Never Ending Story 15.コウル


 レゴラスの言葉を聞いたアラゴルンの反応は劇的だった。
 灰色の瞳を大きく見開き、レゴラスの肩を強く掴む。


「な、ん……だと?」
「いくら100を超えたからといって、ボケるのは少々早い」
「レゴラス!」
 うなるような声でアラゴルンは、レゴラスに詰め寄る。
 レゴラスは肩をすくめ、もう一度繰り返した。
「青い瞳のホビットを見た、と子供が話していた」
「……」
 レゴラスの簡潔な言葉はあらゆる可能性を含んでいた。
 ホビットの中には、もちろん青い瞳を持つ者も少なくは無い。
 だが、普通のホビットたちは好き好んで自分から生まれ育った地を離れることは無い。
 彼らは自分たちの土地を愛し、外界には興味が無い。恐れすら抱いている。
 メリーやピピン、サムに、サムの娘のエラノールはホビットの中でも「変わり者」なのだ。
 それ以外のホビットが、シャイアを離れゴンドールに居る可能性……それは限りなくゼロに近い。
 だとすれば……。

「まぁ、子供の言うことだから嘘か本当かはわからないけれど」
「誤魔化すな、レゴラス」
 アラゴルンは強い口調でレゴラスを制止した。
 この年齢不詳のエルフとは物心ついた頃からの付き合いである。
「お前は可能性を考え、確かめたはずだ」
 いつも飄々と風のように何者にも縛られず、誰よりも自由を愛するエルフは、かつてただ一度だけ、
 己の弓にかけて誓いを立てた。
 同じくアラゴルンは、剣と命において誓いをたてた。



 ―――― 20年前、この地を去り、かの地へと去った、ただ一人のために。



 ふ、と夜の空気が動く。
 レゴラスが食わせ者な微笑を浮かべていた。

「子供は言った……彼は素足で土の上を歩き、その足は茶色い毛に覆われていた。背は自分と 同じ程しかなく、人目を避けるようにすぐに姿を消してしまった、と」
「……」
「子供が見た存在は限りなくホビットである可能性は高い。だが、それが彼である可能性は……同じほど 高いとは言えないけれども」
 過ぎる希望は、絶望へとたやすく姿を変える。
「子供は、どこで……その姿を、見たと?」
「オスギリアスの街で」
 かつて要塞であったオスギリアスは、その規模を大きくしミナス・ティリスに最も近い街として繁栄していた。
「オスギリアス」
 アラゴルンの声には耐え切れぬ想いが滲み出ていた。
「彼が……去って20年。かの地に去った者が再びこの地に帰ってくるなど……」
 ありえないと理性は否定するが、彼を求める本能は狂うほどに希う。
「捜しに行こうと思っているのならやめたほうがいい」
「何……」
 レゴラスに先手を打たれたアラゴルンが眉をしかめる。
「無駄に終わるとエルフの勘が告げている」
「……」
「もしそのホビットが本当に彼ならば……近いうちに、私たちの前に姿を現すはず」
「彼は素直そうに見えて底知れぬ頑固者だ。そう簡単に姿を見せるとは……」
「彼ならば捕まえる。必ず」
 20年前。彼ら二人とも旅立つフロドを見送ることも許されなかった。
「狙った獲物は逃さないよ、私は」
「……」
 酷く楽しそうに笑うレゴラスに、アラゴルンは言葉もなく呆れ果てる。
 エルフがこれほど執念深かったとは……。
「もう百年くらい我慢して、あちらで感動の再会でも果たそうと思っていたけれど、もし本当に彼ならば手間が 省けたな。――― 楽しみだ」
 本当に楽しそうだった。相手が気の毒に思えるほど。
「20年、か……」
 人にとって、決して短いとは言えない年月である。
 それでも思い出は風化せず、出会った頃の印象のまま、あの美しい青はアラゴルンの中で輝いている。


――― フロド」

 (会えるものならば……どんな手段を使ってでも会いたい)

 その強い衝動に、アラゴルンはレゴラスのことは言えぬと笑った。


「思い出し笑いは、老化現象の一つと聞いたけど?」
「私の数十倍も生きてるお前に言われたくは無い」
「年をとると怒りやすくなるらしい」
「子供返りもするらしいな」
「……」
「……」
 人間の王とエルフの王子では無く、旅の仲間同士の軽口をたたきあった二人は睨み合い息を吐き出した。
 この勝負、痛み分けだ。

「ともかく、私はしばらくここに居ることにする」
「……勝手にするがいい」
「そうさせてもらう」
 レゴラスは話が終わるとひらりと窓から身を躍らせた。
 いくら身軽だからと言ってそこは出入り口では決して無い……が言っても無駄なので、アラゴルンは再び 溜息をつき、腕を組む。

 空には美しい星々が輝いていた。




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