっていた。
 目にするだけのつもりが手を伸ばし、肌に触れ、髪を撫ぜ……ベッドの両脇に空いたスペースに入りこんだ。
 両側から眠るフロドを眺め、囁く。

「ふふ、目が覚めたら驚くだろうね」
「悲鳴をあげて、泣き出しちゃうかもね」
 でも、そうしたら。

「「ぎゅっと抱きしめて、キスをしよう」」

 大丈夫だよ。
 驚かせてごめんね。


 くすくすと笑いあった双子は、フロドの隣で目を閉じた。





 彼等は知らない。
 目覚めて一番に目にすることになるのが、眠れる姫では無く、キレた灰色の魔法使いであることに。




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