エルフの逆襲 ≪グロル編≫
美しく穏やかな時が流れ、輝きに満ち溢れた場所。
エルフたちが住まう裂け谷に、フロドはしばしの安息を得ていた。
エルロンドの館から少し離れた森の入り口で、フロドは読書に丁度いい場所を見つけて木を背に本を開いた。
読書好きのフロドにとって、ここはまさに宝の山だった。
ビルボに教えてもらった書庫には、すでに失われたと思われていた本も、シャイアでは手に入らなかった本も
数多くあり、その多さにフロドはいったいどれから手をつけていくべきか、と幸福な悩みにとらわれたものだ。
今日も悩みに悩み抜いて選び出した本を、フロドは大切に腕に抱えて持ち出した。
本を開き、文字を追い始めると周囲のことなど目にも耳にも入らなくなる。
物語に入り込み、語りに一喜一憂し、胸を躍らせ、続きを急ぐ。
半分ほどそうして読み終えたところで、フロドははぁと息を吐きながら顔を上げた……。
「!?」
と、目の前に立っている人を見つけフロドは驚き、目を見開いた。
「ああ、驚かせてしまったかな。声を掛けようとしたのだが、邪魔をしては悪いと思ったものでね。
フロド=バギンズ?」
「!?」
自分の名前を呼ばれて、再び驚いた。
「驚くことは無い。君はここではちょっとした有名人なのだから」
人、では無い。彼はエルフだ。しかもこれまで目にした中でもとびきりに美しい。
真っ直ぐに肩まで伸びた金糸が風にそよぎ、碧色の瞳はこの輝く森のよう。
「あ……あの、あなたは?」
「ああ、これは失礼。指輪所持者には初めてお目にかかる。この裂け谷エルロンド卿の補佐をしている
グロールフィンデルと申します」
「グロールフィンデル殿……」
そこでフロドは慌てて立ち上がり、胸に手を置いた。
「フロド=バギンズです」
たとえ相手が自分のことをすでに知っていようと、名乗るのが礼儀である。
「君は良い子だね」
「……」
実のところ、フロドはもう「子」とは言えない年齢ではあるのだが不老不死の種族であるエルフにとって、
フロドは生まれたばかりの子供に等しいのかもしれない。
「ああ、どうか気を悪くしないでもらいたい。私はエルフの中でも割と年嵩のほうで、仲間のエルフさえ子供の
ように思うのだ」
穏やかな微笑を浮かべてグロールフィンデルはフロドを眺めた。
その微笑は、幼子を見つめる父のように暖かで慈悲に満ち溢れていた。
フロドの肩に知らず入っていた力が抜けていく。
「ナズグルに受けた傷の調子はいかがかな?」
「はい、大分いいです」
時折、ずきりと痛むがそれは仕方ない。傷とはそうそう治るものではないのだから。
「それは良かった。しかし、少々顔色が悪いようだ。風にあたりすぎたのでは無いか?ここ裂け谷は暖かい
といえど、風は吹く。病み上がりで無理はしてはならない」
「……はい」
グロールフィンデルは、そう言うと静かにフロドに近づきナズグルに受けた傷がある左肩にそっと手を置いた。
暖かい、力が流れ込んでくる。
「どうかな?」
「……はい。とても気持ちがいいです……ありがとうございます。あなたも癒しの手をもっておられるのですね、
グロールフィンデル殿」
「エルフは、力の差こそあれ誰しもが癒しの力を持っているのだよ、フロド。ところで、私に敬称をつける必要は無い」
「え、でも……」
困惑してフロドはグロールフィンデルを見上げた。
彼はエルロンド卿の補佐だとい言う……エルフの中でもきっと高位にあるエルフに違いないのだ。
何も持たないフロドが呼び捨てに出来るわけが無い。
そうでなくとも、輝かしい様に気後れしていえるのに。
「ならば、私も君のことを……フロド殿、とお呼びしようか」
「え!そ、そんなっ」
「私は君の養父であるビルボの友人なのだ。君とも友人になりたいと思っている。駄目だろうか?」
「だ、駄目だなんて!とても光栄です、そんな風に思っていただけるなんて……でも」
「時には考えるより言葉に出すことが肝心だ。さぁ、フロド」
美しい顔が間近に迫る。
どうあっても、グロールフィンデルはフロドが呼ぶまで引きそうにない。
「え、っと……。……っグ……グロールフィンデル……」
おずぞうとフロドがその名を口にすると、グロールフィンデルの顔が笑み崩れ……フロドの額に接吻を落とした。
「我が友、フロド=バギンズ。君の上に大いなる祝福あれ」
すると、フロドは自分と同じ目線まで腰を落としていたグロールフィンデルに手を伸ばし、爪先たちすると、
グロールフィンデルの白皙の額に同じように接吻した。
「あなたにも、祝福がありますように」
「……」
グロールフィンデルは驚いていた。
ここ数百年さらしたことのない、呆気にとられた表情を浮かべている。
「あ、あの?」
「……フロド」
呟くと、グロールフィンデルはフロドの小さな体を胸に抱きしめた。
「!?っ、グ……グロールフィンデルッ!?」
「ああ!君は本当に素晴らしい、フロド!」
何と、愛らしくかわいらしい生き物なのだろう、この小さな人は。
グロールフィンデルは衝動のまま、フロドを抱きしめ、頬を寄せた。
「え?え!?あの……え……????」
何が起こっているのかよくわからないまま、フロドはグロールフィンデルに抱き上げられる。
そのまま、グロールフィンデルは歩き出した。
「あ、あの……グロールフィンデルッ!」
「何だい?」
美しい顔が真正面で微笑む。
「そ、そろそろ下ろしてくれませんか?」
「どうして?」
「どうして……て、あの、僕は一人で歩けますから……傷を心配してくださるのは嬉しいんですけど」
「遠慮をすることは無い、フロド。君たち小さい人を運ぶことなど私には何ほどの苦も無いのだから……それとも
私の腕の中は、君にとって苦痛をもたらすものであろうか?」
悲しそうな表情に、フロドがうろたえる。
「そ、そんなことはありませんっ!むしろ心地よいくらいですっで、でもですね」
「それならば大人しくしておいで、私の可愛いフロド」
愁眉を開いたグロールフィンデルは、フロドの額に接吻し、有無を言わさず口を閉じさせた。
「……。……」
どうしてこうなるのだろう。これでいいのだろうか?
フロドは混乱したまま、エルロンドの館まで連れ帰られたのだった。
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