こんにちは、赤ちゃ・・・んっ!? 4
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「 あ、きた」
王妃の言い方があまりに普通だったので、シェラもウォルも誰が『来た』のだろうか、と同時に入り口に視線をやった……が誰も入っては来ない。
「リィ?」
「あの、妃殿下?」
二人の不思議そうな視線を受けて、王妃は盛大な溜息をついた。
「鈍い奴らめ……今の俺の状態できたとくれば一つしか無いだろう」
「「は……?」」
「陣痛だ」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。
「「~~っ!?(゚д゚); 」」
一瞬、生態活動の全てを停止させた二人は、忽ち我に返り勢い欲動きだした。
「り、リィ……い、いったいいつから?!」
「今」
当然なことを聞くな、と陣痛が始まっているとは思えない様子でウォルを睨む。
彼とて混乱しているのだ仕方ない。
「い……急いで準備して参りますっ!!!」
シェラが部屋を凄まじい速さで駆け出して行った。
他人に見られれば、いったいあれは……と不審に思われても仕方の無い尋常では無い速さだったが、こちらもそんなことに構っていられるほど余裕は無いのだろう。
女官長に注進が走り、そのまま出産の準備を急がせた。
裏方も、予定日が近づきいつ何時でも対応できるようにしていたので驚きが去った後の、動きは速やかであった。これから誕生される御子は、このデルフィニアの未来を左右する。
次々と運びこまれるベッドやら熱湯やら大量の布やら……そんなものを視線に入れながら、ウォルは長椅子に背を預けている王妃に気遣わしげな視線を寄せる。
とても陣痛がきているとは思えない様子だったが、その目に浮ぶ物騒な光と緊張感に一定距離以上誰も二人の傍に近寄ってこない。
「陛下……」
準備が整いましたと告げる女官長に、ウォルは改めて全員外へ出るようにと命じた。
だが、女官長は不安をその顔に浮ばせて動こうとしない。
女官長には滅法弱いウォルは、困惑した。
「カリン」
「妃殿下……」
「大丈夫だ」
「……はい、畏まりました。シェラ、頼みましたよ」
「誠心誠意お仕えさせていただきます」
何かを言いかけた女官長だったが、王妃の言葉に口を閉じて静かに控えていたシェラに託した。
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王妃の出産の報せに、コーラルに集まっていた主用な顔ぶれが集まってきた。
馬に乗ってシッサスに向かおうとしていたバルロはすぐさまとってかえし、ロザモンドと共に王宮へ伺候した。ピルグナから舞い戻ってバルロの屋敷に居たナシアスも共に。
その他、ドラ将軍に侍従長に、アヌア侯爵……一番バッターはイヴンだった。
錚々たる顔ぶれが、王妃たち三人の居る部屋の扉前に集まって顔をつき合わせている。
絶対に部屋に入るなと厳命されている上、どうやら部屋の扉の向こうには念のためなのか王妃の剣も突きたてられているらしい。
「くそっ、いったいどうなっているんだ!」
腕を組んだバルロが我慢ならないと叫んだ。
その胸中は誰もが同じである。
待ち望んで諦めていた、生まれるはずなど無いと思っていた『王の子』の誕生である。
姫であれ王子であれ、無事に生まれてくれるなら何だっていい。
「二人だけで大丈夫なのか……初産は何かと母胎にも負担が……」
つい洩らしたロザモンドに皆の視線が集中する。
「……失言だった、すまない」
緊張が解けて再び、いらいらし始める。
ドラ将軍は熊のようにいったりきたりと繰り返し、ナシアスさえ外と中を繰り返し見ている。
意外にも一番静かにしているのがイヴンで、壁に背を預け半眼で腕を組みじっと扉を見つめている。
「どうした、独騎長。いつになく大人しいでは無いか」
「いやねぇ、どうにも……まだ狐につままれてるみたいでね」
王妃が子供を生むなど、夢でも見ているようだと。
「それならば俺が一発殴ってやろう」
「は、遠慮しときますよ。あんたに殴られたが最後、夢も見ずにこの世からおさらばしかねないですからね」
「それは貴様の頭が軟弱だと告白しているのか?」
「何だと」
「何だ」
ごほんっ。
「お二人とも」
アヌア侯爵が仲裁に入る。
「申し訳ない」
「……すみません」
神妙に頭を下げる。
「それにしても、中から何も聞こえぬというのも……」
女官長が胸の前で腕を組み、心配そうに扉を見つめる。
かつて盛大な夫婦喧嘩が行われたときも剣によって出入りが不可能になったが、音はしっかりと聞こえていた。
「シェラは何をしているのか、妃殿下に励みの言葉をお掛けせねばならぬでしょうに」
女官長にとってシェラは未だに、若いわりにしっかりとしているがまだまだ経験の足らない『女官のひよこ』に過ぎない。……事情を知る男性陣は微妙に視線を逸らした。
――― と、開かずの扉が開いた。
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時は少し遡る。
周囲の人間が部屋の外でやきもきしている頃、中ではシェラが難しい顔で王妃に向かっていた。
「あの、リィ……」
「何だ」
さすがにソファはまずかろう、と運び込んだ簡易寝台の上に仰臥している王妃は非常にリラックスしていた。本当に陣痛がきているのか、と問いただしくなるほどに。今まで数度出産に立ち会ったことのあるシェラだ。女性の出産がどれほど大変なものかはよくわかっている。だが、目の前の王妃は顔を歪ませることも無く、脂汗の一つも浮かぶ様子もなく……普段と何が違うのかと言えば……妊婦らしく裾の広がるドレスを着用していることぐらいだ。
真っ白い三角巾を頭に結んで固唾を飲んでいる王(民が見たら号泣したくなるような格好だ)を故意に視界から追い出して尋ねた。
「陣痛はどのくらいの間隔になりました?」
「そうだな、割と短くなってきた」
それならそういう風にしてください!!
……叫びだしたいのをシェラは堪えた。
「大丈夫か、リィ……」
「当然だ」
「俺が変わってやれたら…っ」
「やめろ。妊娠したお前なんかただの悪夢だ」
確かに。
同意しそうになったのをシェラは慌てて止めた。
「そうは言ってもだな、リィ……お前が子供を産むというのもいい勝負だと思うのだが?」
「そんなことわかってる!」
「………」
本当にこの人たちは今から子供を授かるという夫婦なのだろうか?
今さらながらの問いに、シェラは一人で遠い目になった。
「シェラ」
「はい、何ですか?」
「そろそろ出していいか?」
「!?」
だからそういう素振りの一つも見せてください!!!!
シェラはそっと浮かんできた涙を拭った。
「お。い、いよいよ出るのか!?」
「ああ、そろそろだな」
出る出る、てあんたら……いや、もう突っ込むのはやめよう。
シェラは王妃の脇で、介添えする。
「おっ、リィ!頭だ!頭がのぞいたぞっ!」
「……お前な、人が力んでる最中に力抜けるようなこと言うなよ」
「す、すまん」
「……」
これが出産中の夫婦の会話だろうか……有りえない。
「いや、しかし……うーむ」
「何だよ」
ふーっとリィが腹に力を入れる。
「お前、ほとんど体型が変わらなかったから本当に子供が腹の中に居るのか不思議だったが……いったいどこにどうやって入っていたんだ?」
シェラは今すぐに王の頭をどついて外に放り出したくなった。
「そんなこと知るか!……っつ、まぁ普通に入ってたんじゃないのか?ああ、そういえば赤ん坊の頭の骨ってのは固定していなくて臨機応変にずれるらしいがな」
「ほほぅ……」
シェラの手が、ぶるぶると震えた。
「お二人とも!いい加減に出産に集中して下さい!!」
シェラが叫んだ。
「集中してこんなことやってられるかっ!」
王妃も叫んだ。
「……すまん」
王だけが小さく項垂れた。
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「ふーっ……」
頭が見えたところで、さすがの王妃も一息ついた……とはいえ、苦しいのかただのため息なのか表情からはわからない。
「今さらななんだけどな」
「何だ、リィ」
「どうして俺は妊娠したんだろう?」
シェラは本当に今更な王妃の疑問に一瞬目の前が暗くなり背後に倒れかけたのを必死で足を踏ん張って我慢した。
「いや、だってな。外見こそ俺は女だが中身は違ったはずなんだ」
確かに、とシェラもそれには同意した。
何しろ王妃には『月のもの』と呼ばれるものが侍女として付いて以来一度も無かったのだ。
「だが、出来てしまったんだから……そうだったのでは無いか?」
「うーん」
王妃は納得できないらしい。
しかしそんな疑問は後回しにして出産に集中して欲しいシェラだ。
「なぁ、シェラ」
「……何ですか?」
「生まれてきてんの、本当に人間か?」
「「リィ!!」」
二人は同時に叫んだ。
「……何だ、二人とも」
「いくら何でもそのお言葉は……」
あまりに非道徳的過ぎる、とは元暗殺者であるシェラに言われたくは無いだろうが。
「うーむ、この場合どちらに似るかによるのでは無いか?」
「「は?」」
シェラと同じような意味で叫んだとばかり思っていたウォルは何か違う方向に考えを向けたらしい。
「俺に似たとすれば真っ当な人間だろう」
「おい、自分を真っ当だなんて自分で言うな」
「まぁまぁ。……で、お前に似た場合だが……どうなんだ?」
「俺に聞かれてもな。まぁ、俺に似たとしても、一応人間だと思う」
「そうか」
「そうだ」
「………」
似たもの夫婦の馬鹿馬鹿しいやりとりに疲れきったシェラは自分ひとりでも出産に集中しなければと決意する。そうでなければあまりに赤ん坊が哀れだ。赤ん坊にそんなことがわかるかどうかは置いておいて。
その間も子供は徐々にその姿を外界に現してくる。
「リィ」
「何だ?」
ウォルがもじもじと手を組み合わせる。
「気持ち悪いからやめろ」
一刀両断する。
「その、な、手を握ってもいいか?」
「は?」
「やはり、こういうのは夫婦の共同作業だろう?俺も参加したい!」
何故か偉そうだ。
王妃は出産よりも疲れたようにため息をついた。
「駄目か?」
「……」
王妃はひらひらと片手を差し出す。
ウォルは嬉々としてその手をそっと……両手で握りしめた。
「……温かいな」
「まぁな」
どう見ても傍目にはただ『イチャついてる』だけに見えるが本人たちにその自覚は皆無だろう。
それでもいつもと変わらない二人の姿に、シェラの顔にも微笑が浮かんだ。
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