体験就職 3
「は~い、秋生。体験就職は順調?」
朝、目が覚めるとリビングにセシリアが居た。
セキュリティーは万全ということで選んだはずのマンションも、四聖獣に対しては役に立たないらしい。
しかも、セシリアということは朝食の準備なぞ望むべくもない。
これがせめてヘンリーなら、と思った秋生を誰も責められはしないだろう。
「どうしたのさ?」
「ちょっとね」
まさかビンセントに『ミスター・工藤がお疲れで無いか見て来い』と言われたとは言えまい。
言ってやってもいいのだが。
「秘書やってるんだって。大丈夫なの?またドジしてるんじゃない」
「酷いな・・・まだ、何もしてないよ」
「”まだ”ね」
含みありまくる言い方だった。事実、秋生が関わって何事もなく済んだことが無いのも確かなのだ。
「もう、何だよ。僕はもう出なくちゃいけないんだけど」
「朝食は?」
「・・・行きながら食べるよ」
セシリアがどうだか、と視線を向ける。このあたり全く信用が無い。
「ま、慣れないことして倒れないようにね」
ありがたいお言葉をいただいた。
直に秘書室に顔を出した秋生は綺麗どころと、廖以外のもう一人の男性秘書に出迎えられた。
名前を李一星(リー・イーシン)と言い、廖が見込んで引き抜いてきたと聞いていた。
別所に出向している廖の代わりに、秋生とクリスの教育係(というか世話係)を担当してくれるらしい。
黒髪黒目だが、どこか西洋的な顔だちで、ビンセントと同じかちょっと下かなと秋生は予想した。
「今日は中国のある企業のレセプションに出席する重役に補佐としてつきます。ミスター・工藤、ミズ陳、
普通話はわかりますか?」
「あ、はい。大丈夫です」
思わぬところで黄龍としての能力が役に立つ。
「スムーズに会話できるほどではありませんけど、多少は」
「結構です」
と満足そうに頷いた李さんに内線が入った。
「はい。・・・は?え?はぁ、しかし、社長自ら・・・はい、わかりました」
秋生とクリスは顔を見合わせる。
「ミスター・工藤、ミズ・陳。青社長も同席されることになったので、不備のないように」
「・・・・・」
職権乱用フル活用。
果たして、本日ビンセントがキャンセルした用事は何だったのか・・・。
社長とレセプション担当者、秘書が3人。
こんなにぞろぞろと出向いていいものなのか、秋生は疑問に思いビンセントに尋ねてみた。
「黙っていればそんなことはわかりません。プロジェクトチームの一員だと思ってくれるでしょう」
「・・・・・・」
それは、騙しているというのでは。
「でも、私たちどんなプロジェクトかも知りませんけど」
緊張した面持ちでクリスも尋ねた。
「説明は、崔がしますから、お二人には資料を配っていただいたり、準備撤収を手伝っていただくだけ
になるでしょう。そんなに緊張せずとも大丈夫ですよ」
優しい微笑つきで言われ、クリスは頬を染めた。
―――と。
パンッ!
「・・・・・っ!?」
破裂音がし、秋生たちは酷い揺れに襲われた。
「っミスター・工藤っ!」
ビンセントが腕を伸ばし、秋生を引き寄せ、胸に抱きしめる。
ガシャンッ、と派手に壊れる音がして、揺れはおさまった。
恐る恐る秋生が視線を上げると、店のウィンドゥガラスに車が突っ込んでいる。
「ミスター・工藤!お怪我は!?」
「だ・・・大丈夫」
”青龍”に態度が戻ってしまっているビンセントに、秋生は慌てて離れ、周囲に視線をやる。
同行者3人はあまりのことに受身が取りきれず、頭や体を押さえてうめいている。
不幸中の幸いかどうやらこちらに構っている暇はないらしい。
「いったい何だったんだ・・・」
ろう?と繋げようとした秋生の言葉にかぶさり、続けざまにパンパンッ!と乾いた銃声が響く。
「・・・・・・・・」
「どうやら、どこかの愚か者が銃撃戦を始めたようですね」
低い低い、ビンセントの地を這うような声。
「ど、どうしよう・・・?」
「下手に車を出て的にされては堪りません。すぐに警察が駆けつけるでしょうから、それまでここで
大人しくしていましょう」
「そ、そうだね・・・」
しかし、こんな昼間っから抗争をしなくても。
すぐさまに危機というわけでは無いらしい、と秋生の気がぬける。
「これってやっぱり・・・レセプションは、中止・・・だよね?」
「仕方ありませんね」
ははは、と秋生は乾いた笑いを漏らす。
(これって僕のせいじゃないし・・・不可抗力ってやつだよね)
セシリアの呆れた表情が頭に浮んだ。
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