こんにちは、赤ちゃ・・・んっ!? 1
誕生を今か今かと待ちわびていた一同は開かれた扉に殺到した。
だが、そこから出てきたのは…
「王妃!?」
「妃殿下!?」
「リィっ!?」
それぞに仰天した声をあげる。
それもそのはず。
出産していたはずの当人が何事も無かったかのような顔で立っていたのだから。
「な……王妃っ我々を担いだのか!?」
バルロが真っ先に王妃に詰め寄る。
「リィっ!?いったいどういうこった!?」
「妃殿下……あのっ、ご出産は!?」
「あー煩い。喚くな」
王妃は自分に覆いかぶさるように迫ってくる男たちを蝿でも追い払うように手を振った。
「リィ、皆の疑問ももっともだと思うぞ」
「陛下!」
「ウォル!」
王妃の後ろから王も顔を出した。
「何がだ?」
「普通は出産した直後の婦人は出歩かぬものだ」
王妃は顎に手を当て、思案する。
「何で?」
「……出産に体力の全てをかけるからだろうな」
時には命がけでさえある。しかしながら。
「だったら俺には当てはまらないだけのことだろう。少し疲れたような気はするが、その程度だ」
「うむ、さすがだな」
「妃殿下!陛下!!」
ドラ将軍の雷が落ちた。
「……御子はどうなさいました?」
二人の会話からすると、どうやら『出産』は相変わらず非常識ながらも無事に終了したらしい。
だが、肝心のその赤子はどうしたのか。
「……こちらに」
部屋からおずおずとシェラが赤ん坊を包んでいると思しきお包みを抱いた姿で出てきた。
「おおっ!?」
王と王妃を放置して、皆はシェラを囲んだ。
子供は産湯ですっかり綺麗にされ、すやすやと眠っている。
「王子か?姫か?」
「王子殿下です」
おおっと世継ぎ誕生に一同が色めきたつ。
「しかし、本当に『あの』王妃が生んだのか?まさか……どこぞより拾ってきただのという訳ではあるまいな?」
「バルロ」
さすがにそれは言いすぎだとナシアスが咎める。
しかしそう思っても無理は無いほどに王妃はぴんぴんしている。普段と変わりない。
「いえ、確かに妃殿下がご出産あそばされました。我が目で見ても信じがたいことですが」
いつも美しい銀髪はところどころ乱れ、シェラのほうが疲れているように見える。
「驚くべきは王妃の尋常ならざる人並み外れすぎた体力ということか」
あくまで皮肉げな口調を変えないバルロに、横でナシアスが呆れた視線を注いでいた。
「あれ、リィの奴はどうした?」
皆の様子を微笑ましく一歩下がったところで見ていたウォルにイヴンが話しかける。
「西離宮のほうに戻った。皆には変わらぬ様子を見せてはいたが……出産して疲れぬわけが無いだろう」
「あーそうだ、な」
男にはわからない苦しさではあるが。
「感謝しているのだ、俺は」
「は?」
「リィは戦士で、俺の『妻』では無い。……妊娠がわかった時に俺に何も告げず堕胎することも出来たはずだ」
「おい」
物騒な言葉にイヴンのほうが焦る。
「だが、リィは俺に隠さず告げてくれた。あまつさえ…生んでくれさえした」
「………」
ウォルの目が赤い。
「…有難い。感謝してもしきれぬ」
「ウォル…」
『俺なんかの子供でいいのか?』
『リィ?』
『生まれてくるのは化け物かもしれないぞ』
『…どんな子供であろうと、それは俺の子供だ。お前こそ俺などの子供を生んでもいいのか?』
『は、こんなふざけたこと…お前の子供でなければ生む気も起きなければ孕むことも無かっただろうさ』
『生んでくれ』
『………』
『新しい命を…俺の、俺たちの子供に、この世界を見せてやって欲しい』
『………』
『リィ、お前にかける負担は並々ならぬものだろう。だが、頼む。この通りだ』
『…やめろ。生む。…生んでやるよ。初めからそう言っているだろう?』
『…そうだったか?』
『そうだ。だいたい生む気がなければ最初からお前に言ったりしない』
『そうなのか?』
『そうだ、相変わらず鈍い奴め』
『うむ…』
「ありがとう、リィ」
この目で子供を見た瞬間、ウォルは心からそう口にしていた。
「お互いさまだ」
そう呟きながら、リィも西離宮で目を閉じていた。