憂愁のセレナーデ 4


 秋生はとてつもなく鈍くて、大物クラスにボケてはいるが、決して馬鹿では無い。
 昼食をビンセントとセシリアの三人で予定通り一緒にとった秋生は、マンションに帰り、一人今回の事態に 思いを馳せていた。

 ――― 黄龍の気配が無い。


「ん~・・・」
 黄龍の気配がどういうものなのか、秋生自身にはよくわからない。
 いつもでは無いが、四聖獣たちの気を感じることがあるが・・・似たようなものなのだろうか。
 秋生は覚醒しなければただの人間だ――― と自身は思っている。
 ・・・いや、今でさえ自分が黄龍である自覚はあまり無い。
 香港にやって来て彼等と出会うまでただの『人』として生きていた秋生に、すぐさま黄龍として自覚しろという のも無理な話だ。
 そんな秋生の様子がビンセントに小言を言わせる所以なのだろう。

 しかし秋生自身に自覚は無いが、恐ろしく順応性は高い。
 黄龍の転生体だからというだけでは説明がつかないほど、今の状況を受け入れている。
「考えてみれば・・・凄い贅沢だよなぁ」
 世界一地価が高い香港の一等地、家具付きの超高級マンションに秋生は何不自由することなく暮らしている。
 必要なものがあれば、電話一本ですぐさま届けられる。
 食事はほとんど外食で(ビンセントが誘う)、時たまヘンリーがデリバリーしてくれる。
 至れり尽くせりとはまさにこのことだろう。
 『全く、皆秋生のこと甘やかし過ぎなのよっ!』
 ・・・と言っているセシリアとて誰よりも秋生の近くに居ることが出来て満更でも無い様子。
 ――― 秋生としては、いいおもちゃにされているとしか感じられなくても。

 秋生にとって、四人は『四聖獣』では無い。
 ――― 仲間?
 
 違う。家族?
 それでも弱い。
 この世の誰もが裏切っても、彼等だけは決して秋生を裏切らない。
 何の証明が無くとも信じられるその事実。
 彼等にとっても、秋生にとっても、互いが『特別』な存在なのだ。
 他の何者にも侵されることのない存在と絆。


 ――― それが失われるかもしれない。


 秋生の背筋がぞくりと粟立った。
 




「――― 怖い」

 意識せずに口を突いて出た言葉に、秋生は自分の体をかき抱いた。
 当然だと、自然だと思っていたものが崩れ去っていく。
 闇に落ちていく・・・何も無い世界に一人取り残された気分が秋生を襲う。

 ――― もし・・・

 もし、黄龍の気配ではなく、黄龍自身が秋生から消えたとしたら・・・。


「僕は・・・ただの、工藤秋生・・・」

 全ては、幻と消える。









「僕は―――」



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