Never Ending Story 11.別離


 アラゴルンの戴冠式とその後の祝宴を過ごしたホビットたちは、皆に惜しまれつつもゴンドールを旅立った。
 行きは9人だった旅も、帰りはホビット4人と同行者3人の7人の旅である。
 ホビットの案内役としてガンダルフ、レゴラスとギムリは報告のために途中まで同行した。

「フロド、疲れてはいないかい?」
 レゴラスが馬の背に揺られながら己の前に座るフロドの優しい声で問い掛けた。
「ありがとうございます、大丈夫ですよ。レゴラスこそ疲れてはいませんか?」
「エルフは疲れを感じない生き物だからね、気にすることは無いよ」
 レゴラスの返答にフロドは笑顔で頷いた。
 そのへんのホビットならともかく、フロドはエルフについて色々なことを知っている。
 エルフが疲れ知らずということももちろん知っているはずだ。
 それでも尋ねてくるフロドの性質をレゴラスは愛していた。
 その二人の様子を気が気でない様子で伺っているのが、ガンダルフと共に馬に乗っているサムだった。
 レゴラスとあまり親しく過ごしたことのないサムだったが、裂け谷での様子とゴンドールでの様子から見るに、 自分の主人であるフロドにあまり良い影響がある人物(エルフだが)とは言えないと判断していたからだ。
 レゴラスがフロドに何事か話し掛けるたびに、振り向いてはガンダルフに注意される。
「サム。あまり動くと落ちるぞ。大人しくしておれ」
「ガンダルフ、大人しくしておきたいのは山々ですが……フロド様が……ああ!どうしてあんなエルフなんぞの 馬にフロド様を乗せたんですか!?」
「仕方なかろう。レゴラスが他の誰も乗せぬと言い張るのじゃから―――あの笑顔で」
 エルフの中でも特に美しいレゴラスが浮かべる笑顔は本当に見惚れるほどだ。
 だが、何故か恐ろしい。
「ああ、フロド様……おいたわしい!」
「……。……」
 ぐちぐちとうるさいサムを、ついにガンダルフは無視することにした。

「おいっ、ちゃんと真っ直ぐ歩け!」
 そう馬に命令しているのは、ドワーフのギムリ。戦の間中レゴラスと共に馬に乗っていた彼は、さすがに 屈辱に思っていたらしい。ゴンドール滞在中にひそかに訓練していたのだ。
 晴れて今度の帰途では一人で馬に乗れるまで上達したのだが……うまく操る、というところまでは無理だったらしい。
 今も何かと言うと道草を食おうとしている馬を必死で一行に遅れぬようにと叱咤しているのだった。

「ねぇ、メリー……少しの間くらい、いいだろ?」
「駄目だ」
「少しだけっ!」
「駄目」
 こちらはホビット二人。ローハン以来、馬に乗る楽しみというか楽さを覚えたメリーにピピンは乗せてもらって いるのだが、自分も手綱をとってみたいとメリーにねだりつづけているのだ。
 もちろん、メリーとしてはそんな命を捨てるような頼みを受け入れるつもりはこれっぽっちも無い。

 こんな風にそれぞれに含むものがありつつも、一行の旅路は至って平和に過ぎていった。




 一行の最初の別れは裂け谷にて訪れた。
 一行より一足早く裂け谷に戻っていたエルロンドが彼らを迎え、しばらくの休息とフロドの左肩の治療を与えた。
 一年前に訪れたときより、エルフの数が減り、晩秋の気配が色濃く、どこか物寂しくあったが、上等の寝台と 安息、エルフたちの穏やかな歌声は彼等の旅の疲れを癒した。

「フロド、居るかい?」
「はい、レゴラス?」
 自室で本を読んでいたフロドは顔を上げた。
 そこには、旅装束に身を包んだレゴラスが優しい笑顔を浮かべて立っていた。
「レゴラス、その格好は……」
「ここから私は闇の森へ報告に行かねばならない。フロドたちとはお別れだ」
 フロドは本を置き、自分と目線を合わせるように屈んだレゴラスに抱きついた。
「……フロド」
「あなたが居なくなると寂しくなります。どうか闇の森までご無事で」
 フロドの突飛な行動に目を開いたレゴラスは、自分を気遣うフロドを優しく抱きかえした。
「私も寂しいよ、君が傍に居ないと思うと……本当はシャイアまでついて行きたいところなんだが」
「レゴラス……」
「父上が煩いのでね」
 明るいレゴラスに、フロドの口元に微笑が浮ぶ。
「もし、良かったら、いつでも遊びに来て下さい」
「行ってもいい?」
「もちろん!歓迎しますよ……皆、凄く驚くと思いますけど」
 シャイアのホビットたちは、エルフなんて話の中だけのもので実際に見たことは無いのだ。
「何故?」
「レゴラスはとても美しいから」
 それはこの世に生を受けてから、レゴラスが幾度となく耳にしてきた形容詞だった。
 けれど、フロドの口から出されたというだけで、それは特別な色を宿すようにレゴラスには思われた。
「ありがとう、フロド。けれど、私はもっと美しいものを知っているからね」
「もっと美しいもの?」
 フロドの好奇心が疼く。
「ふふふ……今は秘密。今度会った時に話してあげよう」
「絶対にですよ。忘れませんからね」
 念を押すフロドに、笑いながら約束したレゴラスは別れの言葉を告げ、旅立った。
 そしてギムリもまた、ドワーフたちへ報告のため旅立って行った。
 5人になった旅の仲間は二週間裂け谷に滞在した後、シャイアへ向かった。




「フロド、ここからは四人で行くが良い」
「え」
 ブリー村を過ぎ、古森を抜けたところでガンダルフは馬をとめた。
「ガンダルフは?」
「儂はしばらくこの古森に隠居することにした。ここからシャイアまでは一本道じゃ。迷うこともあるまい」
 ホビットたちは目配せしあい、フロドを見た。
「ガンダルフ、また遊びに来てくれますよね?」
「気が向いたらのう。何、近い距離じゃ。会おうと思えばいつでも会える。儂が居る場所は森が案内してくれる」
「わかりました」
 笑顔を浮かべたフロドは、馬に足をかける。
「――― フロド。そなたに一つだけ言っておかねばならない」
「はい?」
「左肩の傷は完治することは無い。これからもそなたを苦しませるだろう」
「……」
「そのときには決して無理をせず、安静にすること」
「はい。エルロンド卿からお薬もいただきました」
「うむ。どうしても酷いようなら儂を呼ぶが良い。……とは言ってもそなたは頑固だからの」
「……ガンダルフ」
「安心して下さい!フロド様のことはこのサムがきちんと面倒見させていただきますから!」
「頼んだぞ、サム」
 この旅で誰よりも逞しく成長した、庭師のサムは胸を叩いて頷いた。
 それに嬉しいような悲しいような複雑な表情を浮かべるフロドを見て、メリーとピピンが苦笑を浮かべた。

「では、また。ガンダルフ」
「来るべき良き日に」
 
 ホビットたちが去る姿に、ガンダルフは胸に手を置き頭を下げた。





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