シンデレラ・カプリッチオ 2


「え?いや……えっ……えぇぇぇっっ!?




 ヘンリーに招待状を貰って、新年のパーティにやってきた秋生は普段と変わらない格好だった。
 店の女の子たちから、仮装用の服は用意しておくからと言われたためだ。
 どんな衣裳なのかと不安に思わなかったと言ったら嘘になるが、まぁ、ヘンリーの身内だと知ら れていることだし、あまり……その……妙なものにはならないだろうと安易に思いこんでいた。
 が、それが間違いであったことを知るのに時間はかからなかった。
 招待状を入り口の女の子に渡すと、待ってましたとばかりに控え室らしきところに数人で引っ 張って連れていかれ、秋生の前に正気の沙汰とは思えない衣裳を示して見せた。

「イメージは、シンデレラなんですっ」
 いや、シンデレラって言われても……秋生の顔がひきつる。
「まさか、僕が着るわけじゃない……よ……ね……?」
「まさか!」
 ああ、良かった。
「秋生さんが着なくて、誰が着るんです!」
 ……。
「あの……僕、男……なんだけど」
 常日頃、ヘンリーのような相手を見慣れていて秋生なんて同じ『男』とは思えないとか?
 それも、あんまりだ。
「ええ、わかってます」
「ですから、こんなときでも無いと着られないでしょう?」
 着なくてもいいんだけど……。
「あの……他のもっと、普通の目立たない奴でいいんだけど」
「すみません、これしか用意してないんです」
「サイズを伺って仕立てたんですけど、なにぶん急で色々作れなかったんです」
 至極残念そうに溜息とともに呟かれる。
 色々って……何種類も時間があれば作るつもりだったのだろうか。しかも誰にサイズを聞いたの だろう……やはりヘンリーか?だが、ヘンリーが秋生のサイズなんて知っていただろうか……ビンセントならばいつだったかスーツを仕立ててもらったときに計ったから知っているだろうけれど。

「さぁ、時間も無いことですし」
「お手伝いしますねっ!!」
 四方を囲まれて秋生に逃げ場は無い。
 絶望に天を仰いだ。








            視線が痛い。

 必死で壁の花どころか、壁と同化したい気分でいっぱいの秋生は背中越しに突き刺さるような 視線の数々にいたたまれない思いだった。
 それはそうだ。
 男がこんな格好していたら、笑いものどころか、気持ち悪いだろう。
 いくら仮装パーティといってもやりすぎだ。
 着付けてくれた彼女たちは、口々に『綺麗だ』『似合っている』と誉めそやしてくれたが、秋生は ちゃんと気づいている。出来上がった秋生を見て、彼女たちは一瞬固まった。
 それこそが何よりの証拠ではないか!!!
 
「よぉ」

 思わず拳を握り締めそうになった秋生は、背後から軽~く声を掛けられて振り向いた。
 互いに顔をあわせ、一瞬言葉を無くす。
 ヘンリーはいつものようにサングラスをかけていたが、その格好はいつもの黒ずくめとは正反対
の白づくしだ。締まった体に白のタキシードはハマってはいるが、普段の黒の印象が強すぎて、素直には褒められない妙な気分になる。
 ヘンリーのほうも、黄龍の気を感じてたからこそ声を掛けたのだが……まるっきり美少女と化した 秋生の姿に度肝を抜かれていた。女たちが何やらいそいそと用意していたのは知っていたが、まさかこんなものを用意していたとは想像もしていなかった。
「そんなに、見ないでよ。似合ってないのは自分が一番よくわかってるんだから……」
 いや、全然わかってないだろう。
 黒髪の毛先にゆるやかなカールがついたウィッグをつけた秋生は、化粧も施され、どこから どう見ても『少女』以外の何者でもない。しかも”美”がつくほどに愛らしくも美しい。
 上目遣いに潤んだ黒い瞳で見上げられては、正体を知っているヘンリーでさえ、思わずちょっ と……ビンセントには決して言えないが……くらりとしてしまった。
 
            これは、ヤバい。

 激しい銃撃戦にも感じたことのなに危機感がヘンリーを襲った。






 そして、それは正しかったとすぐに証明される。






「どうか、私とダンスを」
「いえ、この私と!」
「レディ、お手をどうぞ」
「ああ、お美しい…まさに闇夜に咲いた一輪の花」
「人目で貴方に心奪われた愚かな男に、わずかばかりの情けを」


 眼前で繰り広げられる光景に、秋生は頬をひくつかせた。
 ヘンリーが飲み物を取ってこようと秋生の傍を離れた途端にこれだ。
 男が仮装しているとわからないのだろうか?それとも彼等の冗談なのだろうか?
 断るべきか、それとも冗談に乗って踊れもしないダンスに付き合うかうーん、と悩む秋生にまた一つ声が掛かる。

「レディ」

 心地よいバリトン……耳慣れた声に顔を上げれば……予想通りの人物が立っていた。
 ただし、いつものスーツとは違い黒のタキシードをまとい、目元を仮面で隠している。黒がすらりとした長身を際立たせ、物腰も洗練され、パーティに出席している女性たちの視線を集める。

「ビンセント……」
 見知った存在に肩の力が抜け、秋生の口元に微笑が零れる。それは、可憐で男心をくすぐらずにはおれないような仕草だったが、もちろん秋生に自覚は無い。
 ビンセントは周囲の男たちを牽制するように秋生の前に立ち、その手をとって口づけた。
「ビン……っ」
「見違えました。大変お似合いです」
「ビンセント、こんな時までお世辞はいいって。だいたいこんなドレスが僕に似合うわけないじゃないか。お笑いものだっていうのは僕が一番よくわかってるよ」
 わかっていない。
「何だか知らないけど、お店の女の子たちに着せられちゃって……そういえば、ビンセントも招待されてたの?」
「はい、毎年開かれているパーティですから」
「へーそうなんだ」
 巧に返答をずらしたビンセントは、実際にこのパーティに顔を出したことは今まで一度も無い。
 秋生がこのパーティに出席すると聞きつけて、ヘンリーを脅して招待状を手に入れ、自分の会社の新年会をボイコットしてここに居る。秋生がそれを知れば『また廖さんを困らせて……』と苦い顔をするので秘密だが。
「ふーん」
 秋生がビンセントをしげしげと眺める。
「いつもビジネススーツを着てるビンセントのイメージしか無いけど、タキシードも決まってるね」
 スーツと違いタキシードは貧弱な体躯では似合わない。細身ではあってもしっかりと筋肉がついているのだとわかる。
「ヘンリーは珍しく白を着てたから、ビンセントと対になってるんだ。二人並ぶと壮観だろうなぁ」
「あんなのと対になっても仕方ありません。その点、ミスター……いえ、今はミズとお呼びするべきでしょうか、ミズ・工藤も白ですから光栄にも対ということになりますよ」
「あ、そうか」
 自分の格好のことなどすっかり忘れていた秋生がはははと笑う。

「漸く来たのか」

「ヘンリー、お帰り」
「おう、ほら」
 ヘンリーは琥珀色の液体が揺れるシャンパングラスを秋生に差し出した。
「ヘンリー、ミスター・工藤のお傍を離れるなど……」
「おいおいこんな所で説教はやめろ。すぐに戻ってきたんだからいいだろ」
「何がいいものか。お前が不用意にお傍を離れるような真似をするから、下賎な輩がミスター・工藤に纏わりつき、ご不快な思いをされたのだ」
 新年会った早々に繰り出されるビンセントの説教に、五千年生きてきて慣れたと思ったヘンリーも小さく溜息をついた。
「ビンセント、言いすぎだって。ヘンリー気にしなくても大丈夫だよ。きっとみんな冗談だったんじゃないかな。ビンセントが来たら居なくなったし」
 そして、変わりなく天然ボケで超絶に鈍い秋生の言動に眩暈を覚えた。



 パーティはまだ始まったばかりである。



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