Never Ending Story 14.姿影
フロドが中つ国を旅立ち、幾度目かの春が巡っていた。
サウロンによって、荒れ果てた大地には緑が生い茂り、破壊された建物は以前以上の壮麗さで復活していた。
明日、3月25日はゴンドール、いや中つ国の全てにおいて特別な日である。
指輪が葬り去られ、サウロンという悪を打ち砕いた記念すべき日。
ゴンドールの王アラゴルンはその日は新年と定めていた。
新年の過ごし方は人それぞれであるものの、街は色とりどりの装飾で飾られ、皆、この平和を取り戻した
英雄たちに感謝を捧げる。
「僕も大きくなったら王様のように強い騎士になるんだ!」
「僕はレゴラス!百発百中の弓の名手になるんだ!」
男の子たちは強い英雄に憧れる。
指輪の戦いは今や歌や話で語られる英雄譚。
「ねぇ、フロドは!それからフロドはどうなったの!」
それが親に話をせがむ子供の決まり文句だった。
「サウロンを倒したフロドは、ホビットたちとシャイアに帰り平和に暮らしましたとさ」
いつもの結末。
だが、それがほんの少し違うことを知っているのは僅かな者ばかり。
フードを被って通りを歩く男は、親子の語りを聞くとも無しに通り過ぎていく。
「でも、母さん!僕、ホビットの人見たよ!」
男の足がぴたりと止まった。
「また始まった!ルーゴの嘘つきぃ」
「嘘つきルーゴ!」
「嘘じゃない!本当だもんっ!」
他の子供に囃し立てられたルーゴと呼ばれた子供が赤い顔をして反論する。
「母さんっ本当だよ!僕見たもんっ!靴もはかないで裸足で歩いてるの!」
「そうね」
母親は穏やかに子供の頭を撫でて笑顔で頷いていた。
子供は納得しかねた顔をしていたが、母親の優しい手に口をつぐんだ。
「ホビットを見た、か」
フードを被った人物は、壁に寄りかかりその子供をじっと見ていた。
新年。王宮には王へ祝辞を述べる諸侯が集い、祝宴が設けられる。
ヌメノールの血を引く王はいつまでも若々しく、男らしい魅力に溢れ貴婦人方の注目の的だったが、王には
すでに美しいエルフの妃が居る。
彼女の美しさの前では人の美など霞んでしまい、ただ頭をたれるしかない。
その祝宴に更に色を添えるのが、指輪の英雄の一人エルフのレゴラスだった。
アルウェン王妃が星々の光ならば、レゴラスは月の光。
闇夜にさっと差し込む一条の月光は、その姿を見せただけで喧騒がやみ彼の一挙手一動に注目が集まる。
洗練された物腰は、ほぅと溜息が出るほどに美しかった。
「エレスサール王、新年のお祝いを申し上げる」
胸に手を置き、一礼したレゴラスにアラゴルンも同じく挨拶をかえす。
「レゴラス、そなたも元気そうで何より。また中つ国を一周してきたのか?」
「ええ。ギムリと一緒にね」
ドワーフとエルフという異色の組み合わせながら、彼等はいいコンビで共に旅をして長い年月を過ごしていた。
ギムリはレゴラスより一足早くゴンドールに入り、広間のテーブルの一つにどっかりと腰を下ろしている。
「ところで王よ、メリーとピピンは?」
「残念ながら二人とも来られないという連絡があったが。どうかしたか?」
少しばかり眉を寄せたレゴラスに、察しよく気づいたアラゴルンが問いかける。
『少しばかり気になることが』
他人をはばかることなのか、レゴラスはエルフ語に変えた。
『どうやら後でゆっくり話を聞いたほうが良いようだな』
『そうしたほうが、いいだろうな』
まだまだ諸侯の挨拶を受けなければならないアラゴルンは、深夜まで時間が空くことは無いだろうが、
眠らぬエルフには、時間は関係ない。
「――― レゴラス」
城壁に設けられた窓から眼下に広がるゴンドールの街並を見下ろしていたレゴラスに声が掛かった。
きらびやかな式典衣裳を脱ぎ、普段着に着替えたアラゴルンが立っている。
「今度はいったい何を仕入れてきたんだ?」
レゴラスはときに、王の目であり耳であった。
「―― 希望と絶望、闇の中の光。過去の亡霊……確かなことはわからない」
「相変わらずエルフの話す内容は抽象的でわかりにくい」
「メリーもピピンもここには居ない。今、ゴンドールにホビットは居る?」
「……サムの娘のエラノールがアルウェンについているが……他には居ないだろう」
「――― 違う」
レゴラスは街に目をやったまま何かを否定する。
「何が……いったい、何を隠しているんだ……」
ふと、アラゴルンは唐突に気づいた。
アラゴルンに背を向けたレゴラスには一つの隙も無く、外を眺める様はかつて旅の仲間の内に偵察役を
していた頃の鋭さを秘めている。
彼は、何故かわからないが、酷く緊張している。
まるで今にも矢をつがえ、射放ちそうにも見える。
「子供が話していたんだよ」
「……」
「美しい青い目のホビットを見た ――――― とね・・」
*NEXT