憂愁のセレナーデ
「黄龍殿の気が消えた――どういうこと?秋生が攫われたの?」
「いや、ミスター・工藤の気は上にある」
それ以上、ビンセントは言葉を続けることは無く、エレベーターは静かに上昇していった。
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意識の端に甲高い音が響く。
どこか聞き覚えのある――― それ。
「~~~~ッ!!」
がばっと起き上がった秋生は、やばいっと小さく呟く。その頬にはクッションの痕がついている。
居眠りをしていたらしい。
鳴り響くチャイムの音に、はいはいっ!と焦った返事を繰り返して、無用心にも相手の確認もせず
その扉を開いた。
「はい――― て、ビンセント、それにセシリアも」
「ミスター・工藤」
秋生が扉を開けるまでぴりぴりとした空気を纏っていたビンセントが僅かに気を緩めて、出迎えた秋生の
全身をすかさず確認する。
「何事も、ございませんか?」
「え?・・・別に何も無いけど?」
いつもの如く、ぼんやりとしたような秋生にセシリアがほぅと息を吐く。
「そうですか」
「??何かあったの?」
「いえ・・・」
「??そう?・・・ま、いいや。お茶でも飲む・・――
えーと」
秋生はちらりと玄関に飾ってある置時計を目にする。
「まだ約束の時間には早いよね」
「はい」
「約束?」
頷くビンセントと、首を傾げるセシリア。
「うん。今日はビンセントと一緒に昼食を食べようって・・・な、何怒ってんだよ、セシリア!セシリアだって一応
誘ったけど、先約があるって断っただろう?」
「あ、そう・・そうだったわね」
ビンセントの嫌味攻撃に晒されながら昼食を取るくらいならば、少々ランクは下がっても、他の男に奢って
もらうほうがいいわ、とセシリアは秋生に断りを入れたのだった。思い出した。
しかし、それもこの騒ぎでお流れだ。
「―― 参加させてもらうわ。今からでも構わないでしょ」
ビンセントは眉に皺を寄せたが、否とは言わなかった。
どうせペニンシュラあたりに予約を入れているのだろうが、そんなものこの男ならば電話一本でどうにでもなる。
「とりあえず、中へどうぞ」
秋生に促された二人は大人しく部屋へと足を踏み入れた」
お茶の用意をしようとキッチンに向かっていた秋生にセシリアが口を開いた。
「對了,秋生。從前頭那樣用日語説著,不過。怎樣的?(ところで秋生。さっきから日本語で話してるけどどうしたの?)」
「え?」
秋生が不思議そうな顔で振り返る。
「え、じゃなくて・・・」
「待て、セシリア。ミスター・工藤・・・或許,由於領會是沒有廣東語的馬?(もしや広東語がおわかりになっていない?)」
「―― 何言ってるの?ビンセントもセシリアも」
「「!!」」
二人は声にならないほど驚き、秋生を凝視する。
そんな二人を、どうしたんだろうと首を傾げる様はいつもの通り。
それなのに。
「珈琲でいいかな?」
「ミスター・工藤」
「あ、やっぱり紅茶のほうがいい?」
「いえ、そうではなく・・」
ビンセントは言葉を濁す。
「ちょっとビンセント」
いつまで経っても本題に入らない二人に、じれたセシリアが口を出す。
「秋生、あなた・・・いつから?」
「??何が?」
本人に自覚は全く無いらしい。セシリアの問いが理解できないでいる。
「少なくとも、今朝はいつも通り話しておられた」
何故か本人ではなく、ビンセントが答える。
「どうしたのさ、二人とも。変だよ?」
「~~~変なのはあなたよっ!!」
ついにセシリアがキレた。
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