Never Ending Story 7.一時の憩い



 「僕が行きます」
 
 その瞬間、彼は……フロドは自身で運命を選び取った。
 エルフに人間、ドワーフ、魔法使い……互いの言い分を主張して言い争う。
 その騒動に終止符を打ったのは、誰よりも小さく力無いホビットだった。
 






 アラゴルンが会議の後、フロドたちホビットの居る部屋にやって来ると中から笑い声が漏れていた。

「本当に、あなたは愉快なエルフなんですね。レゴラス」
 フロドが笑いまじりにそう言った。
「それは違うよ、フロド。愉快なのは君たちホビットさ」
 いったいいつの間にレゴラスはフロドたちと知り合い、ここまで親しくなったのか……アラゴルンはフロドが 声を立てて笑うのを始めて聞いた気がした。

 ふと、笑い声がぴたりと止んだ。

「やぁ、誰かと思えばアラゴルン」
 レゴラスが顔を出していた。
 少々気まずく思いつつ、アラゴルンは一歩踏み出しホビットたちを視界に入れる。
「邪魔をしたかな」
「とんでもないっ!あなたならいつでも歓迎します」
 フロドの言葉と笑顔に救われる。
 サムがお茶をと立ち上がった。
「いやいい、サム。これを渡したらすぐに立ち去るから」
 サムを押しとどめ、アラゴルンはフロドに近づくと膝を折り、銀鎖を差し出した。
「これに指輪を通し身に付けておくといい。ポケットではあまりに無用心だから」
「あ……はい」
 フロドは素直に頷き受け取ると、指輪を取り出し鎖に通した。
 銀は魔を退ける……気休めにしかならない効果であれ、今は何者にも縋りついてもこの小さい身を守り 抜きたいと思っていた。

 指輪は持ち主とその周りの人間たちを絶えず誘惑しつづける。
 だが、不思議とアラゴルンはその指輪にどんな欲望も抱くことは無かった。
 ……己の先祖の罪が、彼にそれを抱かせることを強く拒否させていたのかもしれない。

「アラゴルン?」
「……ああ、悪い」
「いいえ。ガンダルフからあなたが偵察に出向いていると聞きました。……疲れているのでは?」
 フロドの美しい青の瞳に気遣わしげな色が宿る。
「いや」
「フロド、この人はその程度でへこたれるような可愛げはありませんよ」
 頭の上からレゴラスの声がかぶさる。
 外見上はアラゴルンより年下に見えるレゴラスだったが実のところ、とんでもない。
 闇の森の王子は外見の儚さからは想像できぬほど強かで悪戯心に満ちている。
「でも……」
「フロド。確かにレゴラスの言う通り、私は元気だ。私などより君のほうこそ元気になったとはいえ病み上がり なのだ。あまり無理をせず旅立ちに備えるといい」
 暗に、レゴラスにこれ以上フロドに構うなと釘をさしたつもりだった。
 だが、このエルフは一筋縄ではいかない存在だった。
「そうだ、フロド。傷がどの程度癒えたか私も見てあげよう」
「え……」
 にこにこと笑うレゴラスに、フロドは戸惑う。
「……レゴラス」
「それともあなたが診てあげますか、アラゴルン?」
「……」
 フロドがぱちくり、とまたたきアラゴルンを見上げた。
「いっそのこと、二人で診てあげるのもいいかもしれない。ねぇフロド」
「え?え……と、あの……」
 ますますフロドは戸惑い、レゴラスとアラゴルンを交互に見やる。
 その仕草がまるで小動物を思わせ……アラゴルンは知らず、笑い出していた。
「ア、アラゴルン??」
 そして、レゴラスも同じことを感じたのか笑っている。
「いったい二人とも……どうしたんです!?」
 声をあげたフロドにますますおかしさが募る。

「僕をからかっていたんですか?もうっ二人とも!いい加減にしてください!」

 ついに温厚なフロドも怒り出してしまった。
「ごめんごめん、フロド。からかっていた訳じゃ無いんだけど……あなたが笑うからだろう、アラゴルン」
「元はと言えば、お前が余計なことを言い出すからだ」
「おや、私はフロドの傷を心配したからこそ言ったまで。それを余計なこととは……フロド、こんな冷たい男に 気を許してはいけないよ。絶対に泣かされるから」
「え……」
――― 性格が歪曲しまくったエルフに気を許すのも危ないからな、フロド」
 フロドは、アラゴルンとレゴラスを見、しみじみと呟いた。
「……。……わかりました」

「ん?」
 レゴラスとアラゴルン、両方に頷いてみせたフロドに二人の動きが止まる。

「お二人はとても仲が良いってことが。まるでメリーとピピンのようだ」

「「……。……」」
 これには、レゴラスとアラゴルンばかりでなくサムも言葉をなくしたようだった。
 三人の浮かべた妙な顔に、今度はフロドが仕返しとばかりに笑い出したのだった。






 それは指輪を得てから失うまで、フロドが声を立てて笑った最後の時だった。





*NEXT