シンデレラ・カプリッチオ 3
ヘンリーからグラスを受け取った秋生は、このまま壁となるかはたまたテーブルハンターとなるか視線を彷徨わせて迷っていた。
女の子たちに好き勝手されたせいで昼食以来何も食べていない。秋生の胃は危機的状況にあった。だが、慣れない格好にすでに疲労感を感じ始めていた秋生は『もう動きたくないな~』と思うのも事実で・・・
「如何なさいましたか?」
そんな秋生の微妙な機微をすかさず察知したビンセントが気遣わしげに伺ってくる。
ちなみにヘンリーは秋生のおもりはビンセントにまかせて、主催者としてそれなりに挨拶まわりをしているらしい。
「ん~、ちょっとお腹空いたかな」
照れたように言った秋生に、ビンセントが眉をしかめる。
「・・・申し訳ございません」
「?何でビンセントが謝るの?」
「ミスター工藤に、そのような思いをさせるなど私の不徳と致すところ」
「いや、ビンセントは関係無いんじゃないかなぁ・・・?」
「いいえ!すぐに料理人に支度を・・・っ」
「ちょっ・・」
今にも厨房に走って行きそうなビンセントの袖を掴んで慌てて引き止めた。
「ミスター工藤?」
「そんな、わざわざ作ってもらわなくても、ほら。料理ならたくさんあるし、ね?」
こういうパーティでは割と料理は置き去りにされているものだが、さすがヘンリーが主催者なだけあって手を抜いていない。
「あそこのテーブルのスープとか・・・あ、焼売も美味しそう」
どれもこれも空腹の秋生にはご馳走だった。
「少々お待ち下さい。取って参ります」
「あ、僕も行くよ」
歩き出そうとした秋生を今度はビンセントが引き止める。
「ミスター工藤はこちらにいらして下さい」
「?」
首を傾げる。
「お疲れなのでしょう?」
「・・・・・・・」
苦笑してしまう。ビンセントにはお見通しならしい。
「すぐに戻って参りますので」
「ん、待ってる」
ごほんっ!
二人の横から聞こえた咳払いに秋生の肩が跳ねた。
対するビンセントは、その存在にとうに気づいて敢えて無視していたのか変わらない。
「あ、セシリア」
赤いドレスに身を包んだセシリアが腕を組んで柳眉を上げている。
何故かすでに怒りの状態のセシリアに、秋生は首を傾げた。・・・今日はまだ怒らせるようなことはまだやっていないはず・・・。
「全く、公衆の面前でいちゃいちゃと、場所を考えなさいよ!場所を!」
「・・・へ?」
「煩いぞ、セシリア」
セシリアに指を突きつけられた二人は、それぞれに異なる反応を示した。
秋生はもちろん意味が全くわかっていない。
ビンセントはわかっていても気にしていない。端から相手にしていない。……というより、ビンセントにとって秋生以外はどうでもいいのだが。
それが余計にセシリアを怒らせている。
「丁度良かった。セシリア、ミスター工藤のお傍に控えていろ」
「はぁっ!?」
テーブルに食べ物をとりに行くのはいいが、その間秋生が一人になってしまうことがビンセントは気がかりだったのだ。そこへグッドタイミングで現れたセシリアを利用しない手は無い。
ごくごくそれが当然のごとく、ビンセントは筆頭聖獣として命じた。
それに発せられたセシリアの『はぁっ!?』はもちろん了解、という意味では無い。『何で私がそんなことしなくちゃいけないのよっ!』という意味だ。
睨み合うビンセントとセシリア。
「あ、あの別に僕一人でも大丈夫だよ……?」
気弱げに口を挟んだ秋生に二人の視線が集中する。
「いけません」
「…………わかったわよ」
まじまじと秋生の姿を上から下まで観察したセシリアは、肩を落として深々と息を吐いた。
所詮、セシリアも黄龍大事の四聖獣の一であることに変わりは無いのだった。
ビンセントに誤算があったとするならば、セシリアが外見だけならば文句の無い美少女であったということだろうか。人間というイキモノは、そうそう外見を見て中身までわかるものでは無い。
傾城の美少女が真実素手で城を破壊することが出来るなど。
美少女(?)二人の姿に、邪魔者が去っていくのを確認したハイエナ=男が群がってくる。
「レディ」
恐らくドラキュラ伯爵の格好なのだろう…なかなかに好青年そうな人物である。
しかしいくら『イイ男』でも、秋生は男なのでそれに見惚れることもなければ興味も無い。しかも自分が呼びかけられたのだということにも気づいていない。
全くわかってなさそうな秋生に、小さく溜息をつくとセシリアはにこりと青年に向かって笑顔を浮かべた。
「はぁい。その格好、ドラキュラ伯爵かしら?」
「君はカーミラかい?」
「さぁ、どうかしら」
ふふふとセシリアが笑うと、青年も笑う。なかなかいい雰囲気だ……が。
「そちらの貴女は?シンデレラ?それとも白雪姫かな?」
す、と伸びてきた手が秋生の手をとる。セシリアに向けていたものより数倍甘やかな声音で。
「え……」
(えぇっ!?)
セシリアに粉かけてきたものとばかり思っていた青年の意外な行動に秋生は焦る。
ふと、横から鋭い殺気を感じた。
セシリアが『っンで、秋生なのよっ!』と言わんばかりの眼光で睨みつけていた。
(そんなこと僕に言われてもっ!)
泣きたくなる。
しかも秋生の手を取るや、振り払う暇も無く手の甲にキスしてきた。幾ら手袋の上からとはいえ、背筋に寒気が走る。
「僕はアンディ、貴方の名を教えていただけますか?」
そんなものより早く手を放してほしい秋生の視線が頼りなげに揺れる。
それは奥ゆかしい少女の恥じらいのようで、男の顔がだらしなく緩む。
「ごめんなさい、悪いけどこの子の手を放してくれるかしら?」
セシリアが、口調は穏やかに……しかし力をこめて男の手をとる。男の顔の歪みようと言ったら無い。……どれほどの力が掛っているのか秋生はわが身を思って気が遠くなりそうだった。
「おいおい、うちの姫に手出しは無用だぜ」
挨拶まわりをしていたヘンリーが秋生の背後に立つ。
その声に、男がぎょっとした顔をする。
「ヘンリー」
救世主の登場に秋生が心底安心したように名前を呼ぶ……こぼれるような微笑と共に。
「……なるほど、そういうことですか」
「「「は?」」」
男の深く納得した様子に三人の疑問符が並ぶ。
「貴方はヘンリー・西のシンデレラというわけですか」
いや、違うし。
否定しようとぱっくり開いた秋生の口をセシリアが覆う。
「さぁな」
ヘンリーは否定も肯定もしない。
男は僅かに笑って小さく頷くと、諦めたように去っていった。
「……セシリア、そろそろ放してやらんと死ぬぞ」
「え?」
口と一緒に鼻まで覆われた秋生が、酸欠で顔を真っ赤にさせていた。
「あ、ごめんなさい」
解放された秋生が、ぶはーっ!と思いっきり息を吸い込み、肩で息をする。
「ひ、ひどいよ……っ」
死ぬかと思った、と呟く秋生の背中をセシリアが大げさね!と叩く。
その反動で、と、とと、前に歩き出してしまった秋生は、ぽふっと何かに突っ込んだ。
「っご、ごめ……」
「ミスター・工藤……?」
ビンセントが取り皿を絶妙なバランスで支えながら、広い胸で秋生を受け止めていた。
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