Never Ending Story 9.英雄と執政
ミナス・ティリスは想像していた以上に、壮麗で雄大な都だった。
ホビットであるフロドには全てのものが見上げるほどに大きく、明日あたりにはきっと首が痛くなっているに
違いないと確信するのだった。
滅びの山からサムと共に救出されたフロドは1週間ほど意識不明で、目覚めてからも心身からの疲労と
指輪の影響でなかなかベッドから離れることが出来なかった。
今日はついに、ガンダルフから第七層に限り出歩くことを許された。
元々、好奇心旺盛なフロドは城の装飾や像、階段の石に至るすみずみまで見落としが無いようにと視線を
きょろきょろさせて歩き回った。
城内の人間たちは、そんなフロドの様子を微笑ましく見守りつつ、偉大な事を成し遂げたフロドに対して
会釈をして通り過ぎていくのだが、夢中になっているフロドは全く気づかない。
そんなフロドは、一つの大きな扉の前でそこに描かれている模様をしげしげと見つめていたのだが、あまりに
近づきすぎたため……扉がフロドの重みで内側に開いてしまった。
「あ……」
「何だ?」
フロドとファラミアは互いに思いもよらぬ人物の登場に視線を交わし、固まった。
先に我に返ったのはフロドだった。
「あ、あのすみませんっ!お仕事の邪魔をしてしまって……」
「あ、いや……」
何故こんなところに?と戸惑いつつもファラミアが答える。
「すぐ出て行きますから!」
「いや……もしよろしければお茶でも入れよう」
「でも……」
「丁度休憩を入れる時間だ。もし他に用事が無ければ一緒にいかがか?」
「……では、お言葉に甘えて」
フロドははにかみながら、ファラミアに招かれるまま部屋の中へ入った。
フロドにとって、少し怖い印象のあったファラミアであるが、療養中のフロドの元に見舞いに訪れ、改めて
無礼を謝罪した彼は、実に優しい言葉をかけてくれた。
アラゴルンには悪いが、彼よりファラミアのほうが余程育ちに関しては良さそうだなんてフロドは思って
しまったのだ。
「フロド?」
くすりと笑いを漏らしたフロドにお茶を入れていたファラミアが振り向く。
「いえ、何でもありません」
「?」
城の中のものはほとんどが、『大きな人』用サイズなためフロドたちホビットにとっては中々難しいことが多い。
必然的に身の回りのことさえ誰かに頼まなければ不自由したりして、フロドは申し訳なく思う。
だが、ファラミアがフロドに差し出した茶器は――― どう見てもホビットサイズだった。
「……これは」
「ああ。君たちのためにと……王が用意された」
「アラゴルンが……」
こんな短時間の間に……フロドは嬉しさにカップを握り締めた。
「ところで何故こんなところに?」
「今日やっとガンダルフから散歩の許可を貰って……つい夢中になって歩いていたらここに着いてました」
照れながら答えるフロドにファラミアは苦笑を浮かべた。
「なるほど。……私は少々驚きましたよ」
「ごめんなさい。驚かせるつもりは無かったんですが……」
「夢中になって?」
「ええ……皆には内緒にしてくださいね」
「さて……どうしましょうか?」
ファラミアが悪戯っぽく眉をあげる。
「意地悪ですね、ファラミア。僕もファラミアが仕事をさぼっていたことは内緒にしてあげますから」
「これはこれは」
大仰な手振りで手を上げるファラミアに、フロドはついに吹き出した。
「……あなたがこんなに面白い方だとは思ってもみませんでした」
「私もあなたがそれほど楽しげに笑うのを初めて見ましたよ」
最初に出会ったとき、ファラミアは最愛の兄であるボロミアを失い精神の均衡を欠いていた。
フロドを罪人のように扱い、フロドもまた指輪の魔力に侵され表情を無くしていた。
どちらも知り合うに相応しい状態ではなかった。
「皆のおかげです」
「……」
「僕は……指輪の魔力の侵され途中の記憶もあやふやです。でもその中でもサムがどれほど心を尽くして
傍に居てくれたか……アラゴルンを始めとした仲間たちが指輪を葬るために戦っていてくれたこと……僕は
本当に何ものにも代えがたく思っているんです。僕が生きてここに居ることができるのは自分の力じゃなくて、
全て皆のおかげなんです」
「……いや」
「え?」
「あなたがそれを決意したればこそ今がある。今の世はあなたがた旅の仲間によって救われたのだ」
「……。……」
フロドは静かにまばたきをした。
「ファラミア、あなたは本当に……良い人ですね」
「……複雑な言葉だが、素直に受け取ってもいいのだろうか?」
「ええ、心からそう思います。……きっとボロミアも誇らしく思っていることでしょう」
「ああ、兄上に恥じることのない行いをしていきたいと誓っている」
フロドは綺麗な微笑を浮かべた。
「こんなお願いは僕がするのは間違いだと思いますけど、どうかアラゴルンの力になってあげてくださいね。
きっとあなたならボロミア以上に素晴らしい執政になられることでしょう」
「ありがとう。誠心誠意努力するつもりだ。フロドは、やはりシャイアへ帰られるのか?」
「……ええ、おそらく。サムと、僕の怪我が治れば帰ろうと相談していました」
「それは……急なことだな。王はご存知なのか?」
「いえ……まだ言っていません。お忙しそうなので……言い出しにくくて」
くすりとフロドが笑った。
政務を抜け出した王を呼び出しにくるのは、決まってレゴラスかファラミアだったからだ。
「それは――― 私が王に責められるかもしれぬな。だが、戴冠式までは滞在されるだろう?」
「はい。よくなったとは言ってもまだ長旅に耐えられるほど体力が回復してませんし、アラゴルンの晴れ姿を
目に焼き付けて、シャイアの皆にいかに素晴らしい王か語り継がないといけませんから」
「なるほど、責任重大だ」
「はい。お茶をご馳走さまでした。お仕事の邪魔をしてすみません。そろそろ戻ります」
「何のお気になさらず……ところで、部屋までの道はおわかりか?」
「……。……」
フロドが気まずげにファラミアから視線を逸らせる。
「部屋までご案内しましょう」
「……お願いします」
笑いを抑えながらのファラミアの申し出を、フロドは真っ赤になりながら受け入れたのだった。
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