憂愁のセレナーデ 5
「何か、最近秋生に避けられてる気がするのよね」
ヘンリーが運営するナイトクラブに殴り込……いや、遊びに来たセシリアはオーナーであるヘンリーを横に
はべらせて不満そうに呟いた。
「気のせいじゃないのか?いい加減、坊やもセシリアのお守りが嫌になったとか」
「あのねぇ!わ・た・し・が!秋生の世話をしてたの!」
一言一言区切って言い返したセシリアに、まぁまぁと馬でも大人しくさせる気持ちで苦笑を浮かべる。
「坊やだって、たまには一人になりたことだってあるだろ。第一、いい女でも出来たのかもしれねぇし」
「ありえないわ」
「……」
セシリアに一刀両断された。
そこまで即断されては男としてあまりに哀れだ。
「そうは言うが、坊やだってもてないという訳じゃないだろう?」
「さぁね。でも今の秋生は広東語がしゃべれないのよ。どうやって付き合うっていうのよ。今まで不自由なくしゃべ
ってたっていうのに、不審に思われるだけだわ」
「確かになぁ……」
「……黄龍殿の気配が消えてからなのよね……ビンセントのところへもしばらく顔出してないみたいだし」
「よく、あいつが煩くいってこないもんだ」
秋生に関してのみ超が10個ほど重なる過保護なビンセントである。
不安定な秋生を放っておくとは信じられない。
「ビンセントも避けられてるみたい。昼食や夕食の誘いも断られてるらしいし」
「そいつは……大丈夫なのか?」
秋生が、では無くビンセントが。
「今のところは、まだ、ね。だけど遅かれ早かれ我慢の限界は来るでしょうね。言っておくけど、ビンセントが
キレて一番被害を蒙るのはあなたよ。覚悟しておいたほうがいいんじゃない?」
「おいおい。何で俺が……全く、勘弁しろよ」
セシリアが目を吊り上げる。
「あんたが暢気すぎるからでしょっ!・・・これまで転生体だった人が途中から黄龍で無くなったなんて無かったし」
「それを言うなら坊やは最初っから例外もんだろう。黄龍殿の意識が残ってるなんてな」
「そこが問題なんでしょ!黄龍殿の記憶も一緒に無くなってしまえばここまでややこしくなかったと思うけど、
記憶は残っていても気は感じられないなんて・・・いったいこれは何を意味してるわけ?」
「まー……はっきりしてるのは一つだな」
「何?」
「それを考えるのは青龍の役目っつーことだ」
「………………」
セシリアはサングラスの向こうでウィンクしてみせたヘンリーを睨みつけた。
(あたしの周りに居る男は役立たずばっかり!)
「どうしよう……」
語学留学とは名ばかりで黄龍の力で、広東語にも苦労しなかった秋生は、今窮地に立っていた。
広東語でされる授業の内容がちんぷんかんぷんなのだ。
これではいくらセシリアにノートを貸してもらったとしても、今期の試験は絶望的だ。
「ヤバイよなぁ……」
留年なんてことになったら、いくら秋生同様暢気な父親もさすがに黙っていないだろう。
やはり日本で普通に大学に通うほうがいいと言いだすかもしれない。
そうなった場合、未だ親の脛をかじっている秋生に否やということは出来ない。
もっとも、ビンセントに頼るという方法もあるが――――……。
「……駄目だ」
ビンセントが秋生によくしてくれるのは、秋生が青龍の主たる黄龍だから。
その公式が揺らいでいるいま、今までのように素直にビンセントに甘えることは出来なかった。
「心配してる……よな……」
ビンセントから、再三昼食や夕食を一緒にしないかという誘いが入るが、全てを断っている。
どこか身体の調子でも悪いのではないかと心配しているビンセントの声には思わずほだされそうになるが
――― それが秋生のためでなく黄龍のためなのだと思うと。
申し訳なくて、胸がきゅっとなって、涙が出そうになる。
だから、断る。
きっと今の秋生は酷い顔だ。こんな顔をビンセントに見せるわけにはいかないのだ。
だって、秋生はもう、黄龍でも何でもない『ただの』人間。
いつまでも当然のような顔で今までの位置に立ってなんていられない。
いつか、そう宣告され、ビンセントや……セシリア、ヘンリー、玄冥・・・・四聖獣たちが秋生の下から去っていく。
繰り返される想像は、いつしか夢となって秋生を苛んだ。
悪夢だった。
去っていく背に、すがるように伸ばされた秋生の手を、誰も振り返ることなく。
叫んだ声も、届かぬように……皆が去っていく。
今までの幸せのぶん、それがあまりに辛かった。
自分はとても幸せで恵まれていたのだ。
思い知った。
毎朝。
秋生は枕を涙で濡らす……。
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