Don't cry baby ! 1
本文
「小さいな。潰れないか?」
「抓むぐらいなら大丈夫じゃないか?」
以上が自分たちの生まれたての赤ん坊を見ての王夫妻の会話である。
王妃などつい1日ほど前に出産を終えたばかりだというのに、平然として疲労の一つも見えない。立ち会っていたシェラのほうが疲労感に押し潰されそうになっている。
「お二人ともくれぐれもそのようなことをされないようにお願い致します。女官長が発狂されますから」
シェラの言葉に二人は顔を見合わせた。
「抓むのは、やはり駄目か」
「普通に抱いたら潰しそうなんだけどな」
両親の物騒な言葉も知らず赤ん坊は健やかに眠っている。
二人は反応しない赤ん坊に飽きたのか、注意を他へ向けた。
「ところで名前は決めたのか?」
「うむ」
結構前から、王妃に『名前をどうするか』と尋ねていたはずだ。
「名づけ親を決めても良いんだろうが……」
「そんなことしたらまた揉めるぞ」
権力闘争の要因となるというよりは……くだらないごくごく内輪の喧嘩が勃発するはずだ。
王妃の言いたいことが重々わかっているのかウォルも苦笑して肯定した。
「まぁ、とりあえず考えてみたのだが」
「言ってみろ」
夫婦は相変わらずどちらが王なのやらわからないやり取りだった。そのくせ、他の家庭のように妻が夫の頭を押さえているという感じでは無い。
「ソレイル、というのはどうだ?」
「ふーん……」
王妃は腕を組んで赤ん坊を見た。
まだ目が開いていないのでその色はどうなっているかはわからないが、髪はウォルと同じ黒髪だ。肌の色もリィというよりはウォルのほうに似ている。
「それはどういう意味を持つ名前なんだ?」
「さぁ特に意味は無いと思うが……ふと浮かんだのだ。案外悪くないと思ったんだが」
駄目か?と王妃にお伺いをたててくる。
王妃は特にどんな名前でも良いと思っていた。しかし、その名前は王妃が居た世界で『太陽』を意味する名前だというのは少々出来すぎでは無いか。
「悪くは無いが、少し言いにくいな。まぁ呼ぶときはソルぐらいでいいか」
「では、これで決定だ」
「……。……」
そんなに安易に決められて良いものなのだろうか……。
シェラだけがどこか憐憫を含めて赤ん坊を見つめていた。
◆
待望の世継ぎの誕生もあって、デルフィニア国内は身分の上下なく、老いも若きもところ構わずお祭り騒ぎだった。国内外の客も王宮への祝いに駆けつけ、更にそれを盛り上げる。
同盟国や隣国パラスト、タンガなどからも使者が続々と来訪し、祝辞と祝いの品を置いていく。国内の貴族たちもわれ先にと王宮参り。おかげで王宮内は一室どころでなく祝いの品で埋め尽くされ、女官長は頭を抱えていた。
「リィ、今夜の祝いの席には出るのだろうな?」
「何で」
晒し者になるのは嫌だと公的な場に出ることは一切拒否している王妃だ。今回も当然のことながら、本人は欠席するつもりでいた。
「主役が出なくてどうする」
「主役は俺じゃなくてソルだろ」
今やただ一人の世継ぎの王子はデルフィニアの宝と言っても良い。
大らかななのかいい加減なのか、のらりくらりと埒の明かない王の代わりに周囲は勉学に帝王学に礼儀作法に舞踊にと、教師の選出を血眼になって取り組んでいる。貴族の中には年頃(と言ってもまだ片手で年が数えられるような)娘を是非とも婚約者にと申し出る者たちも居る。
「子供一人生まれたぐらいで大げさだな」
「お前が生んだということは、ある意味大騒ぎな事実だと思うが……皆の気持ちもわからんでもない」
王妃に子が望めないということは、ほんの一月前まで誰もが登頂を絶望せざるおえない高峰を仰ぎ見るような確固とした現実として立ちはだかっていたのだ。
宰相など、未だに目覚めてこれが夢でないことを周囲の者たちに確認しているという。
「俺も、外見だけじゃなくてちゃんと中身も女の子になってるのに驚いた。徹底してるなぁ」
「今更感心してどうする。いやしかしだな、俺は明日突然自分が女性になっていたとしたら、相当に驚いて途方に暮れると思うが……お前ときたら大したことでもなさそうだったな」
初めて出会った頃のことをウォルは思い出していた。
「ちょっとした悪戯ですぐに元に戻ると思ってたからな。それがまぁ、まさか子供まで産むことになろうとは……人生ってわからないよなぁ」
王妃は苦笑する。それですむところが凄い。普通の人間なら半狂乱の事実だというのに。
そして子供を作ってしまうような行為にまで及んだが、二人の関係は以前通り変わりない。気の早い古株連中など、一人できたなら二人目もと期待している。
そんなことは一人目が出来るのと同じくらい、それ以上に絶望的だとウォルは知っている。
静かに眠る我が子を物珍しそうに眺めている王妃の姿に平身低頭して感謝し、奉りたい。
王妃はウォルに子供が出来たことなど告げずとも、気づいた時点で堕胎することが出来たはずだ。
「こいつ、泣かないよなぁ。大丈夫か?」
子供は泣くのが仕事だと王妃は思っている。
「心配せずともお前が居無いときにはそれなりに泣いている」
どうした訳か、ソルは王妃が傍に居るときだけはわかっているかのように聞き分けが良い。バルロなどは『泣く子も黙る何とやら』ですな、と笑っていた。
「ふーん」
「……で、今日の夜会には参加しないのか?」
「しない」
王妃の決意は固いようだった。
しかし、その固い決意に皹が入る出来事が起こった。
◆NEXT