憂愁のセレナーデ 3


「全く・・・」
 腕を組んだセシリアの前に、秋生は殊勝な顔をして座る。
 ・・・が、いったい何がそれほどセシリアを怒らせているのか、秋生には全く身の覚えがないのだ。
「いい、秋生。寝ぼけるのは黄龍殿だけでいいの」
「セシリア」
「青龍は黙っていて」
「・・・・・」
 無礼をたしなめようとしたビンセントは、反対にたしなめられる。
「頬に痕があるってことは、どうせ今まで居眠りしてたんでしょ」
「・・・・・・」
 その通り。
「秋生、わかっているの、あなた?・・・今のあなたは広東語が使えなくなってるのよ」
 その意味が、わかっているのか。
 あまりに秋生が普通通りに『のんびり』しているので、セシリアのほうがやきもきする。
「えーと、それって・・・黄龍が完全に寝ちゃったってこと?」
「それなら事はすごーーく簡単だったんでしょうけどね・・・」
 セシリアはビンセントに目線で交代と合図する。
「ミスター・工藤。もし黄龍殿が完全に眠りに戻られたのならば、今までの転生体と同じくミスター・工藤は 我らのことも忘れているはずなのです。しかし、そのような様子は拝見できません」
「うん。ちゃんとセシリアのことも、ビンセントのことも覚えているよ?」
 秋生の言葉にビンセントは頷く。
「その上・・・転生体が、ただの『人』に戻ったとしても、黄龍殿の『気』が消えるようなことはありませんでした」
「う、うん?」
「秋生。あたしたちにはね、あなたから黄龍の気を感じられないの」
「全く、ただの人間と同じような気しか感じ取れないのです」
「・・・・・・・」
 二人の言葉に、秋生は珈琲カップを両手で抱え、揺らぐ褐色の液体を静かに見つめる。
 
 広東語がわからない。
 黄龍の気が消えた。
 ・・・秋生からは『ただ』の『人』の気しか感じ取れない。

「それは・・・僕が黄龍では、無くなった――― て、こと?」
「・・・わかりません。今までこのような事態は起こったことが無かったのです」
「でもそれじゃ、どうして黄龍だけの気が消えるなんて・・・」
「わからないわ。・・・記憶も無くなっていればこれほどややこしくなかったんだけど」
 セシリアが眉をしかめる。
「しかし、転生体が、途中から黄龍殿で無くなるなどという事態もありえないはずです。・・・ミスター・工藤。 こうなった原因に何かお心当たりはございませんか?」
 ビンセントの目に懇願するような色が宿る。
 それに秋生は困惑しながら、頭を振る。
「そう言われても・・・」
 秋生は記憶を探るが、これといって思い当たるふしは無い。
「はぁ・・・でも、困ったな」
「はい」
「そうね」
 秋生の言葉に二人が同意する。
「いや、そうじゃなくて・・・」
「は?」
「広東語がわからなくなったら、語学のバイト出来なくなるからさ・・・大学も不自由するだろうし」
「「・・・・・・・。・・・・・・・」」
 呆気に取られたような、ビンセントとセシリア。

「本当、困ったな・・・」

「「・・・・・。・・・・・」」
 四聖獣にとって、前代未聞の珍事も秋生にとってはその程度の『困った』事態らしい。
 大物なのか馬鹿なのか。

 呆れを通り越して、セシリアは感心してしまうのだった。




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