Never Ending Story 8.夢目覚め



 九人で裂け谷を旅立った仲間たちは、アモン・ヘンで一人を失い、3組に分かたれた。
 その悲しみにひたることも出来ず、皆の前には怒涛の現実が押し寄せ、その波に抵抗し打ち勝つために、
 ただ必死になることしか許されなかった。
 エルロンド卿は旅立つ前に彼らに言った―――
 ”旅の仲間はいかなる誓いにも義務にも縛られることは無い”と。
 おそらく彼はこの事態を視ていたのだろう。
 しかし、又彼らは分かれても何より強い一つの目的によって結ばれていた。
 指輪を葬る、というただ一つの目的に。




 黒門に集っていた闇の勢力は、サウロンが滅びると共に散り散りとなって四方八方に逃げ出した。
 サウロンの滅亡、それは皆が待ち望んでいた、フロドが使命を果たしたことを意味する。
 
「ガンダルフ!」
 一刻の猶予もならぬ事態に仲間の視線がガンダルフに集まった。
「フロドは……」
 最悪の事態に彼らの表情は恐ろしいほどに暗い。
 モルドールの火の山の火口からは凄まじい炎が噴出し、大地は崩れ去ろうとしている。
「希望を捨てるでない。必ず彼らは助ける……グワイヒア!」
 ガンダルフの声に、これまで見方を幾度も苦境から救ってきた大鷲が目の前に降りてくる。
「アラゴルン、フロドとサムは必ずわしが連れ帰る。おそらく彼らは苦難の旅路により心身ともに健康と いうわけでは無かろう」
「万全の体制で待っています。……必ず、ガンダルフ」
「フロドを救うためならば、エルロンド卿さえお連れして参りましょう」
「……うむ」
 アラゴルンとレゴラス、そのほかの仲間たちに見送られガンダルフは飛び立った。










 残っていた闇の勢力を蹴散らしながら、ゴンドールの都ミナス・ティリスまで軍勢を戻したアラゴルンは、 ガンダルフの帰りを仲間と共に待ちわびながらも、戦いによって傷ついた国のために王として果たさねば ならぬ仕事を果たしていた。
 その補佐にレゴラスにギムリ、メリーやピピンも手助けする。
 彼らの思いは一つ。
 使命を果たしたフロドがゆっくりと休める場所を用意できるように。
 
 そして、その姿を一番に見つけたのは脅威的な身体能力を誇るエルフのレゴラスだった。
 
「……帰ってきた」
 空を見上げていた彼が、身を翻し、最上階への階段を駆け上る。
 一瞬遅れて、仲間たちも後を追った。

 ミナス・ティリスの象徴、『白の木』が立つ場所に3羽の大鷲がゆっくりと降りてくる。
 その足に、分かたれた二人の仲間が居た。
 ガンダルフは、その言葉のとおり彼らを連れ帰ったのだ。

「フロド!」
「サムッ!」

 だが、足から下ろされた二人はそのまま動く気配が無い。

「ガンダルフッ!二人は!!」
 指揮をとっていたアラゴルンも駆けつけ、ガンダルフに詰め寄る。
「大丈夫じゃ。二人とも命に別状は無いが、特にフロドは酷い怪我をしておる。早急に治療が必要じゃ」
 仲間たちは別れたときに比べて、酷く汚れ傷ついた姿に痛ましい視線を注がずには居られない。
 全身埃にまみれ、着ているものも無残に裂けている。彼ら二人の旅路がどれほどに大変なものだったか それだけで察せられた。
「……あ!」
 息を呑む仲間たちに、ピピンが小さく叫び声をあげてフロドに駆け寄った。
「指がっ……」
 フロドの中指が噛み千切られたように……消失していた。
 しかも出血はまだ止まっていない。
「何てことだ!」
 ギムリが叫ぶ。
「早く手当てを」
 アラゴルンは素早く動くと自身が汚れるのも構わずフロドを抱き上げ、城の中へ用意してあった一室へ運ぶ。
 サムも同様に仲間に支えられて治療室へと運ばれた。


 フロドは待機していた医師と看護士たちに囲まれ、ボロボロになった衣服を取り払われると体を清められた。
 その間も傷ついた指は聖なる水で洗浄され、エルフの薬を塗って包帯を巻かれる。
 体のところどころにあった傷にも手当てがなされ、左肩にあったナズグルから受けた傷にはアラゴルンが 直接に王の手を持って治療を施した。
 全ての手当てが終り、彼に必要なのは休息だった。



 アラゴルンは政務の合間にフロドの眠っている部屋を訪れ、彼の目覚めを静かに待った。
 初めて会った時に比べ、やつれてしまった頬……健康的な赤味のあった肌は青白く変わり、艶やかだった
 唇はひび割れ、体は一回りほど小さくなったようだった。

「フロド……」

 アラゴルンは手を伸ばし、フロドの白い頬に触れた。
 ――― まだ彼が帰ってきたことを実感できないで居た。
 彼の瞼は閉じられたまま、その奥にあるはずの神秘の青をアラゴルンはまだ目にしていない。
 
「……やはりここでしたか、アラゴルン」

 扉に寄りかかるようにレゴラスが立っていた。

「フロドの目覚めが待ち遠しいのはわかるけど、抜け駆けは困るな」
「そのセリフは私よりガンダルフに向けたほうがいいと思うが」
 レゴラスはくすりと笑い、アラゴルンの脇に立った。
「これほど目覚めを待ち遠しくさせるとは、罪な眠り姫だ」
「彼には眠りが必要だ。深い安息が」
 彼が背負っていた荷はそれほどに重く、苦しみに満ちていた。
「それでも私は、彼の顔がほころぶ様を目にするのが待ち遠しい」
「……」
 言わずとも、それはアラゴルンも同様だった。
「そういうわけで、あなたはファラミアが呼んでいるのでさっさと戻って仕事に励んで下さい」
「……わかった。だが、お前も一緒にだ」
 レゴラスの眉がひょいっと上がる。
「あんたを一人でここに置いておくのは、不安だ」
「失礼な。私を信用しないのか?」
「仲間としては信用しているが、ことフロドのこととなるとな」
 レゴラスとアラゴルンは探り合うような視線を向け、仕方ないと互いに首を振った。
「……わかった、一緒に戻ってあなたを監視することにしよう」
「……物はいいようだ」
 アラゴルンは苦笑を浮かべた。












 二日後、フロドは目覚め、仲間との再会に青い目を輝かせた。




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